※時間軸無視っぽく、かつ、とらが似非くさかったりします。
 それでも許容して下さる方はどうぞ。総てが行き当たりばったりです。


きっかけは。


わしの目の前で汗かいて寝ていやがるのは、っていうコーコーセーだ。
 この間っから、馬鹿うしおの家に寝泊りしてるこの女は、どうやらわしを知っているらしい。
 が、どうも今のコイツではなくて、前世とやらがわしに関わりがあったようだが。
「……おい?」
「ん……?」
 のっそり動いている気配がし、を見る。
 寝てろと、うしおやら、うしおの親父に言われとるのに、何を動いていやがるか。
「おい女。寝てろと言われただろうが」
 別に、この女を心配して言ってるわけじゃねえ。
 ことありゃ無理して動こうとするこいつ。
 これ以上具合が悪くなられでもしたら、看てろと言われたわしが、クソうしおの獣の槍でブッ刺されるかも知れん。
 それは頂けねえからな。
 だから、それでも動こうとしてる女を、無理矢理布団に押し付けてやった。
「……とら。違うって……水が欲しくなっただけだから」
「あぁ?」
 の奴が指差した先には、ぺっとぼーる(ペットボトル)とかいうやつがある。
 わしが仕方なくそれを取ってやると、のそっと起き上がって、筒の先をくるりと回し、中の水を飲んだ。
「ふー。とらも飲む? ……あ、風邪移っちゃうか」
「馬鹿こけ。妖が人間のビョーキにかかるかよ」
「じゃあ飲む?」
「いらんわい。それよか、しっかり寝てやがれ。さっきみてえに、いきなりメシ作り出したりするんじゃねえぞ」
 言うと、は「むー」と唸り、布団の端を掴んだ。
「だって居候だし。まあ、風邪の分際で料理とかは止めた方がいいとは思うけど……でも」
「ブチブチとやかましい。黙って寝てろ!」
 コイツが風邪とやらを引いたと気付いたのは、今朝方らしい。
 いつもはそれなり綺麗な声が、妙に擦れてやがって、顔が火照っておって。
 それを見たうしおは、即行でこいつを寝床に行かせようとしたんだが、やることがある、とかなんとかぬかしやがって。
 我を通そうとするもんだから、わしが抱えて部屋に連れてきて、そっからだ。
 わしが番人よろしく、の側にいるのは。
 隙あらば仕事しようとするコイツを、大人しくさせるためだが、激しく暇だ。
 まあ、どーせうしおのガッコウに行っても、暇に大差なんぞなかろうが。
「……よォ。おめえなんでそんな、人を気にすんのよ」
「別に、気にしてないけ……ごほっ」
「しとるだろう。具合が悪ぃのに、馬鹿うしおだの、坊主(潮の父親)だの気にして動こうとしてんじゃねえか」
「そぉ、かなあ。……そしたらそれは……嬉しいから、かなあ」
 怪訝な顔をしていたわしに、は笑う。
「私の家って、基本的に人がいなくて、独りだったから。みんながいて、一緒に何かができるって、嬉しいんだ」
「……そうかよ」
「うん。とらが傍にいてくれるのも、嬉しいよ」
 ふんわり笑うを見て――わしは唐突に思い出した。
 こいつと、わしの繋がりを。
 急に無言になったわしを見て、は首を傾げる。
「とら?」
「………なんでもねぇよ。いいから寝やがれ」
 頷いたかと思えば、はわしの髪を一総掴む。
 それで安心したみてえに、目を閉じた。
 ……大妖の髪を握って、安心して眠る人間なんざ、おめえぐらいだぞ。


 眠るの髪を指先に引っ掛け、さら、と流す。
 思い出した人間と、今のコイツを比べてみると、姿かたち雰囲気、全く一緒だった。
 と言う名でなかった頃。
 わしが槍で磔にされる以前のことだ。
 どこだかの人間の屋敷に、コイツはいた。
 家臣だのが大勢いたから、恐らく人間の中では、それなりに地位のある奴だったんだろう。
 わしはその時、珍しく手負いで、コイツの屋敷に転がり込んだ。
 部屋には女がいて、それが今でいう『』だった。
 喰らって力をつけ、この場から出て行こうとしたわしに、『』は、ふうわりと笑いやがった。
「黄金の獣……あなたがわたくしを食べて下さるの?」
 思いっきり喰らおうとしていたわしは、その言葉に虚をつかれた。
 しかも、屋敷の護衛共から、わしを隠して護りやがった。
 人間なんざ喰らうものだと思っていたわしが、あの時、こいつを喰らわなかったのは、戯れ以外の何物でもない。
 護衛が行っちまってから、そいつはわしに声をかけた。
「貴方のお名前は?」
「………名なんぞねえ。ヒトは長飛丸などと勝手に呼んでいやがるがな」
 思えば、なんでわしは真面目に答えたんかなあ……。
 近づかれても、腕やら身体やらあちこちに付いている血を、そいつが着ている、豪華そうな着物でぬぐい出しても、わしはそいつを殺さなかった。
 嫌がりも、牽制もしなかった。
 人間の癖に全くわしを恐れないソイツ。
 そんなヤツに、今まで出会った事がなかった。
「長飛丸さま。貴方が、わたくしの最後を貰って下さる方なのでしょう?」
「はぁ?」
「違うのですか? 私の願いを聞き届けて、来て下さったのではないの?」
「違ぇな」
 そいつは明らかに落胆し、肩を落とした。
 戯れに話を聞くと、コイツはお家のためとかで、好いてもいない男の元へ嫁がされることになっているのだそうだ。
 役目として、自らの心に添わぬことを為そうとする馬鹿な奴。
 逃げれば家が手酷い目にあうからと、逃げもせず、ただ座している馬鹿な女。
 願ったのは、己が消えても家に影響なき方法。
 ――バケモノに食われること。
「食べられるのならば、貴方のような美しい妖がいいと、ずっと思うておりました。ですが……違うのですね」
 食われたがる人間なんざ、初めて見た。
「……よし。ならばわしが喰らってやる。おまえが嫁ぐその時に、わしが喰ろうてやる。今は腹が減ってねえんでな。猶予をやろう」
 腹がどうであろうが、妖は人間を喰らえる。
 それでもあの時喰らわなかったのは、バケモノのわしを見ても、驚きもせず、むしろ嬉しそうにするコイツが興味深かったからかも知れない。
 わしは、わしの髪を1本『』に渡し、婚礼のその時に引っ張れと言った。
 そうしたら、すぐさま喰ってやると。
 緊急用だ。それから数日、わしは飽きもせず、そいつのトコに居続けたんだから。
 そいつもまた飽きもせずに、わしの側にいた。

 の目が、微かに痙攣して後、開く。
 むくっと起き上がり、乱れたバザマ(パジャマ)を直して、ふらふらしながら立ち上がった。
「おい、どこ行くんだ」
「……トイレ。ついでに冷えピタとってくるだけだから、大丈夫」
「直ぐ戻ってこねえと、探しに行くからな」
「うん」
 ふらふらしたまま、は部屋の外へ出て行った。
 ……昔のアイツは、結局、わしの毛を引っ張りながら、事切れていた。
 わしがちょっと離れた時だ。
 くだんの婚約者とやらが鬼の形相で入ってきて、あっという間にアイツの胸を切り裂いたのだと、後に護衛をしていた野郎から、人間に変化して、聞いた。
 バケモノ(つまりわしだ)に取り付かれ、そのバケモノを恋うていると聞かされたらしい男。
 その阿呆な婚約者の家を、わしは――まあいい。
 事切れたアイツを、わしは喰らわんかった。全く食う気にならんかったからだ。
 人間から奪って、人間がそうするように埋めた。
 バケモノに弔ってもうらなんざ、アイツにしても不本意だっただろうけどな。


 かたんと音がして、が戻ってきた。
 頭にヒエピッタとやらを張って、ふらふらと。
「ほれ、さっさと寝んかい」
 布団に入ろうとしていたが、ひたと止まり、わしを見る。
 な、なんだよ。
「とらって……あったかそうだね……」
「は?」
「とらで寝ていい?」
 言いながらは上掛けを引っ張り、ついでに、わしに近づいてきた。
 おいおい……。
「じ、冗談じゃねえ! なんでわしが布団代わりにならにゃならんのだ!」
 途端、はしゅーんとなり。
「だめ……?」
 ……くそう、その上目遣い止めやがれ。
 うしおより年上のくせに、ガキみてぇに!
 わしは鼻にしわを寄せ、乱暴に座り込んだ。
「……さっさとしろ、このボケ女」
「うん!」
 悪態つかれても満面の笑みだもんなあ、こいつ……。
 嬉しそうにわしの腕ん中に納まる
 上掛けをかけて、わしはまさに布団だ。
 ――さぁて。うしおがコレを見たら、どんな顔するだろうなあ。
 槍でド突かれるかも知れんなあ。

 の手は、相変わらずわしの髪を握っていた。






行き当たりばったりで、適当に設定付けしてみました。
とらと接点持たせたくて無理やりやらかしました。でも、後には関係がないかと。
しかし似非ッぷりにターボ掛かってきてる…広い心でお許しを。
2007・1・9