異変停止せず




 の、リアルでの異変をまざまざと目にしたカイトは、翌日の学校で、彼女がログインするのを、何とか止めようとした。
 だが、彼女は
「ログインしない方がいい」
 というカイトの言葉を、決して聞き入れようとはしなかった。
 今の所、『異変』 を知っているのは、カイトだけ。
 仲間たちに相談する事も考えたが、結局アクセスするのはで、カイトや仲間は、それを止める術を知らない。
 知らせれば余計にごたごたするに違いないし、それに言い負かされてしまったわけではないが、
「カイトだって、危ない事してるでしょう」
 という言葉に反論などできず、彼女を押し止める事はできなかった。

 ――が、後にカイトは無理矢理にでも止めなかった事を、酷く後悔する事になる。



 リョースの命令でサーバーを調べる事になり、カイト、バルムンク、の三名は命令通りサーバー異常の調査を始めた。
 その間は、いつもと変わらない様子だったので、カイトは安心していたのだが……問題はその後に控えていた。
「……調査終了。とにかく、タウンへ戻るか」
 バルムンクのため息交じりの言葉に、カイトとは頷いた。
 カイトが 『オカリナ』 をがさごそと取り出そうとしている時――
「……な、に?」
?」
 バルムンクが、隣に立っていたの異変に気づく。
 カイトの手が、ぴたりと止まり――心配そうに彼女を見た。
 は他に誰もいないフロアであるにも関わらず、周りを――天井を見上げ――体をさすった。
「…寒いのか?」
 心配そうなバルムンクの問いに、彼女は首を横に振る。

 はザ・ワールドの世界を、文字通り 『体感』 している。
 熱いフィールドであれば暑さや熱を感じるし、雪のフィールドであれば寒さを感じている。
 石の冷たさも、体内ダンジョンのヌルヌルも、カビ臭さも。
 五感全てが働くのはカイトもバルムンクも知っているが、いつもと違う様子に戸惑う。

「だいじょぶ…なんか、変な感じがするだけで……う…っ」
!?」
 突然、の視界がブレた。
 自分の体が崩れ落ち、へたり込んだのだと気づいたのは、目の前に床の敷石と、手の冷たさがあってから、だった。
、大丈夫か!?」
 バルムンクに抱き起こされる
「平気、ごめんね」
 笑顔で返す彼女だったが、無理矢理作ったような笑顔では、到底その言葉を鵜呑みにできるはずもない。
「…とにかく、タウンへ戻ろう」
 カイトはオカリナを取り出し――その場を後にした。

 タウンへ戻ると、すこぶる気分の悪そうなをログアウトさせ――といっても、相変わらずログアウト自体はできないため、彼女がヘッドマウントディスプレイ(FMD)を外すだけだったが、カイトが心配する事態である、『FMDを外す際の痛み』 は、今回はなかったようだったので、一安心した。
 ともあれ、バルムンクに説明を求められる羽目になってしまった。

 バルムンクに、ここ最近のの異変――ログアウトができないため、ログインしたままの状態だという事、FMDを外す際、リアルの彼女自身に痛みが伴う事があるという事――を、話して聞かせた。
「まさか…そんな事が……」
 だが、カイトが嘘をついているとは思えないし、そんな混沌無形な嘘をつく意味も見当たらない。
 第一、いつログインしても、の名前がある、という事は……。
「…僕だって、信じられないよ。でも、僕らが直面してる事を考えても…」
「…確かにな」
 ため息混じりに、バルムンクが呟いた。

 カイトのイリーガルな能力にしろ、の妙な五感にしろ…元々、ネット世界ではありえない話で。
 この上、奇妙な出来事があっても、驚きはしない。
 リアルとネットの境界性が薄れている現状では、尚の事。

「…何も、起きなければいいんだが」
「…そう願うよ」

 の件が、何かの予兆であっては欲しくないと――二人は思う。

 だが、彼らは知っていた。
 何も起きないはずはないのだ、と。







2005・6・13
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