激短文のハセヲからのメールに、悩んだ結果、こう返した。

『あんたね、端的にも程があるでしょ、あのメール(笑)
 とりあえず場所ぐらいは指定して欲しかったんだけど……私勝手に決めちゃうよ?
 マク・アヌのカオスゲート前で宜しく。待ってるからさ』



綴れない想い 3



 のメールに直ぐ反応できたのは、俺が画面前にずっと陣取っていたからだ。
 考えに考えた結果、会いたい、しかマトモな言葉が出てこなくて、半ば自棄になってそのまま出した。
 意味わかんねーとか思っただろうけど、ちゃんと返信が返ってきてホッとした。
 マク・アヌ。カオスゲート前か。
 人目につく場所だな、畜生。
 エリアに出るのに楽だから、待ち合わせにはいい場所なんだが、今日は別にエリアに出て冒険しようってんじゃねえ。
 ……うわ、俺落ち着けよ。
 今からバクバクいっててどうすんだよ。
 自分を落ち着かせようと深呼吸してから、M2Dを着けた。
 ログインしてハセヲになり、軽く腕を振った。
「ハセヲー、こっちこっち」
「あ?」
 すぐさま名を呼ばれ、振り向く。
 金色の髪の女性PC――が手を振っていた。
 普通に立っているだけで、やたらと目立つと俺のPCだが、幸いにも、ゲート付近にたいして人はいない。
 土曜の午後だっつうのに、珍しいこった。
 俺が側に行く前に、の方から寄ってきた。
 態度、いつもと変わんねえな……当たり前か。
「よ、よォ。悪いな、急に呼び出してさ……」
「ハセヲから貰ったメールの中で、一番短いメールだったよ。すっきりしてた」
 笑うに、俺は何も言わないで後頭部を掻く。
 しょーがねえだろ! 結局、何書いていいんだか分かんなかったんだよ!
 妙に長くなっちまったり、訳のわかんねえ文章になっちまったり。
 エンデュランスが書きそうな、妙なメールになっちまったり!(俺、大丈夫かよと自分突っ込み入れたぞ、マジで……)
 唸る俺を見て、は首を傾げる。
「んで、どしたの? ここんとこ会ってなかったから、パーティのお誘い?」
「あの……な。……その」
「うん」
「けっ……結婚式イベント、俺と、出ねえか?」
 そっぽを向きながら言うと、返事は戻ってこなかった。
 なんだよ、無反応かよ?
 人が物凄ぇ勇気出して言ってんのに。
 ちらりとを見て、俺は思わず固まった。
 唖然としているのかと思いきや、彼女の顔は真っ赤で。
 何か言おうと口を開き、また閉じている。
 今までは『カイト』関連の事でしか、そういう態度を――はっきりしたのは、見た事がなかった。
 今はそれが、俺に向けられてて。……顔が熱くなってる自覚がある。
「ええっと、あの……だって、アトリは?」
「アトリは今関係ないだろ」
「や、えーと、だってさ……なんで私よ」
 腹を決めてきたはずなのに、俺の口から『言うべき言葉』が出てこない。
 ノドの奥に引っかかって、絡まったみたいに。
「な、なんでって……」
 そんなの、俺、カオスゲート前で言わないと駄目なのかよ。
 少ないとはいえ、人通りはあるんだぞ。
 は自分の発言すら恥ずかしそうで、アトリがよくやるみたいに、恥かしそうに、少し俯いている。
 人が違うと、こんなに新鮮味があるのか。
 ……考えてみりゃ、のこういう態度を余り見た事がなく、耐性がない。
 そりゃ、向こうも同じ話だろうけどよ。
 何を口に出すか考えていると、の表情が、急に険しくなった。
「おい、?」
「……まさかハセヲ。クーンやカイトと一緒んなって、私を遊び道具化してる!?」
「ハァ!??」
 突拍子もない発言で、唖然とする。
 クーン、何言ったんだよ!
 ってか……カイトって。
「カイトって……カイトか?」
「あ、うん。蒼炎のカイト――トラじゃない方ね。ドットハッカーズのカイト」
「き、来てんのか」
「ハセヲからメール貰うまで、一緒にいたよ。クーンも一緒に」
 ……なんか、抜き差しならない状況になってる気がするのは、俺だけか?
「と、とにかく、俺はっ」
「あ、ハセヲさーん!」
 ……………うわ、凄ぇタイミング。

 丁度ログインしてきた所だったらしいアトリは、ニコニコしながらを見た。
「ハセヲさん、さん、こんばんは!」
「……おう」
「うん、こんばんは。アトリは今からインだったんだね」
「はい」
 ところで、とアトリ。
「お2人は何をしてたんですか? エリアに行った帰りですか?」
 後で手を組みながら、アトリは無邪気に聞く。
 の表情が、ほんの少しだけ強張った気がした。
 彼女――は、アトリが俺を気にしてる事を、よく知ってる。
 それに、少なからず俺がアトリを気にしている事も。
「えーと、そういう訳じゃないんだ。話、してただけで」
 彼女はちらりと俺を窺うように見て、それから何に対してか1つ頷いた。
 その頷きの意味は、俺に良いモノじゃない気がした。
 思った直後、現実になる。
 は軽く手を振って、言った。
「あの、ハセヲ。やっぱさ、私みたいなオバハンじゃなくて、アトリがいいよ、うん、そうしよう」
「え? なんの事ですか?」
 小首を傾げて、俺とに視線を行き来させるアトリ。
「ね? そうしなよハセヲ。だってその……上手く言えないけどさ、一時の気の迷いだよ! アトリ可愛いし、問題ないでしょ!」
 物凄く必死に言ってくるを見て、俺は段々と腹が立ってきた。
 確かに今まではそんな態度、表に出したことなんて殆どなかったし、今のの反応も分かんなくもねえよ。
 でも。
 でももし相手にしているのが、俺じゃなくてクーンだったら。
 またはカイトだったらなら。トラだったら。八咫でも、誰でも。
 こいつは、こんなに躊躇しなかったはずだ。
 ――相手が俺だから、二の足を踏む。
 アトリや志乃がいるから。
 心にあるのは別の誰かで、自分以外なんだって、固く信じているから。
 拳を握り、ぐっとノドの奥で叫び出しそうな言葉を抑える。
 俺の態度に違和感を感じてか、が心配そうにするが、返す余裕がない。
 不穏な空気を察してか、アトリがやたらと明るい声を出した。
「あ、あのっ! このままもなんですし、イベントでも見に行きませんか!?」
 瞬間、訪れた嫌な予感。
 ……そーいうのって、得てして当たるもんなんだな。
 アトリの口から出たのは、『期間限定の結婚式イベント』だった。
 俺との、会話の焦点になってたイベントだ。
 は微かに引き攣り、でもすぐに表情を治した。
「ほ、ほらっ、アトリもそう言ってるし! 私さ、えーと、あれだ」
 物凄く言葉を探り探りしているのが分かる。
 普段なら、少し落ち着けと言えるだろう。
 今は無理だ。
 そんな俺に、は取って置きの一撃を喰らわせた。

「そ、そう、うんっ。私、クーンと出るよ! ハセヲはアトリと! どう!?」

 かなりテンパって言ったの言葉は、『死の恐怖』をやってた時分なら、問答無用でぶっちぎれる位のモンだっただろう。
 多少まともンなった今の俺でも、かなりキた。
 腹の奥で燻ってたものが、物凄い勢いでせり上がってきたカンジ。
 はっきり、正面から言うべき言葉を言えない自分にもムカついたし、はぐらかし続けるコイツに腹が立った。
 それまで感じてた照れとか、状況とか。

 一切合財、ぶっ飛んだ。

「ハセ……うわっ」
「ハ、ハセヲさん!?」
 俺はの左手を掴むと、力一杯引いて歩く。
 多少の抵抗感はあるが、そこは魔導士と錬装師のゲームステータス値の違いってやつだ。たいした抵抗じゃねえ。
 の手を引いたまま、船着場を目指して進んでいく。
「ハセヲってば、なにっ」
「あ、あのっ、ハセヲさんどうしたんですか!?」
 不安気な声色で訊くアトリ。
「ちょっとハセヲっ、アトリが不安がって……」
「うっせえ。行くぞ」
「行くって、どこに!?」
 イベント、とだけ乱暴に答えると、の抵抗が強くなった。
 両手で俺の手を掴んで、脚を踏ん張ってやがる。
 渾身の力を込めて引くと、はつんのめって、結局俺に引きずられてる。
「待って、待ってってば! だから私はクーンと」
「喧しい。問答無用だ」
「そ、そーはいかないでしょ! 落ち着いてよ!」
 落ち着いてられるか!
 なんでアトリを斡旋すんだよ!
 それだけならまだ流せたが、クーンとが結婚イベント!?
 冗談じゃねえ!!
 なんでっ……。
 たまらなくなって、言葉が勝手に口から出て行く。
 溜め込んだものを、発散するみたいに。
「俺はっ……俺はお前と一緒にいなかった数日間、すげぇ悩んだんだ」
 苛立たしい気持ちのまま、を引きずって進みながら、掴んだ手の先の彼女に言う。
「今まではそんなのたいして考えなかったから、いきなり気付いて焦ったし、冗談だろって思った!」
 そう。冗談だと――認識させようとした。
 でも、でも。
「考えるほど、冗談じゃ済まねえ位んなって! 今なにしてんだろうとか、誰といんだろとか、滅茶苦茶気になって!」
「ち、ちょっとハセヲっ、声でか……」
「だから、あのメールしたんだ!」
 はほんの少し、言葉を詰まらせた。
「た……多分、クーンが焚き付けて、それで、そんな風に、気になったような気分になっただけだよ。きっと――だから」
 俺は、ぴたりと足を止め、振り返ってを見る。
 彼女の頬は赤くて、表情には困惑が浮いていて。
 ――なんで、そんなにまで頑なに信じねえんだよ。
 信じて貰えない事に、カッとなって。
 を引き寄せて、きつく抱き締める。
 同時に、自棄になって叫んだ。
「俺は! お前の事が好きでたまんねえんだよっ! ちゃんと気づけバカ!!」
 ………。
 言い終えて数舜後、ハッとなった。
 こんな風に、流れで言うつもりなんてなかったのに。
 しかも。
「……うわ、俺っ」
 いつの間にやら中央区にまで来ていて、周囲に人が大勢居る。
 ギルドショップが立ち並ぶここは、人が多い。
 その殆ど全員が、俺たちを見てる。
 ここでショップを開いていたガスパーと、一緒にいたシラバスも例に漏れず、目を丸くしてこっちを見てやがる。
 状況が分かってきて、現実に冷や汗が背中を流れる。
 ふ、と視線を前に向けると、俯いているアトリがいた。
「あ……」
 名すら呼べずにいる間に、彼女は走っていなくなる。
 手を伸ばして、声をかけようと思ったが、力を抜いたら腕の中のが逃げ出しそうな気がして、できなかった。
 腕の中の彼女は、小さな子供みたいに、少しだけど震えていた。



ものすごい勢いで告白。すんません、こんなハセヲでよかですか…。
2007・2・5