黄昏のおわり



 は無数に弾き出されたドレインハートで仲間が1人ずつ削られていくのを見て、この場で自分が出来る最前の事を考えた。
 刻々と軌道を変えて迫ってくるそれらを全て防げるはずなどない。
 自身はデータドレインが効かないはずだが、目の前にいる敵のそれは普通とは違うようで、かすった右手が妙なノイズを弾いている。
 カイトを助けようとしたエルクもまた消え、残っているのはとカイトのみ。
 それでもここで折れたら全てを失う事と変わりない気がする2人は、必死に前に進んだ。
 ――せめて、あと一撃。
 あと一撃分、カイトにあれを攻撃する時間が欲しい。
 大きな瞳のそれから、まっすぐカイトにドレインハートが繰り出されるのを見て、は思わず彼を押しのけた。
 弾けるはずのそれは、幾つかの束が1つに収縮し、勢いを増しての腹部を貫いた。
 五感のある身ゆえ、痛みが身体を舐めて動けなくなる。
 ふいに、アウラがデータドレインを弾く事に関して『例外がある』と言っていたのを思い出す。
 ――これが例外か。
 苦笑し、地面に膝をつく。
 前も後ろも上も下も真っ白な世界だから、もしかしたら足に当たる感覚は地面ではないかも知れないが。
ッ!」
 脇からカイトの叫び声がする。
 駆け寄ろうとしているらしい彼に、叫んだ。
「行って! 終わらせるのはカイトしかいない!!」
 今自分にかまけている場合ではないと、叱咤を飛ばす。
 彼は一瞬を見つめ、そうして駆け出した。
 ――カイトに手出しはさせない。
 確たる意思に、『世界』がどう反応したかは知らない。
 世界とは関係のない、自身のカイトへの願いが起こした事なのかも。
 どちらか分からないが、カイトへ向かうデータドレインは、何故か全て弾かれていた。
 が存在を保てなくなるまで、ずっと。



 最後の瞬間を覚えているかと言われると、白い世界でカイトの赤い服が映えていたという事しか言えない。
 記憶はしっかり残っているが、はカイトがコルベニクに剣を突きたてようとした所で消滅したらしく、そこから先は知らない。
 どうせならばもう少し粘っていたかった。

、どうしたの?」
 さやさやと髪を揺らす風を浴びながら、は問いかけに答える。
「なんでもないよ、カイト」

 波と呼ばれるものを撃退してから、1週間と少し。
 意識不明者は全て意識を取り戻した。
 もちろん、ヤスヒコ――オルカも。
 今日はバルムンクと組んで、久々にダンジョン攻略をしている。
 レベルに差が出すぎて、オルカは非常に悔しそうだった。
 オレのいない間に、こんなに差をつけやがって! と。
 カイトとも誘われたのだが、今日はやめておいた。
 なんとなく、のんびりしていたい気分だったからだ。
 ゲーム中でのんびり、というのも不思議な話だが。
 マク・アヌの一角、水路側に腰を下ろしている2人の姿を見て、他のPC達がヒソヒソと何かを囁いていたりする。
 たぶん、掲示板などで色々な噂が飛び交っている弊害だろう。
 カイトたちの事を、ドットハッカーズ、なんて呼ぶ輩がいるとかなんとか。
 たいてい、こんな所にいないよな、という結論の元に立ち去ってくれるのだが。
 そんな事とは関係なく、とカイトの間柄はいつも通りで、むしろ今までの重圧から逃れて少し身体と気持ちが軽いぐらい。
 カイトの手には、クビア戦で失ってしまっていた腕輪が、再度アウラの手によって渡された。
 使う者によって善にも悪にもなるそれは、世界に散らばったウィルスバグの駆逐に使用されている。
 の五感は相変わらずで、データドレインを弾くのも変わらずだ。
「平和だよね」
 が呟く。
 その手をカイトが握っていた。
 あたたかな体温が互いに流れ込む。
「ネットもだけど、現実も頑張らないとねー。受験という目の前のものが痛い」
「ははっ、そうだね」
 軽く笑うカイトに、はむぅと口唇を尖らせる。
 彼は苦笑した。
「お互い頑張って、一緒の高校行くって言ったろ?」
「……うん、そうだね……そうだよね」
 大気に思い切り息を吐き、は目を閉じる。


 最後の戦いが終結した後、消えてしまったものだと思っていた自分がきちんと存在している事に気付き、いきなりカイトに抱きつかれた事に再度驚いた。
「えっ、あれ!? カイト??」
「……よかった。みんな戻ってきたのに、だけ戻ってきてなくて、だから不安になってたんだ」
 周囲を見回すと、ここはどうやらネットスラムで、ブラックローズやバルムンク、参加してくれたミストラルやワイズマンを始めとする、苦労を共にしてきた仲間全員がいて。
 戦いの最中にドレインハートを喰らって倒れ、消えてしまった仲間が全員無事で立っていた。
「私、存在してる……?」
 不安気にカイトに聞くと、彼は抱き締めたまま頷いた。
「もちろんだよ。……終わったんだ。まだ後処理があるみたいだから、全部とはいかないけど、でも終わったよ」
 カイトが最後に見たものを聞き、はそっと瞳を閉じる。
 やはり、アウラは母親を見捨てられなかった。
 けれどアウラは消滅などしていないだろう。
 彼女は世界であり、世界は彼女なのだから。
 目立つ脅威がなくなった世界がこれからどうなるのか、には全く分からないけれど、今はたくさんの事を考えたくない。

「いい加減離れろ」
 べりっと引き剥がされ、きょとんとして後ろを見ると、バルムンクがなんとも複雑そうな顔をしていた。
「バルムンクも無事でよかった」
「……お前もな」
 大人びた笑みを浮かべる彼に微笑みかけ、皆を見回す。
 戦いに加わった全員が戻ってこれた事に、とても感謝したくなった。


 ザ・ワールドにおけるこれら一連の事件は、後に『黄昏』と呼ばれ、カイトを始めとするメンバーは、.hackersと呼称されるようになる。




飛びすぎなぐらいですが、ゲーム中での話はこれにて終了。後、Roots、GUに移行。
2006・5・27
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