イベント後、何かが変わったかと問われれば、変わってないのが実状だった。
そんな折、ハセヲはに1つ、頼みごとをした。
「リアルで、会えるか?」と。
綴れない想い 5
週末。
約束した小さな公園に向かって、ハセヲ――三崎亮は歩いていた。
携帯で時間を確認すると、約束まであと5分ほど。
時間の上では遅れていないのだが、妙に急かされて急ぎ足で公園の中に入る。
閑静な住宅街の一角にあるそこに辿り付いた時、中央の噴水――今は水が枯れている――の縁に、既に『彼女』は座っていた。
PCのそれよりは長くない、黒茶系の髪。
思ったほど身長は高くなさそうで、でも小柄ではない。
面差しが、驚くほどPCと似ていた。
亮は、こちらに気付いた彼女に、ゆっくり近づいて、彼女の前に立つ。
「……?」
「うん。初めまして、ハセヲ。です」
にこり、微笑まれる。
微笑み返すなどという高等技術はできないが、
「は、初めまして、三崎亮、です」
挨拶だけはなんとかした。
The Worldのタウンでそうしているように、の横に座る。
「驚いた?」
「なにが」
「PCのが、ずっとカワイーでしょ」
現実は金髪じゃないしねーと、軽い口調で言う。
「そんなこと、ねえし」
誰でも、たぶんそう答えるだろうが、本心からそう思っている。
髪をもっと長くして金髪にしたら、殆どPCと変わらないような気がした。
勿論、PCと違う所も多いが。
柔らかそうな髪だとか、曲線を描く体のラインとか。
思わずじっと見入ってしまい、慌てて俯く。
亮の態度に、は微かに首を捻ったが、話を続けた。
「ハセヲは、なんか雰囲気在るよ。温かいっていうか、優しいっていうか」
「……そ、そうか」
顔が熱くなるのを誤魔化すみたいに、亮は俯いた。
「それで……?」
問いかけるに、亮はすぐ返事を返せなかった。
口にするのに、物凄く勇気が要った。
でも、言わないで帰る事はできない。
そのために会いに来た面が、多々あるからだ。
ぐっと身体に力を入れて立ち上がると、彼女の前に立つ。
目を瞬いて見上げてくるを、真っ直ぐに見た。
ノドが乾いて、上手く言葉になるか不安で。
それでも、言わなければ。
ネットという空間を挟んでいない、今だからこそ。
「……俺、まだガキで、全然たいした奴じゃねえけど。気持ちは、本物だから」
は何も言わず、懸命な亮を見続けている。
緊張で、握った拳の中がじんわり湿っているが、気にせず亮は続けた。
「少しずつでも、……さんの傍にいられる、じゃない」
そうじゃないと首を振り、言い直す。
「さんの前に立って、護れる男になるから……好きでいる事を、許して下さい。触れる事を、許して下さい」
深々と頭を下げる亮。
は驚いていたが、暫くして、小さく微笑んだ。
ふうわりとした笑顔に、亮は息を飲む。
彼女の笑みは、年上とは思えないぐらいに可愛かった。
「あは、ハセヲとは随分違うね。ネットでは『あんたを奪う』なんて、堂々と言ったのに」
「そっ、それは……。だって、その、今はリアルだし。気持ちは俺も『ハセヲ』も一緒だけどさ……」
の首元を見ながら、ぽつり、言う。
「その……触れられる位置にいて、暴走したら、やべえし。だから、先に言っとかねえとって」
「暴走って」
意味が分からないといった風のに、亮は微かにそっぽを向きながら、
「男だし」
だがは彼をじっと見つめ、んーと唸る。
「なんだよ」
「……三崎くん」
「名前でいい」
「私も名前だけでいいよ。……亮、くん?」
君付けするなと言うと、彼女は頷いて続けた。
「亮は、盛りのついた男子学生には、全く見えないんだけど」
「さかっ……」
物凄く普通に言われて、逆に亮の方が慌てる。
確かに盛っているわけではないと思うが、亮とて普通の男子高校生なわけで。
――好きな女が側にいたら、色々したいとか思うの、普通じゃねえの?
「あ、あのな。俺だってフツーの男なんだから……」
「そう、だね、うん。ゴメン」
あははと笑う。
亮は肩の力を抜いた。
「とにかく、会って言いたかった事は言ったし、ちょっとスッキリした」
そう。亮は宣言しに来た。
好きでいる事を。
目的は済んだが、このまま帰るのは激しく惜しい。
「――さて、これからどうしよう?」
「は普段、友達とかとどこ行くんだ」
彼女は腕を組み、地面を見つめて考えている。
「ここんとこずーっとネトゲだったからなあ」
「俺も」
「お茶飲んで喋ったりとか、カラオケとかゲーセンは、普通の人並にやるよ」
「んじゃあ……茶でも行くか」
駅近くのファーストフードで適当に品を注文し、席につく。
周りに、今流行り(?)のアウトドア引きこもりが多い。
友達同士でコーヒーを飲みながら、一緒にネットゲームしている姿もそこかしこにある。
亮はそんな者を視線の端に入れながら、コーヒーを口にした。
「ってさ、兄弟とかいるのか?」
「1人っ子だよ。親は普通の会社員と主婦。亮は?」
「いねえ。親は共働き。ガッコは?」
「K大学。有名じゃないよ。も一緒の学校」
の名を聞いて、亮の眉が微かにひそめられる。
だがは気付かずに、亮に問い返した。
「亮のガッコは? 県立?」
「いや、私立。T大付属」
「げ。何気に有名所か。大変そうだねー」
「……そんなでもねえし」
所謂お坊ちゃん学校なので、名を聞くだけで凄いと言われたりするが、亮が凄いわけではない。
凄いと言わないが、なんだか不思議だった。
「なあ、凄い、とか言わねえんだな」
「は?」
「ガッコ」
ああ、とそれで頷く。
「亮の成績で驚く事はあっても、学校自体はね。学校が偉いわけでもなし」
だから別に凄くないとあっさり言うに、亮は表情を緩ませる。
小さな事なのだが、同じように思っているのだと分かって、妙に嬉しい。
その折、ふいに傍の客の口から、『ハセヲ』という名が出てきて、コーヒーを吹きそうになった。
寸でのところで液体を飲み込む。
は驚いて其方を見、
「『ハセヲ』だって」
ぽつりと呟いた。
盗み見ると、M2Dを着けた学生風の男2人が、コントローラーを片手に話をしている。
どうやら、プレイしながらネットニュースの話をしているようだ。
先日、ネット新聞にハセヲの名前がでかでかと掲載された。
The・Worldの最優秀プレイヤーとして、PCの顔まで出ていた。
「クソ。ニュースなんかに人の名前出すなっつの」
「まあ、成り行き上、アリーナの3冠制覇は仕方がなかったとはいえ……フツーじゃないもんね」
「そういやお前、アリーナ出なかったな」
誘っても、いつでも駄目だという返答しか聞かなかった。
「PCの姿見があれだからね。出たら大騒ぎになるし」
「ああ、そうか、そうだったな」
混乱を避けるため、八咫が働きかけて、CC社のプレゼントPCと銘打ったものの、アリーナのような公式の場に出たら、騒ぎが拡大するだろう。
そういう訳で、はアリーナに出なかったのだった。
側の少年のうちの1人が、またも口を開く。
声が妙にでかいので、聞きたくなくとも耳に入ってきてしまう。
「ところでさ、BBS見たか?」
「まだ。なんだよ、なんか面白ぇことあったか」
「見てみろよ」
「なんだよ、教えろって」
ニヤニヤした声色で、少年は続ける。
「その『ハセヲ』がさ、目立つ女PCに、中央区で告白してたってんで、盛り上がってんだよ」
――それは、盛り上がってるんじゃなくて、晒されてるんじゃねえのか。
頭を抱えたくなりながら正面を見ると、が微妙な表情で見返してきた。
恥ずかしいっていうより、大丈夫だろうかという、不安な面が多いようで。
彼女はこそり、
「BBS見るの怖いんだけど」
同意見だと思える言葉を口にした。
マジでBBS見るの怖ぇんだけど。
話題を提供した側の少年が、何に対してか分からない溜息をついた。
「あの『死の恐怖』が、結婚イベントだぜ? どーなのよそれ。キルされた事があるオレの気持ちは複雑よ?」
「おめーがPKしてるからだろ、それはよ」
げらげら笑う少年。
が亮に声をかけた。
「ハセ……ごほん。亮くん」
「君付けすんなっての。俺より背ぇ低いくせに」
関係あるんかいと突っ込みを入れる彼女は、ちらりと少年達を見てから、亮に視線を戻した。
「居辛いなら、出ようか。落ち着けないし」
「……そうするか」
椅子から立ち、まだ『ハセヲ』で盛り上がっている少年2人から離れ、店を出た。
暫くBBSを見たくないと思いながら。
あちこちに立ち寄り、騒いでいるうちに夕刻近くになった。
最初の公園に戻り、そろそろ帰ろうかという話になる。
亮はまだ時間に余裕があったのだが、の方は夕食の準備があるのだそうで。
家に帰れば、の側にはがいる。
それがひどく嫌で、帰したくないとごねたくなる。
同棲しているのだから、仕方のない事だ。
相手は大学生で、こちらは高校生。
同じ学生という身分でも、多くが違うのだから。
亮は携帯の着信履歴を見て、何かに気づいたらしい。
「ごめん、ホントにそろそろ行かなくちゃ」
「……な、なあ」
「うん?」
「ケーバンと、メアド、教えてくれよ」
あ、そっかと今更気付いたみたいに、は番号とメアドを渡した。
ついでに、自宅の住所と電話番号も。
亮も同じようにに渡した。
「あのさ、。また近いうちに、そのっ……会わねえ?」
無理にとは言わないという言葉を出す前に、は快諾してくれた。
「うん、嬉しいよ。会おうね!」
「っ、お、おう。……あのっ、それと、もっぺんちゃんと言っとく」
なんだと首を傾げる。
亮は急に顔が熱くなってきたのを感じつつも、それでも言う。
まっすぐ彼女を見て、
「――好きです」
はっきり告げた。
は目をパチパチさせ、後、真っ赤になった。
「え、っと。ありが……とう?」
「なんで疑問形」
「だって、今返事返さないといけないのかなと」
亮はふっと笑む。
「今はいい。俺の事、好きんなってくれた時で」
選択肢がYESしかない場合にのみ、返答しろというのもなかなか凄い話だが。
はふいに誰かを思い出したみたいで、苦笑した。
亮も恐らくは同じ人物を思い出し、微妙な顔になる。
ちょっと自分が今、エンデュランスのような台詞を吐いた気がしたからだ。
彼ほど酷くはないが。
「と、とにかく、楽しかった。また近いうちにね。暇なら電話してきて」
「……そんな事言うと、暇じゃなくても電話するぞ」
「どうぞ。私もすると思うしね」
えへへと微笑み、それじゃあと軽く手を振る。
「またね!」
「ああ」
先に公園を出るの姿を見送り、亮は駅に向かって歩き出した。
あっちゃこっちゃ捏造。
2007・2・27
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