オリジナル・メンバー 1


.hackers
 伝説の勇者の一行。
 <The・World>という世界において、ある程度のキャリアを持つ人間なら、噂にしろ、名前にしろ、多少なり聞いたことがあるであろう、その<名前>と<存在>。
 実在したという人もいれば、全くの作り話だという人もいる。
 あるいは、一部真実である、とも。
 <事件>から四年も経つと、噂には尾ひれがつきまくり、ある事ない事囁かれる。
 彼らの情報を集めるPCなんてのもいるらしい。
 全ては四年も前の事。
 後発プレイヤー達が、どれ程の真実を有しているか、疑問ではあるし、情報が真実か否かなど、当人達でなければ、判断のしようがない。
 そんな訳で、今日も<ザ・ワールド>の世界のどこかで、.hackersの噂は、元気に動いているのだろう。


 Δ(デルタ)サーバ ルートタウン マク・アヌ
 マク・アヌのシンボルともいえる、大橋の中ほど――といっても、人の邪魔にならないよう、端の方ではあるが。
 一人の女呪紋使いが「うーん」と気持ちよさそうな声を上げつつ、伸びをしていた。
 晴れ渡った空が、目にしみる。
 橋上で暫く<世界>を見回していると、通りがかった剣士風の男二人が、なにやら限定キャラがどーの、と話していた。
「……限定キャラ、ねぇ」
 女呪紋使い――は、もう一度青空目掛けて、伸びをした。

 先日、”.hackers”の限定キャラ当選者が決定したらしい、という話を聞いた。
 偶然聞いた……というか、まあ、聞かされたというか。
 CC社の<ネットワーク事業部>関連のバイトをしていると、耳に入らないようにする方が、凄いかもしれない。
 わざわざ知らせてくる<オペレーター>もいるし。
 <事件>から今まで、殆どログインしていなかったが、再びこの世界へ足を運んだのは、それを聞いたからである。
 職業、女呪紋使い、ネーム、
 彼女は、伝説の勇者、カイトのリアルでの学友であり、”.hackers”の、世に知られざるもう一人のオリジナルメンバー。
 ブラックローズより以前から、仲間としてカイトに関わっていたPC。
 世間一般様では、オリジナルメンバーは、カイトとブラックローズ、という事になっているが、実際の所オリジナルメンバーは、カイト、ブラックローズ、の三人。
 ただ、ヘルバに協力してもらって情報操作をしてもらった為、『』の名前は、仲間の一人として扱われているに過ぎない。
 かなりの情報通でなければ、知ることもない。
 伝説だのなんだの言われちゃうと、いざログインする時に問題ある。
 それが、彼女の持論だった。

 勿論、<ザ・ワールド>にもう一度関わるのは、少々気が引けていた。
 少なくとも、以前のように深く関わりたいとは思っていない。
 が、<オペレーター>バルムンクが、わざわざ限定PCキャラの話を持ち出してきた上、バイト先であるCC社の彼の部下も手伝って欲しいというものだから…。
「イベントの手伝いだなんて、冗談も休み休み言って欲しいっての…」
 なんてブツブツ言いながらも、結局ログイン。
 久々に使うMyキャラは、『お帰り』と言っているかのように、しっくり来る。
 以前のように、肌で風を感じたりするような、五感の変化はないが、コレが普通なのだ。
 前の自分が、異常だったに過ぎない。

「…真面目にログインするのは暫くぶりだから…肩慣らししとかないとね…」
 独り言も、FMDの音声認識で、しっかりと周りに伝わってしまう。
 小声にしとけばよかった…と、今更思っても仕方なし。
「君、ソロなの? 今呪紋使い探してんだけど…パーティ組まない?」
「レベルいくつ? 一緒に行動しませんか?」
 あっという間に、わらわらと人だかりが出来てしまう。
 は苦笑いした。
 確かに…、マク・アヌは初心者サーバーと呼ばれているし、自分の今身に付けている装備は…四年前の当時では最高クラスだし、バルムンク曰く、今、の姿を意図的にエディット出来ないようになっている。
 カイトとブラックローズの姿が、勝手にエディットできないのと同じように、彼女のそれもまた、勝手に作る事は出来ない。
 水色地の布に身を包み、その服にはどの属性でもない文様が、青い線でくっきりと描かれている。
 文様はPCカイトの服にもついていたものだし、エディットしようと思っても――管理者側だとてできないものだったりする。
 ………見る人が見れば、レアだと直ぐに分かる。
「えーっと…ごめんなさい、私今日は……」
パーティに誘ってくるPC達に謝りながら、どう逃げようかと視線をめぐらせた――時。
 目の端に移ったキャラに、全身視神経が注がれた。
「ごめんなさい!!」
 まだ諦めないPC達を掻き分けるようにして、その人物に向かって一直線に走っていく。
 アレ――アレは――。

「カイト!!!」

 丁度、建物の奥の方に入っていったのを見て、も追いかけて名前を呼ぶ。
「……え?」
「……あれ、カイトじゃない……って、当たり前か…」

 思わずガックリとうなだれた。そりゃそうだ。カイトのわけない。
 姿が……カイトと酷似しているだけで。
「……あのー、君は?」
 カイトキャラの男の子が、声をかけてくる。
 は立ち上がると、苦笑いした。
「ごめんね、人違いしちゃった。私、。えっと…君は、限定キャラ当選者、だよね?」
「あ、うん…。俺、シューゴ」
「よろしく」
 なんとなく挨拶ついでに、握手。
 ――その時、思わず我が目を疑った。
 腕輪って、限定キャラに…ついてた…っけ?
 疑問を克明に浮かべる前に、シューゴがに声をかけてきた。
は、ドットハッカーズのファンかなんか?」
「へ? あ、えーと…」
 ドットハッカーズのファン…そうしておいた方がいいんだろうか。
 メンバーだった、なんて事は言っちゃいかん。
 プレイの妨げになってしまう可能性が、大いにあるのだから。
 は首を横に振った。
「ううん、ファンじゃないよ。ただ、ちょっと…知ってるっていうか、えーっと…見た事があるっていうか…そんな感じ」
「見た事がある!?」
 彼女の言葉に、シューゴが目をきらきらさせた。
「俺、最近プレイし始めたばっかでさー、良く知らないんだけど、は伝説の勇者――カイトを見た事があるんだ!」
 もしかして、墓穴を掘ったかも…。
 が、今更どうにもならない。
 全ての事柄を嘘で偽るといのは、どうにものキャラじゃない。
「え、うん……ほんのちょびーっとだけ、ね。ところでカイト……じゃなくてシューゴ。その腕輪…どうしたの?」
「…えっと……」

 シューゴは迷った。妹のレナにも言ってないのだ。
 だが、の目は――凄く真剣で、嘘をつくのが躊躇われる。

「じゃあ、言うから、一つだけ条件出していいか?」
「うん、OK」
「メンバーアドレス、欲しいんだ」
「…………ちょ、ちょーっと待ってね」

 そう来たか!!!
 はシューゴに見えないよう後ろを向き、表情を暗くさせた。
 ここでメンバーアドレスを渡すと、彼らと接点を持つことが出来るが、反面、リスクも大きい。
 まあ、余程の<ドットハッカーズ通>でなければ、彼女の存在は分からないと思うが……多分。

 意を決し、頷いた。
 くるりと回り、シューゴの目を見る。
「じゃあ、アドレス渡すけど…、いつログインしてる、って訳じゃないし、いつも一緒に行動出来ないとは思うから。それでよければ…」
「それで問題なし!」

 そうして、はシューゴとメンバーアドレスを交換する代わりに、彼が腕輪を手に入れた経緯を聞いた。

「…なるほどねー、アウラがね」
「…知ってんの?」
 思わず口にしていた言葉に、はっとなり、慌ててフォロー。
 ダメだ。ボロでまくり!
「えと、噂だけね、噂!」
「…ふぅん。ま、いいや」
 追求してくれなくてありがとう。

「んじゃ、私、今日はもう落ちるね」
「え、もう??」
 は「うん」と行って立ち上がる。
 元々、そんなに長くログインしているつもりもなかったし、肩慣らししようと思っていただけだったから…。
 シューゴのアドレスももらえた事だし、今日は落ちる事にする。
、明日は?」
「明日かー、イベントの日だっけ。…うん、これぐらいの時間にログインしてみる」
「じゃあ、呼ぶから」
「りょうかーい。じゃね!」
 ひらひらと手を振り、はログアウトした。

 家のPCの前で、は「ふぅ」とため息をついた。
 なんだか、意図しないでまた何かに巻き込まれているような気もするが…。
 メンバーアドレスの欄を久しぶりに開いた時、懐かしさに、思わず涙がこぼれそうになった。

 .hackersと呼ばれる、全員のリスト。
 彼女のメンバーアドレスには、それが…載っている。

 PCの電源を落とし、電話しようと、携帯の電話帳を開く。
「……カイト、伝説だってさ」
 携帯電話帳に表記されたリアルでのカイトの名前を見て、思わず笑ってしまった。
 の<ザ・ワールド>との関わりは、この日を境に、また始まったのである。





2002・12・24

ブラウザback