集団避難



 一連の事件を解決して、.hackersなんていう誰がつけたか知らないグループ名なんだかよく分からない名前までつけられた一行の、特に男PCは――今日という日を次第に鬱陶しく感じ始めていた。

 セント・バレンタイン・ディ。
 今日、2月の14日はお菓子業界がこぞってチョコを売り出す日……ではなく、好意を持つ男性に、チョコレートという茶色くて甘いお菓子を差し出す事により、自分の胸の内をほんの少し――あるいは大っぴらに――伝える日。
 そんな中、変わらずPCはザ・ワールドにログインしていた。
 いつものようにCC社はバレンタインイベントなんかを企画したり、それに連なった出店のような特別店舗なんかも展開しているが、目下、の目的はチョコではなかった。
 チョコ自体は手持ちアイテムに既にあるから買う必要はない。
 今日という日を面倒くさがっている人物達に会う事が、今の最重要事項なのだった。

 マク・アヌの橋を渡りきり大きな広場に出ると、目的の人物は直ぐに見つかった。
 やはり思った通りの仏頂面をかましているバルムンクその人。
 そしてその横に、バルムンクほどではないにしろ取り巻きに囲まれて、嬉しいんだか困惑してるんだか分からない表情をしているオルカ。
 は二人に向かって大きく手を振る。
「おーい、二人とも〜!」
 ぶんぶんと音を鳴らしそうなくらい大手を振るモーションに気づいたか、二人はチョコレートを渡そうと躍起になっている女子PCをかき分けてやって来た。
 後ろから付いて来られないうちに、さっさとカオスゲートへと走る。
「二人とも盛況だねー」
 飄々と言うに、バルムンクがゲンナリした顔を向ける。
「……倉庫に何往復したか分からん」
 オルカがそれを聞いて笑った。
「はははっ、お前さんはモテるからなぁ」
「オルカだってそうじゃない?」
 事実取り巻きに囲まれていたし。
 そう言うに彼は少し困ったみたいに首を横に振った。
「バルほどじゃない」
、カイトとは何処で約束を……」
 気づけばカオスゲート前。慌てて返事をした。
 彼ら二人を無理矢理に引っ張ってでも連れて行く(実際ゲームでそれは難しいけれど)のが、今日ののお仕事なのだ。
 なんといってもバレンタイン。
 が興味がないと思っていてもバレンタイン。
 そういう日に皆が、<.hackers>という目立つ面々が集まる場所は一つだ。
「Δ(デルタ)サーバ・隠されし禁断の聖域」

「やほー! 来たね二人とも!」
 ブラックローズの元気のいい声に、も手を振って返した。
 禁断の聖域。知る人ぞ知る、始まりの場所。
 そこに今来た、バルムンク、オルカの他に、カイトやブラックローズにエルク、ミア、マーロー、レイチェル……等など、とにかく殆ど全員が揃っていた。
「やー、こんな勢ぞろいって珍しいというか……」
 オルカが唸る。
 確かに、普段はバラバラで動いている事が多いし、そもそもログインすらしていなかったりする事もある面々が、こうしてずらーりとがん首を並べているのは珍しい。
 カイトが苦笑いした。
「仕方ないよ……だってマトモに行動できないんだし」
「まあね」
 は彼の横に立つと、同意して頷く。

 本当は、今日集まる予定はなかったのだ。
 だが、集まらざるを得なくなってしまった。
 ……ともかく、今日という日をマトモにプレイしようと考えたのが問題だったのかもしれないが、はログインする前にリアルでカイトと会っており、既にそこでチョコは渡しているのだが……ブラックローズやら、なつめやら寺島良子やら、ともかく女性PCからカイトに向かって連絡があったらしい。
 曰く、彼女らはチョコを渡したいという。
 義理にしろ本命にしろ、カイトはそれに応じる性格なので今更どうこう言わない。
で、
『折角だから皆で集まった方がいいんじゃない? っていうか、固まってた方がいい気がする』
 という発言をしたのが、だった。
 こういう記念日なら、皆集まりやすいというのもあったのだが、問題はそれ以外にある。
 男PC…絶対に断言しても構わなかったが、こんな日にまともにプレイできるはずがない。
 ならば内々で雑談でもして、事が終わるのを待った方がいいし、その方が楽しいかと思ったのだ。
 カイトが先にログインし、大方に連絡をつけた。
 その後がログインして、もみくちゃにされていると予想されるバルムンクとオルカ、フィアナの末裔二人を呼び出した――という所。

「で、カイトはいくつぐらい貰ったの?」
 がふと問いかける。
「えーと……仲間内の女の子からは」
「私以外って事かぁ……」
はくれないの?」
「……レアじゃないよ」
 はい、と軽く渡す。
 彼は嬉しそうに笑うと、いそいそとそれをしまった。
 みな、それぞれ楽しそうに雑談しているのが見て取れる。
「集まってよかったよね、多分」
 いうと、カイトが頷いた。
 彼の説明によれば、ブラックローズを姉御と慕って来る女性PCたち(だか男性PCだか分からないが)が、彼女を追い詰めている状況だったり、他の……マーローや砂嵐三十朗なんかも、フィアナの末裔二人ほどではないだろうが、チョコ攻めにあっていたらしい。
 ヘルプメールがわんさと入って来たと、苦笑気味に話してくれた。
 カイトはカイトで、何度か倉庫を往復する羽目になったらしいし……。
「ま、大事な人からはリアルでもらえたし……ネットでももらえたし」
 ポツリ、呟く声。
 隣でやたらと温かい微笑みを浮かべているカイトに、ちょっとだけ恥ずかしくなり、俯いてしまう
 なんか、ブラックローズや寺島さんに悪いような気がする…と思ったのは当人の胸の内。
 正式におつきあいしている訳でもないのだが。
 いきなり、オルカがカイトの背中をぽんと叩く。
「二人とも、なにをこそこそしてるんだよ。仲間入れろって」
「こそこそなんかしてないよぉ」
 がちょぴっと口を尖らせると、オルカが豪快に笑った。
「で、俺には?」
「……見てたの、オルカ」
 呆れ顔のカイト。また笑うオルカ。
「えぇっと……はいこれ。リアルは学校休みだったからねぇ……渡せなくてごめん」
 ぽん、と渡す。
 カイトにだけは渡したけど、それは秘密。
「普段日だったらもらえてたのか俺っ」
 至極残念そうに嘆くオルカ。
 はカイトと向き合い、小さく笑った。


 バレンタインデー。
 女の戦場がそこかしこにある日。
 あおりを食らって、こっそりしている面子は、それはそれとして楽しんでいたりする日だった。


 後日、カイトによると。
「昨日掲示板、大変だったみたいだよ」
「大変って?」
 が問う。
 カイトが答えた。
「.hackersにチョコを渡せた人求む! って題でさ。 僕らの事躍起になって探してる集団がいたみたい」
「ほんと!? うわぁ……なんでそこまで」
「さぁ」
 有名人だという自覚がないのは、いい事なのだろうか?



2004・2・14

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