甘い日なのに甘くもない
「ハセヲさんっ、あの……はい、チョコレートです!」
アトリが物凄く恥ずかしそうに、なんだか豪華な包装用紙に巻かれたチョコを渡し、
「ハセヲッ、これやる! ありがたく頂戴しろよな!」
搖光が勢いよく、アトリにも負けない感じの豪華包装されたチョコを渡し、
「……ま、義理であげるわ」
パイが不機嫌なんだか照れなんだか分からない表情で、ひどく適当そうにチョコを渡し、
「はい、どうぞ。チョコレート」
志乃がさらーっとした笑顔で、何気なくチョコを渡し、
「望が言うから、しょうがなくくれてやるんやからなっ、勘違いせんといて!」
激しい罵倒と共に、朔がチョコを叩き付け、
「嗚呼ハセヲ……。この練り上げられた甘い菓子の中にある僕の愛を、君の口で溶かして……」
極めつけとばかりに、薔薇が添えられたチョコを、エンデュランスが渡す。
バレンタインデー。
乙女……と、一部の男が、想い人に気持ちを伝える日。
チョコレート会社の策略という日でもある。
「……なんか、ひどく懐かしい感じがするなあ」
陳列されたバレンタイン商戦用のチョコたちを見て、は思わず唸る。
なんていうか、R:1の頃より、包装だとか内容だとか、だいぶ豪華になっている気がした。
チョコを食べても、SPの回復具合は、以前のバージョンと同じように、相変わらずの低空飛行のようだが。
ここ、マク・アヌの街も、いつもより1割り増しで買い物客が多いように思う。
「何が懐かしいの?」
隣に座っている、ギルドショップの店番中であるシラバスに問われ、は頬を掻く。
「うん。昔の仲間がね。ほら、たまにシラバスも一緒する、バルムンクなんだけど。ああ、今のバルじゃなくて、昔のバル」
「ええと、ドットハッカーズのバルムンクさん?」
頷き、話を続ける。
「そうそう。バルムンクって、物凄い人気だったんだよ。そんで、バレンタインになると、チョコ貰いすぎて、倉庫とお友達になってたなあって」
「へえー。ハセヲよりモテてたんだ」
「真の意味では、多分ハセヲの方がモテモテです」
クスクス笑うと、シラバスは首を傾げた。
口を開く前にお客が来て、そこで話は切られてしまったが。
バルムンクは確かに人気があったが、それはミーハーが多くを占めていた。
ハセヲはそうではなくて、本気で彼を好いている人ばかりだから。
そういう意味では、ハセヲの方がモテ度は高い気がする。
ふいに視線を動かすと、こちらに向かってくる人影ひとつ。
赤色系の服に、翠の髪。カイトだ。
「、見つけた」
「お帰り。ちょっと時間かかったね」
カイトはの横に座り、ふぅ、と息を吐く。
「PKに絡まれて、それでね」
なるほど納得。
「……懐かしいね」
「やっぱりカイトもそう思う?」
「そりゃあね」
かつてはオルカもバルムンクもいた。多くの仲間がいた。
今はいなくて、少しスカスカするけれど。
新しい友人たちが側に居るなら、こういう喧騒も悪くはないと思える。
「あ、そうだ。はい、カイト」
ここへ来る前に買ったチョコを、カイトに渡す。
小さな、ほんのちょっとした物。
だが、カイトはひどく嬉しそうに、それを受け取る。
「ありがとう、」
「リアルの方でも用意してあるから。私も食べたいから、ケーキだけど」
「じゃあ、夕食後に一緒に食べよう。その時に、ちゃんと大好きだって言うから」
微笑むカイトに、はちょっとだけ頬を赤らめた。
――今、好きだって言っちゃってるじゃん。
「いらっしゃ……あ、ハセヲ」
シラバスの声に、とカイトは正面を向く。
なんだかご機嫌が斜めっぽいハセヲが、腕を組んで立っていた。
「やあ、ハセヲ」
「よぉ、カイト」
ごく自然に挨拶するカイトとは対照的に、ハセヲは明らかに不機嫌ボイス。
シラバスとは顔を見合わせ、同じように首を傾げる。
「ハ、ハセヲ? どうかしたのかい?」
シラバスが問う。
ハセヲはムスッとしたまま、「別に」とだけ。
何を言うでもなく立っている彼。
「えっと……ハセヲ……座れば?」
聞いてみても、ジロリと睨まれるだけ。
――な、なに? 私、何かやりました!?
腕を組み、何かをやったかと本気でが考えていると、カイトがいきなり笑い出した。
今まで笑うのを必死で堪えていたらしい。
「っ……な、なんだよカイト!」
一番に反応したのはハセヲだった。
カイトは笑いながら彼を見る。
「だって君、全然『別に』って態度じゃないから、ちょっと……ははっ」
「くっ……。う、うるせえっ」
「ちょっと、2人で意思疎通してないでよ。僕たちにも教えてくれなきゃ」
シラバスの言に、カイトが笑いを吐き出しきってから、説明した。
ハセヲはそっぽを向いている。
「つまりね、ハセヲはチョコレートが貰えなくて、不貞腐れてるんだよ」
「アトリちゃんとか、志乃さんから貰ってなかったっけ」
首を傾げるとは対照的に、シラバスは大いに納得した。
カイトは、まだムスッとしているばかりのハセヲに、
「ハセヲ。ちゃんと『ネットで欲しい』って意思表示しないと」
助言をしてあげることにしたらしい。
同じ女性を好きなよしみだろうか。
「……なんだよ、どういうことだ」
「ネットの人気者には、余りチョコを上げないんだ。その人が、倉庫と友達になってる可能性があるから」
「は?」
訳が分からないという表情のハセヲ。
シラバスは、またも大いに納得した。
先ほどとした会話だったからだ。
「昔、僕らの仲間に、凄い人気者がいてね。彼はこういう、バレンタインなんかのイベントで、死ぬほどチョコを貰ってて」
「それが、なんで倉庫と関係が――あ、そうか」
「ご名答」
渋い顔をするハセヲは、こほんと1つ咳払いをし、に向かう。
「俺、別に倉庫に行ったり来たりする程、貰ってねえし。だからそのっ……」
「え、あ、うん。そう? じゃあ――ええと、有り合わせで悪いけど」
どうしようかと迷いながら、結局カイトの分と一緒に買っていた、ハセヲ分のチョコを渡した。
「……サンキュ」
ぶっきらぼうな口調で、でも、恥ずかしそうに微笑む。
カイトは深々と溜息をついた。
「なんで恋敵を助けちゃうかな、僕も」
「それが、カイトの良い所なんじゃないの?」
シラバスが笑んで、言った。
ログアウトして、夕食の準備をしている時、携帯が鳴った。
買い物に出ているかなーと思いつつ、表示を見ると。
――三崎亮。
エプロンで手を拭い、電話に出た。
「ハセヲ?」
『いきなりPCネームかよ』
「あはは、ゴメン。どうしたの?」
『ああ……その』
数瞬の間が開く。
『……チョコ、さっき届いた』
「うん、そっか。無事に着いてよかった」
最近じゃ、宅急便が遅れることなんて滅多にないけど。
は亮に、バレンタインチョコを郵送していたのだった。
一応手作りで。
「まあ、ちょっとしたモンだから、期待はしない方が身のためです」
『腹下したりしねえだろ?』
「たぶん」
多分かよとツッコミが入り、クスクス笑いあう。
「もしかして、お礼の電話だったのかな、これ」
『もしかしなくても、そうだっての。サンキュな。大事に食う』
「ホワイトデーに宜しく」
3倍返しとは言わないから、と言っておく。
「でもさ、リアルでも結構貰ってるじゃないの?」
ネットなら倉庫と友達で済むが、リアルではそれを消化しなくてはならない。
大量にチョコを貰っていたら、自分が更に負担増をしているわけで。
今更だが、贈る前に聞いておけば良かった。
要りますかと。
『……あのな。俺はっ』
「うん」
『俺は、お前のチョコが欲しかったんだから、他はいいんだよ!』
照れた風な語調に、は一瞬戸惑う。
顔が、一気に熱くなった。
「えっと……ありがとう」
『ああ。じゃあ……またな』
「またね」
ぷつ、と電話を切った途端、背後からが抱きついてきた。
驚いて思わず携帯を落としそうになる。
「び、びっくりしたっ。、お帰り」
「ただいま。今のハセヲだね? あーあ、顔赤くして……ダメだよ、まだ君は僕のなんだから」
妙に艶っぽい笑みで、でも背後に黒い何かを背負っている気がして。
ちょっと、引き攣り笑いを浮かべてしまう。
「と、とにかく……買い物、ありがと」
「うん。ハセヲに邪魔されないうちに、目一杯イチャイチャしよう――と言いたい所だけど。オルカとバルが来ることになった」
「え!? 今からッ?」
「なので、買い物量倍増。急いで作ろう」
は慌ててキッチンに戻り、も手伝うため、荷物を持って移動する。
はこそりと思う。
(バレンタインだからって、狙って来なくても良いと思うんだけどな。オルカもバルも……)
彼の敵はハセヲだけではなく、知己であるオルカとバルもだ。
昔から苦労が耐えないと溜息をつくと、が振り向いた。
「、明日学校の帰りに、ちょっと買い物行付き合ってくれる?」
「え、ああ、いいよ。――まあいいか、今のとこは僕だけのなんだから」
「は?」
「こっちの話だよ」
すっごい勢いだけで書いたバレンタイン夢。ので、色々破綻。でも満足(自己満足と言う)
2007・2・14
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