に『誓い』のカードを送ると決めたはいいのだが。
「……本文、マジでどうすりゃいいんだ」
 そんな事を言いながら、俺は書きかけのメールを消去した。



綴れない想い 2




 マク・アヌの、いつもの噴水広場。
 たいていここにいるとハセヲに会えるのだが、ここ数日、全く彼の顔を見て居なかった。
 ログインしていないかと思えばそうでもなく、メンバーアドレス欄を見ると、Onlineの文字。
「最近、ハセヲに会わないなあ……アトリとデートしまくってんのかな?」
 私がそう呟くと、隣にいるクーンが何を思ってか深い溜息をついた。
 また、女PCにでも振られたんだろうか――なんて思っていると、彼の視線がこちらに向けられた。
「ん?」
「あのさ、ちぃっと聞きたい事があるんだ」
「どーぞ?」
 手の平を見せながら、続きを促す。
 クーンは頷いて後も暫く言葉を発しなかった。
「……クーン?」
「あの、さ。ハセヲをどう思う?」
「ハセヲをどうって……」
 瞳を閉じ、思い切り息を吸う。
 AIDAもクビアも沈静化した今でも、再び戻ってきた五感は失せる事なく存在している。
 背後の噴水の、水の香りが混じった空気が、肺を満たした。
「凄く、好くなったよね、ハセヲ」
 かつての彼はひどくギラギラしていて、側に居るだけで誰かを傷つけそうな雰囲気だったけれど。
 多くを感じ、多くを乗り越えた今の彼は、とても好い感じになったと思う。
 アトリを始めとする、女性の仲間達が好意を持つのもよく分かる。
「カッコイイよ、うん」
「そ、それはさ……好きって事か?」
「好きだけど」
 さらりと答えたら、クーンががっくりと肩を落とした。
 な、なんでしょ……?
「そうじゃなくてさ! 男としてどうかって意味なんだけどなぁ」
 …………。
 男として?
 思わず怪訝な顔になる私。
 だって、そんな質問されると思ってなかったから。
 第一質問の意図が全く掴めないよ。
 私の微妙な表情に、クーンは軽く手を振る。
「ああ、いや、ええっとだな……深く考えないでいいんだって。には同居人がいるし、その……もしハセヲがを」
「あー、言わなくていいから」
 ぱたぱた手を振る。
「ハセヲが私を好きになる? 絶対ないね」
 ずばり言ってやると、クーンは目を瞬いた。
「な、なんでそう思うんだ?」
「あっち高校生。私、大学生。高校生から見たら、私なんぞオバンですよ、オバン。大体、アトリがいるでしょ」
「いや、でも……もしだよ。もし、ハセヲが本気なら?」
 食い下がるなあと思いながらも、相手がクーンなだけに、こういう恋愛系の話に違和感がないってどうなんだろう。
 非常に失礼な話かも知れないが。
「本気なら……か」
 もし、万が一、好きだと言われたら?
 アトリでもなく、志乃でもなく、パイでもなく。
 ハセヲに好意を持つ誰でもなく自分を選んでくれたのなら、そりゃあ嬉しいに決まっている。
 私が今のR:2に来てから、多くを共にした人だから。
 強さを求め、PKKの死の恐怖なんて凄い名前を戴いてからも、なんだかんだと関わり続けてくれた。
 時には酷いケンカもしたけど、背を向け合って、そのままになった事はない。
 私が彼の方を向いた時もあったし、ハセヲが私の方を向いてくれた時もあった。
 それに。彼が往く路は、私の往く路でもあったから。
 じっと私を見つめるクーンに、苦笑した。
「……私さあ、さっき、カイト……同居人に振られたんだよ」
「は!? マジでか!!??」
「うん。って言っても……同居は続けるんだけど」
「なんだってそんな事に?」
「いや、なんていうか。今回のゴタゴタで、彼に迷惑かけたからかなとか、色々考えてはみたんだけど、よく分かんない」
 ともすれば泣き出してしまいそうな私を気遣うように、クーンは肩を軽く叩いた。
「……なんて言われたんだ?」
「『一緒に居るのが当たり前すぎて、周りを見れなくなってるなら、解放してあげる』……って」
「………マジ?」
 こくんと頷く私の前から、
「まだ続きがあるだろ?」
 声がかかった。
 苦笑交じりの、声。
 よく知ってて、それで、ここにあるはずがない声。
 顔を上げると視界に入る、鮮やかな赤朱色の服。エメラルドグリーンの髪。
 目を閉じられず、大きく見開く私に、彼――PCカイトは続ける。
「それでも僕は君の傍らに居続ける。結婚してもいい位、僕を好きだって思ってくれるまで。……そう言ったよね」
「……カイト」
 驚きで、身体が固まってしまってる。
 隣にいるクーンも似たような状況みたいだ。
 道行く人が少ないのが幸いで、でも通る人は皆、カイトを見てはヒソヒソ何かを言っていたりするけど。
 なんだか自分に余裕がなくて、要らない事ばかり考えてしまう。
「カイト、あのっ……」
。僕は君を振ったつもりは、全然ないんだけど?」
「へ?」
 寝耳に水だ。
 だって、あれは別れの言葉じゃないの?
 首を捻る私。
 その前に立つカイトは、私の手を取った。
 五感を人に与える力のある私のPCは、逆に彼の体温も伝える。
「中学の頃からずーっと長い事、付き合ってきたけど。どっちからとも、『結婚しよう』って言葉は出ないだろ? まだ学生だって事を差し引いてもさ、仕事に就いたらしようとか、そんな話もない」
「う、うん」
「だから少しだけ、君との間に、空間を作ろうと思ったんだ。君が、他の誰かも見えるように」
「なんで……?」
「もし、その『空間』にが耐えられなかったら……その時は、ちゃんとしようと思って」
 微笑むカイト。
「でももしも、僕以外の誰かを好きになったら――どうかな。それでも君から離れる事は、僕にはできないような気がするけど」
 君が誰かを好きになっちゃったら、非常に迷惑な男になる可能性大だ、なんて軽口を叩くカイト。
「僕、ハセヲ君に言ったんだよ。僕からを奪う事は、容易じゃないよって」
「な、なんでそんな事を」
「だって彼、を好きだと思ったから。……もしも彼を、少しでも想ってるなら、このままじゃ駄目だと思ったんだよ。それが、間を空けようと思った直接の理由かな」
 私は、どうしていいのか分からない。
 だってカイトが好きで、でも確かにハセヲも、そりゃあ好きで。
 ……うわ、今、私って物凄く優柔不断で嫌な奴だ。
 自分自身に嫌悪して、顔を歪める。
 カイトは握ったままの私の手の甲に、軽く口付けを落とした。
 まるで騎士みたいに。ふ、普段はこんな事しないんだけどなあ?
「カイトっ!?」
「一応、君は僕の彼女だけど、もしハセヲ君を好きになっちゃったなら、その時はハッキリ言って欲しい。そしたら一から頑張るからさ」
「……カイトって、ずるい」
「そりゃあ、僕は君が好きだから。逃がしたくないし?」
 悪戯っ子みたいに笑むカイトに、私はやっと、肩の力を抜いた。
「あの、さあ」
 今まで黙っていたクーンが、片手を上げて声をかけてきた。
「カイトは……ええと、と同種?」
「同種って……ああ、この格好か。今大学のネット使ってるんだけど……新規アカウント取って、PC作ろうとしたら効かなくて。このPCのみ使用可能だったんだ」
「私と同じだ」
 もう問題は解決したけど、カイトはやっぱりカイトだって、『世界』に認識されてるんだろうか。
 クーンはもう1つ、とまた手を上げた。
はカイトの彼女だけど、ハセヲを好きになってもイイって事か?」
「まあ……そういう事にならないように、頑張るんだけど。とりあえず、そういう事に……なっちゃうのかな?」
 うんうんと頷くクーン。
 まるで自分の事みたいに納得してる。
 私としては微妙な心境なんですが。
 だって、ハセヲハセヲって言ってるけど、彼は絶対私にそーいう感情持ってないって。
 溜息をついた私に、男2人はやれやれと肩をすくめる。
 わ、私の言いたい事が分かったのかな?
「全く。ハセヲも相当鈍いが、も上等だな」
「鈍いと言われてる僕でも分かるのに。これだから当時の仲間が揃って撃沈するんだよ」
 なっ、なんだか物凄くバカにされとる……!?
 膨れっ面をすると、カイトがよしよしと頭を撫でた。
 くぅっ、これに弱い……。
 ズルいなあ、カイト。分かっててやってるもんなあ。
「僕、後でハセヲ君に挨拶しないとね」
「ゲーム、暫く続けるんだね」
「そりゃそうだよ。恋敵だし」
 またそういう……。
 胡乱気な瞳を向けると同時に、ぽーん、と音がした。
 ショートメールだ。
 誰だろうと思って開いてみると、ハセヲ、の文字。
 妙な話をしていたからか、彼の名前を見ただけで、ちょっと罪悪感が……。
 本文は、物凄く簡潔だった。

『もう少ししたら、メール送るから読め』

 ……命令かい。
、誰かからメールだろ?」
 クーンに問われ、立ち上がりながら頷く。
「うん、ハセヲだった」
 言った瞬間に、クーンの顔がニヤリという表現がバッチリの顔になり、カイトはにこやかながら、何か黒いものを背負っている気配が。
 全く2人して、妙な勘ぐりばっかししてるんだから!
「別に告白とかじゃないって。それはアトリがいるでしょ、アトリが!」
 物言いたそうなクーンを制し、私は続ける。
「も少ししたらメール送るから、読めって命令文だった」
「ふぅん? ……さてと、クーン、だっけ?」
「あ、ああ」
「エンデュランスと八咫って、どこにいるか分かるかな」
 ああ、成る程。納得する私とは対照的に、クーンは不思議そうだ。
「知り合い?」
「まあね」
「八咫はCC社のごたごたで、ログインしてないな。エンデュランスは……あいつは普段どこにいるかさっぱり分からないんだが」
「んー。呼んでみようか」
 言うと、クーンは軽く手を上げた。
 無駄だと言いたいのだろう。
 確かに、ハセヲ命と化している今の彼は、ハセヲ以外の召集に答える事はないと思われてるけどさ。
「大丈夫だって。私、2人で冒険した事もあるし」
「マジか」
 頷くと、へぇーへぇーと感心したような声が返ってきた。
 状況がよく分かっていないカイトには、後で説明しよう。
 たぶん、今のエンデュランスに会えば、すぐ分かると思うけど。
「えーっと」
 ショートメールの本文に、
『カイトが会いたがってるから来てくれる? マク・アヌの噴水広場にいるよ』
 素早く打ち込み、送信する。
 それから直ぐ、返事が返ってきた。
 1通は、PCメールを受け取ったという通知。こちらはハセヲだろう。
 もう1通は、エンデュランスだ。
「うん、来てくれるって。カイト、ここで待ってて? 私PCメール確認してきちゃうから」
「ハセヲ?」
「たぶん。行って来るねー」
 余計な事を言われないうちに、さっさとログアウトした。
 M2Dを外し、目を擦ってからメールボックスを開いた。
 一瞬、カイトとクーンの要らん話が頭に浮かび、微かに自嘲する。
 まさか。ハセヲはアトリが好きなんだよ?
 冗談も程々にって感じ――。
 そんな風に思っていたのに。
 メールを開いた私の目の前には、誓い、というグリーティングカードが表示されていて。
 デスランディがタキシードを着ていて、同じく可愛らしいウェディングドレスを着たキャラと腕を組んでいる。
 表示される文字は、『ずっと一緒にいようね』。
 ……嘘デショ?
 妙に緊張してきて、顔が熱くなってきて。
 ぎこちない動きでメールの本文を見た。
 受け取ったメールは、ショートメールと見紛うばかりの、極めて簡潔なお言葉のみが記載されていた。


『――会いたい。』




ハセヲ寄りというか、そういう流れなので、カイトには申し訳ない感のある流れですね。
逆ハ的でありつつ、やっぱり流れはハセヲ。

2007・1・30