※時間軸無視っぽく、かつ、とらが似非くさかったりします。 それでも許容して下さる方はどうぞ。総てが行き当たりばったりです。 今更な話だが、とらはバケモノだ。妖だ。 加えるなら、二千年も生きてる大妖だ。 人間は喰らうもの。 なのになぜ。 「とらー? うしおが呼んでたよー!?」 この、何の変哲もない女――に、心引かれているんだろう。 ためらい 「なあとらぁ、ってイイよなあ」 「あぁ? なんだよ、色ボケたのかクソうしお」 潮の口から出た名に、みょうにカチンときて言い返すとら。 「くっだんねえ事でわしを呼び出したのかよ」 「違うって。ほらあれ。真由子から」 潮が示した先には、随分と膨れた紙袋があった。 マドロスバーガーの袋だと、すぐに気付く。 とらはのっそり動き、乱暴に袋の口を開いて中を見た。 「おお、新しいはんばっかだ!」 つまり新製品。 味だけフォアグラハンバーガー。味だけと豪語する素晴らしさ。 「しっかし、真由子も律儀だねえ。なーんでこんなクソ妖怪に」 「なんだとこのクソチビが!」 「なにおぅ!?」 いつもの如く潮が槍を取り出そうとした矢先、の声がした。 潮が返事をすると、戸の間からひょっこり顔を出してくる。 「またケンカしてんの?」 「だってよぉ、こいつが……」 槍の先を向けるものだから、とらは警戒して喉の奥で唸っていたりする。 は苦笑し、潮の前にすとんと座る。 「いいけど、勉強の時間だよ。今日は数学ね」 「げげ……苦手だなあ、オレ」 「実際、私も苦手なんだけどね……」 軽く笑い、は潮に教科書を開くように言う。 今までのとらとの喧嘩などさらりと流し、直ぐに机に向かう潮。 とらは、ハンバーガーを頬張りながら、2人の様子を見ていた。 が潮の勉強を見出したのは、ここ最近のことだ。 紫暮に頼まれての事だが、自身は、人に勉強を教えられるレベルだとは思っていない。 それでも、何かしらの足しになるのならと、こうして家庭教師の真似事をしている。 「……うん、ここはこっちの公式で解くの」 「なんで?」 「ええとね……」 勉強が苦手な身なので、潮が分からない所や理由が、にはなんとなく分かるようだった。 的確な説明を施し、するりと理解させる。 「凄ぇなあ。オレみたいなバカに理解させんの、大変じゃねえ?」 「うしおはバカじゃないって。解き方さえ知ってれば、パズルみたいなものだよ。……まあ、それが難しいんだけどねえ」 笑うに、潮も笑った。 「高校で数学の成績いいのかい?」 「いやーもう悪くて……どっちかっていうと文系だからね、私。なんにせよ、中学基礎は大事だから頑張ろう」 じゃあ次は、とまた問題に取り掛かる2人の後ろ姿を見ながら、とらは最後のハンバーガーを口に放り込んだ。 けれど、ハンバーガーの肉の味よりも、視線の先の者たちが気になる。 妙に仲がよく見える2人に、とらは些か腹立ちを感じていた。 冷静に考えれば、バケモノの自分には無縁であろうものだが、とらはその時、堪え難い程にそれを感じていた。 ――妙にカラダくっ付け合いやがって。 考えれば考えるほど、ムカムカする。 そのうち、笑ってる声すら苛立たしくなってきて。 「おい。そんなバカに物を教えても無駄だぞ」 「ウルセェよとら。邪魔すんな」 シャーペンを持った手で、シッシッと追い払う素振りをする潮。 はとらの様子がおかしい事に気づいてか、潮の勉強から少し離れようとした。 しかし潮が彼女の裾を引く。 「とらなんか放っておいていいよ。それより、これ……」 「え、あ、うん。これは」 「無駄だってんだ」 勉強している背後から、無駄だの阿呆だのバカだの言われ続け、段々との不快指数が上がっていく。 なんというか、自分が馬鹿にされている気になってきたからだ。 「……もー、とら! うしおが頑張ってるんだから、水差さないのっ」 「おめえもおめえだよ。こんなガキに入れ込みやがって」 「い、入れ込むって……。勉強教えてるだけだし」 妙な言いがかりをつけられて、の眉が潜まる。 最初こそ潮も反撃していたが、段々ととらとの喧嘩になってきて。 潮はオロオロしながら、2人を見比べている。 言い合いを続ける2人を見て、潮はなんだか、痴話喧嘩しているようだと思った。 「おめーの事なんざ、わしゃ知ったこっちゃねえがな! ウザってえんだよ!」 「っ……」 「うしおとベタついてやがれ。わしの毛の先にも触れるんじゃねえぞ!」 「とら……」 が触れようとすると、嫌悪するかのようにとらは距離を取る。 潮が見てもそれと分かるぐらいに、彼女はきつく唇を噛んでいて。 終には、悔しいのかなんなのか、ぼたりと涙が落ちてきて。 「分かった」 ほんの少し、涙で潤んだ声でそう言い放つと、潮に無理矢理微笑み、部屋から出て行ってしまった。 「……ケッ」 「…………とらぁぁ!!」 潮はカッとなって、槍を引っ掴むと、とらの頭に柄を打ちつけた。 ゴヅッと酷く痛々しい音がする。 「いってぇえ! 何しやがるこのげりチビ!!」 「だれがげりチビか! てめえ、何に当たり散らしてんだよ! 泣いてたじゃねえかっ!!」 「うるっせェ! やたらベタベタしくさりやがって、けったくそ悪ィ!」 「なんだとっ」 槍の柄をぎゅっと握り、潮はもう一撃とらに喰らわせようとする。 しかしとらは寸での所でそれを避けた。 部屋の中で暴れるものだから、教科書やらノートやらが、あっという間にとっ散らかっていく。 斬撃が、とらではなくてノートをぐっさり抉った。 「うしおの癖に、わしのエモノを喰うのかよっ!」 「くっ、喰うわけねーだろこのアホンダラ! なんなんだよお前!」 「ケッ」 ぷいと横を向き、とらは苛立たしげに尾を畳に叩きつける。 潮はその様子に違和感を感じ、ぐい、と首を傾げた。 「……おい、とら?」 「うるせぇ、なんだバカ餓鬼」 「バカは余計だ。お前、もしかしてがオレといるから、機嫌悪ぃのか……?」 色恋沙汰に疎い潮ですら、それに気付いた。 そりゃあ、今日だけではなく、毎回の如くこんな感じでとらが苛ついているのだから、なんとなくは気付く。 潮の言葉に、とらは明らかに顔色を変えた。 怒りなのかそうでないのか、紅潮した顔で潮にがなり立てる。 「はァ!? わしゃバケモンだぞ!? あいつは食料だ。喰らいたいと思うとるだけよ!」 「じゃあなんでオレとがくっ付くと、お前機嫌悪くなんのよ」 「知るかボケ!」 「……ふーん」 潮は槍を片手に、ニヤリと笑う。 いつか麻子との事でからかわれた仕返しとばかりに、 「いいよなあ。優しいしキレーだしさあ、怒るとちょっと怖ぇけど」 いかに自分が彼女を気に入っているかを、実に明るい口調で言ってやる。 途端、とらの体からバチバチと雷撃の音がして。 「ふざけんなマセガキ! あいつはわしがっ……チッ」 言い合いをしても不毛だと思ったか、とらは窓のサッシに足をかける。 「とら、どこ行くんだよ。ちゃんとに謝れよな!」 「だぁれが人間なんぞに謝るかよ。バァカ」 「とらぁっ!」 潮の怒号もなんのその。 とらは窓の外へ身を乗り出すと、そのまま宙に浮いて潮の前から消えた。 残った潮は小さく溜息をつき、散らばった教科書類を見た。 「……ベンキョーどこじゃなくなっちまったなあ」 とらと大暴れした後の片づけが、待っているのだった。 一方のとらは、自分の心境を持て余し気味で、ただ空中を浮いていた。 「あー、けったくそ悪ぃ……ムカムカする」 それがのせいなのか、うしおのせいか分からないが。 齢二千の大妖は、居心地の悪い感情を持て余したまま、の気配を探った。 微妙に次回に続いてしまった…。 2007・1・16 |