綴れない想い 1



 CC社から期間限定で、結婚式イベントが開催されるというメールの直後、俺は一通のメールを受け取った。
 差出人はアウラ。
 データの海に還ったはずの神たる彼女が、俺に出したメールには、グリーティングカードが添付されていた。
 誓い、という名のグリーティングカード。
 アウラからのメールの本文には、このカードを、俺が最も心に秘めている者に送れとあった。
 たっぷり3日は悩んだ。……正直、ゴミ箱に捨てようかと思った。
 捨てちまえば簡単に、ぐちゃぐちゃ考える事を放棄できると思って。
 ポインタをゴミ箱に合わせはするものの、結局、捨てられねえ。
 捨てたら、物凄く後悔する気がしたからだ。
「……あー、くそ」
 ネットの中の俺――ハセヲは、苛立たしげに頭を掻いた。
 何かがもどかしくて、苛ついている気がする。
 すると、俺の前でクーンが声を張った。
「ハセヲ!! 戦闘中なんだけどなあ!?」
「あ……。おわ、悪ぃ……」
 いつの間にやら呆けていたらしく、クーンが半ば独りで相手をしているような状況だった。
 適正レベルよりも、少々上のレベルのこのエリア。
 一緒にいる回復役のアトリが、慌てながらクーンに回復をかけまくっている。
 ヤバイ。考えてる場合じゃなかった。
 俺は銃を握り、トリガーを引いた。


 とりあえず獣神像まで行き、タウンに戻った。
 成果は上々。アイテムもそれぞれお釣りが来る程――とまではいかないが、取ってきた。
 アイテム倉庫に行って手持ちの整理をしないと、そろそろ荷物が溢れそうだ。
「あの、ハセヲさん。わたし、そろそろ落ちますね」
「ん? ああ、分かった」
 アトリはお辞儀をし、「お疲れ様でした」とクーンにも挨拶してから、ログアウトして消えた。
 俺もそろそろ落ちるかと考えていると、クーンが肩を叩いた。
「あ?」
「モテヲくん。いや、ハセヲくん」
「おま……最近なんだっつんだよ、人の名前をいちいち……」
 クビアを倒した後からだろうか。
 いや、志乃が復帰した後からかも。
 とにかく、クーンは俺をモテヲとか呼ぶようになった。
 ……言われる理由は、何となく分かるが。
 確かに、なんつーか、前とはちょっと違う所もあるから。
 特にアトリが。
「まあいいや。で、なんだよ。もっぺんダンジョン行こうって?」
「いやいや、違う。ちょっとお兄さんとお話しないかい」
 ニヤリという言葉がピッタリくる顔で、俺の後ろに周り、背中をぐいぐい押すクーン。
「お、おい? どこ行くってんだよ」
「マク・アヌだよ。落ち着いて、腰据えて話しようぜ」
「はぁ!?」
 さっぱりクーンの意図がわかんねえ。
 分かんねえけど、ログアウトしてもただ考え込むだけだと分かってたから、クーンに付き合うことにした。

「……あのさ、なんでココな訳?」
 思わず胡乱気な顔でクーンを見ちまう。
 奴は、別にいいだろと軽く言って、通り過ぎる女性PCに軽い口笛を吹いた。
 溜息が出る。確かにどこだって構わねえけど……なんとなく、ここはさ……。
 俺たちがいるのは、俺と仲間のPC――がよく会っていた、噴水のある広場だ。
 いや、会って『いた』じゃねえか。
 進行形。会って『いる』だ。
 昨日会ったばっかりだし。
 クーンはいつの間にやら女性PCの姿を見追うのを止めて、路の向こうを見ていた。
「おい、クーン?」
「モテヲくん」
「……そのネタ、引っ張るんじゃねえよ」
 いい加減鬱陶しくなってきたぞ。
「悪い悪い。ところで、なんか悩みでもあるのか?」
「悩みとか、そんな大層なもんじゃねえよ。ただ……ちょっと考え事をだな」
「お兄さんに話してみなさい! 恋愛相談ならなお良し!」
 四六時中、女の尻追い掛け回して、フラれる男に恋愛相談しても、あんまり意味ねえ気がするな……。
 俺がそういう相談するとでも思ってんだろうか。
 ――考えようによっては、そういう事に、なる、のか?
 顎に手をやる俺に、クーンは腕を組む。
「もしかして……アトリちゃんの事か?」
「は? アトリ??」
「ついに、ちゃんと告白されたとか? それともお前が告白して、フラれた? そ、それともまさか……既にリアルで会ってアトリちゃんお持ち帰りとか!?」
 どうしてこいつは、こう話を飛躍させんだよ。
 がっくり肩を落とすと、違うのか、と非常につまらなそうな声が。
「じゃあ志乃さんが告白してきたとか。――まさかパイが?」
「お前、少し落ち着けよ。盛り過ぎ」
「そうかなあ? じゃあなんだよハセヲ」
「……アウラから、誓いってグリーティングカードが来た」
 アウラの名に、クーンが目を丸くする。
 そりゃそうだろう。この世界の神が、グリーティングカード送って来たんだからな。
「その誓いってカードを、俺が一番好きな奴に送れって。別にアウラは命令したわけじゃねえけど」
「で、送ったのか?」
 首を振る。
 送っていたなら、さっきみたいに戦闘中ボケッとしてる事も、多分なかったはずだ。
「なんだよ。悩んでるのはそれか」
「……別に、悩んでなんか」
「お前、そういう素直じゃないとこは相変わらずだなあ。誰で迷ってるんだ? アトリちゃんか、志乃さん? パイとか……楓さんとか?」
 知り合いの女PCを、全て並べて行きそうなクーンを、睨んで止めた。
 クーンは肩を大げさにすくめる。
「お前の事を好きな女、多いもんなあ、羨ましぃー!」
「叫ぶなっつの」
「恥ずかしいのか? アトリちゃんに送るの」
 羞恥で送れない、っていうのは多少あるかも知れないと思う。
 でもたぶん、そうじゃない。
 クーンは知らねえんだ。
 俺が、俺が――。

「あれ、ハセヲとクーン」
 飛び込んできた声に、俺は一瞬、ぎくりと身を固まらせた。
 声のした方を見れば、間違えようもないPCの姿。
 金色の長い髪、翠の目。
「やあ。今ログイン?」
 クーンが片手を上げて挨拶すると、は頬を掻いて苦笑した。
「まさか。知り合いになった子が、王者の島で結婚式挙げてさ。だから行ってきたの」
「そういや、あの島は今、期間限定イベントの真っ最中だったか」
 クーンの呟きに、うん、と頷きながら、は自然に俺の横に座る。
 彼女は小さく笑んだ。
「綺麗だったよ。データのウェディングドレスではあるけど、それでも綺麗だった」
「へぇ。いいなあ、相手の男」
「クーンもやりゃいいんじゃないの? ……ところでハセヲ、どうしたの? さっきから無言だけど」
 顔を覗き込まれ、ぐ、と詰まりながら思い切り身体を引く。
 クーンに当たって、そんなに凄く下がったって程ではないが、それでもに不信を持たせるのには充分だったようだ。
 は眉根を寄せる。
「ハセヲ?」
「わ、悪ぃ……ちょっと考え事してて、驚いた」
「なら、いいけど……うん」
 普通なら不穏な空気でも流れる所かも知れないが、はするーっと流す。
 気にしなくていいよと、雰囲気が言うんだ、いつも。
 だから、回り全部を敵だと思ってた頃の俺が、なんとなくで一緒に居続けられたんだと思う。
 は俺から視線を外し、クーンを見た。
「で、クーンは誰かにお誘いされてないの? イベント」
「今の所ないなあ。そうだちゃん、オレと結婚式イベントしない?」
「クーンとねえ」
「止めとけよ」
 自分でも驚くぐらいハッキリ、俺は声に出していた。
 とクーンが視線を向けてくる。
「その……だな。クーンが声をかけた女PCが、式を壊しに来る可能性があるだろ。クーンだぞ? クーン」
 心外だという表情のクーンに対し、は腕を組んで深く頷いていた。
「そうだね、うん、納得!」
 クーンはガックリ肩を落とした。
 そりゃそうか。バッサリ斬られたしな。
「ま、多分私には縁のないイベントだよ――っと、ああ、メールだ」
 は立ち上がり、俺たちに笑む。
 マク・アヌの橙の光が、彼女の金髪に濃く色を落としてて、妙に綺麗だった。
「ごめん。もう行くね」
「あ、ああ。じゃあな」
 俺の後に続いて、クーンも挨拶した。
 彼女は手を振り、走って、見えなくなった。


 暫くの無言の後、クーンは唐突に俺を見る。
「お前……が好きなのか?」
「っ――!」
 かっと顔が赤くなる。
 こういう時、八相の適格者ってのは不都合だ。
 精神までPCとくっ付いていやがるから、感情が思い切りPCに反映される。
 つまり、リアルの俺の照れはそのままハセヲの照れとして、他人からも認識できるって訳だ。
 誤魔化しようがない。
 クーンは額に手をやり、空を仰いだ。
「アトリちゃんはいいのか?」
 確かに俺は、志乃と隠されし禁断の聖域エリアで会って、その後、志乃と俺を見て泣いて逃げたアトリを追っかけて、話した。
 少なくとも、その時からアトリは、少し、俺に対する態度を変えた気がする。
 クーンに言わせれば、恋愛感情が透けて見えるんだそうだ。
 ……確かに、アトリを可愛いとは思う。
 PCのエディットがどうの、という問題ではなくて、性格面というか。
 強くなろう、変わろうとする在り方は、好感が持てる。
 でも。
「俺さ、誓いのカードを貰って、アウラのメールを読んだ時――すぐさま浮かんだのが、だったんだ」
 けど、それは即座に違うと打ち消した。
 打ち消さねばならなかった。
 理由はクーンも知っていて、俺の言葉に苦い顔をしている。
「……は、その、ハセヲ……彼女は」
「分かってる」
 言われなくたって、分かってる。
 には同棲相手がいる。
 相手はThe・Worldを救ったかつての英雄。
 長く彼女と一緒に居て、彼女を理解している大学生。
 こっちは、色んなコトで彼女に当り散らした高校生。
 分が悪くねえか?
「前さ、がクビアに喰われた時。俺、リアルのが気になって、電話したろ?」
「ああ。確か……同居人が出たんだろ」
「あん時、言われたんだ」
 彼は言った。

 ――本気じゃないなら、に手を出さないで。
 でも、もし本気でも――僕から彼女を奪う事は、容易じゃないよ。

「……うわぁ。それってさあ、宣戦布告されてんじゃ」
「やっぱりそうか?」
 うんうんと深く頷くクーン。
 そうか……やっぱあれって、宣戦布告……してるのはもしかして俺の方か?
 あの時は正直、ネットワーククライシス間際で、それ所じゃないって感じもあって。
 だから深く考えなかった。
 第一、こんなに深く惚れ……いや。
「なあクーン、正直に答えてくれ」
「なんだ?」
 人に聞くのはバカらしい質問をしようとしている自覚がある。
 でも、聞かずにはいられない。
 誰かに聞くぐらい、自分の気持ちに戸惑いがある。
 俺は至極真面目な顔で、クーンに聞いた。
「……俺って、に惚れてるか?」
「……………」
 何言ってんだこの男は的な視線を向けられた。うわ、なんかムカツク。
 思わず、発言を撤回しそうになったが、先に口を開いたのはクーンの方だった。
「お前なあ……今までの話の流れで、どうしてそんな疑問が出てくるんだよ」
「いや、なんつーか……確認したくなったんだよ。自覚が薄いっつうか、だって、あのだぞ?」
 死の恐怖、なんて呼ばれてた時分の俺を、容赦なく引っ叩く女だ。
 風景なんてただのデータだろとアトリにキレた後、に手痛い一撃を喰らった事もある。
 説教でもするのかと思ったら、
『ハセヲが間違ってるとか、そんな事はどーでもいい。ただ、アトリを泣かせた君を、ぶん殴りたかっただけだから』
 笑顔で自己完結。
 ある意味、男らしいっちゃ男らしい女。
 だから気負わずにいられた面も多い。
 溜息をつく俺に、クーンは口端を上げた。
 ……なんだよその顔はっ。
「お前、実は物凄く前から、に惚れてたと思うなあ」
「いや、それはねえと……思う……けど」
 自信がなくなってきた。
 昔の事を考えると、そう思えなくもない感情の揺れは、結構多かった気がするからだ。
 クーンは更に続ける。
「あれだけ人を寄せ付けなかったお前が、なんでだけ? ケンカとかしなかったのか?」
「したぜ? たいてい三爪痕関係な。の知ってる『カイト』に酷似してるから、奴には物凄く甘かったし」
「へぇ。つまり、三爪痕を庇う姿が許せなかったと」
「そりゃそうだろ。志乃を未帰還者にしたと思ってたし」
「ふぅーん……ホントにそれだけか?」
 その、微妙にニヤついた笑いを止めろよな……。
 今考えれば、確かにクーンが言うように、それだけじゃなかったけどよ。
 素直に認めれば楽なんだろうが、それはそれで難しい。
 俺って厄介な性格してるなと、自分で思う。
「……あークソ。どうすっかな」
 がしがし頭を掻き、靄ついた気持ちを振り払えないかと努力してみても、結果は同じ。
 クーンが、何度目か分からない溜息をついた。
「なあハセヲ。が好きならちゃんと言わないと、すぐどっか行っちまうぞ。それに、彼女だってハセヲを好きだ、多分な」
「それはねえよ。同棲相手いるんだし……」
「あのなあ!」
 何を思ったか、クーンは唐突に俺の前に立つと、指を突きつけてきた。
「お前らしくないぞ! 男ならどーんと行け! 奪え!」
「う、奪えって……」
「気持ちを抑えて後悔なんてするなよ。アトリちゃんはオレが引き受ける、安心しろ!」
「……そこかよ」
 苦笑するが、確かに気持ちを抑えて後悔するなんて、後味が悪すぎる。
 彼女の同居人は、俺に宣戦布告してきた。
 だったら、俺も彼に負けないように。
「…………そうだよな」
「気持ち、決まったか?」
「ああ。サンキュー、クーン」
 素直に礼が言えるようになった、俺が居る。
 そうなるための多くの時間、は呆れもせずに付き合ってくれていた。
 彼女を選ぶ事で、多くが傷つくかも知れないけど。
 それでも――に誓いのカードを出そうと、決めた。







暴走。…いやもう、いきなりEDな話でスミマセン。見たら描きたくなってしまった…。
手前の話を全く手付けしていないので、妙な事になるかも知れませんがお許しを。
ちなみに。勢いで書いているので、あっちゃこっちゃマズかろ的なミスがあると思います…。

2007・1・27