末裔の心情




 Σ ルートタウン フォート・アウフ。


 呪紋使いPC・は、カイトより一足早く、ザ・ワールドにログインしていた。
 切れてしまっている回復アイテムの補充をして、一度ログアウトしなくてはいけない。
 少しばかり、リアルの方で用事があるのだ。
 ………中学生は、それなりに色々大変なのである。

「えーっと、快癒の水もそこそこ買ったし…気魂も大丈夫、と」
 リグギイムを使えば、余程厳しい戦いでもない限りはSP切れにならないが、用心はしておいて損がない。
 自分達は、ちょっと普通じゃない、ザ・ワールドを見ているのだから。
 記録をして、何気なく人の流れを見る。
 ………人数は、かなり少なくなっている。
 異常事態で、無理もない話だが。
 ふと、カオスゲート前に見知った人物が現れ、思わず大声を上げる。
「バルムンクーーーー!!」
 大声に気づいたのか、バルムンクがの方を見る。
 彼女は彼に向かって、大きく手を振ると、少々苦笑いしているバルムンクに走りよった。

「こんばんは! 今日は早いんだね」
 にこやかに対応すると違い、バルムンクの方は少々苦い顔。
 この間のことを考えれば、仕方ないのかもしれないが。
……、今日は、あいつは一緒じゃないのか?」
「あ、カイト? うん、まだ」
「…そうか」
 バルムンクは複雑な表情を浮かべる。
 ………気持ちは、判らなくもないのだけれど。

 バルムンクは、少し前、リョースと組んで自分達を落としいれようとした。
 正確には、彼もまたリョースに利用された――という位置づけになるのだろうが、ブラックローズから言わせると、彼も利用した側の人間になる。
 は、そうは思わないのだけれど…バルムンクがそれについて、どう思っているかは不明だった。
 は意識して、それを話題に出さないようにしている。
 ゆえにもっぱら何のトレードをしたとか、どういう敵と戦ったとか、そういう話に始終していた。
 気を使っているといってもいい。
 ……バルムンクはそれを感じ取っていたが、どうしていいのか……本人も悩んでいるようだ。
「トレードするのに、変なレアアイテム要求する人って多いよね。見た事ないようなのとかあるし…」
「…
「ん、なぁに?」
 バルムンクの硬質な声色に、が勤めて明るく返事を返す。
 それが、彼にはありがたく思えた。
「………愚かだと、思うだろうな、私の行動は…」
 一瞬、言葉に詰まる。
 だが彼女は直ぐに、とりつくろう風もなく、あっけらかんとした声を出す。
「そうかな?」
「……お前達を、騙したんだぞ? 利用したんだ」

 彼は――多分、非難して欲しいんだろう。
 蒼天のバルムンク。フィアナの末裔。
 そう呼ばれるほどの有名人が、CC社――リョースの手先になって、人を陥れようとした、その事実を。
 自虐的でもあるなと、は苦笑いした。
 だが、彼女は非難する術を持たない。言葉汚く罵る事は、出来ない。
 彼の気持ちも、わからなくないから。

 は俯いているバルムンクを覗き込むと、二コリと微笑む。
「でも、それだって純粋に<オルカ>を助けたいと、思ってるからでしょ? ザ・ワールドを正常に戻したいと、思ってるからでしょ? だったら目的は一緒だったんだろうし」
 方法は違えど、目的は同じ。ならば、非難など出来ない。
 そう告げるに、バルムンクは無言だ。
 覗き込むのを止め、それでも話は続ける。
 彼は俯くのをやめた。
「キャラを操ってるのは人間だもん。間違いだって信念だってある。それを後でどう思うかは、その人の問題だし、私がどうこう言えないもんね」
「………」
「それに、バルムンクがどんだけオルカを信用してたか、知ってるしね」
「…危険な目にあわせたのに…」
 確かにバルムンクは、やカイトを危険な目にあわせた。
 だが、ザ・ワールドの深層部に関わろうとする者にしてみれば、危険なのは当たり前であり、当然とも言える。
 その危険が一つ増えようが二つ増えようが、この際関係ない。
 自分達は、それを承知で行動しているのだから。
「危険? 毎度の事でしょ。…あ、それとね、気づいてた?」
「…?」
「……はい」
 きゅ、と手を握る。
 瞬間、バルムンクが物凄く驚いた顔をする。

 ……彼は、今の今まで知らなかったのだ。
 の、<異端>な能力に気づいていなかった。
 自分と、触れた相手にまで五感が働くようになる、妙な力。
 バルムンクは、暫く触れている手を、まじまじと見てしまった。
 手を離すと――全ての感覚が、なくなる。
……」
「私もカイトと同じく、異端PC。どうしてかね。……嫌いになられるかと思って黙ってたんだけど…流石にこの状況にまでなってくるとね」
 カイト一人に重荷を負わせるのも厳しいし、嘘をつき続けるのもきついものがある。
 の持つ<異端>は、触れた人間であれば誰だって分かってしまうものだし。

「……嫌いになった?」
 笑顔で、でもどことなく不安そうな表情でバルムンクの返事を待つ。
 だが、彼は首を横に振った。
「……いや、そんな事はない」
「ホント? なら、よかった」
 心底ホッとしたように微笑むに、バルムンクは苦笑いした。
 ………そんなに、異端嫌いに見えたのだろうか。
 確かにシステム異常を引き起こしているような存在は、嫌いであり、存在を否定すらしていた。
 だが――彼女を否定してしまうなんて、出来ない。
 初めてパーティを組んだ時から、彼女の人柄に憧れてすらいたのだから。
「……
「うん?」
「リアルでの君は、どんな子なんだろうな」
 バルムンクの発言に、目を丸くして驚く。
「あっれー? バルムンク、リアルの話嫌いじゃなかったっけ?」
「ザ・ワールドにリアルの話を持ち込むのは好ましくない。……だが、気になるものは、なる」
 どうも、ほんの少し――モニタの向こう側にいる、バルムンクの素性が見えた気がして、彼女は思わず笑ってしまった。
 それが不服だったのか、彼の顔に少しだけ不満が宿る。
「ごめんごめん、怒らないでよ」
「……怒っては、いない」
 ひとしきりくすくす笑うと、は空を仰いだ。
「うん、少なくとも、キャラクターになりきる、っていう、器用な真似は出来ないから、あんまり変わらないんじゃないかな」
「……そうか」
 ふ、と彼が微笑む。
 ………彼のファンがいたら、卒倒しそうな笑顔だ。

 その後、彼は挨拶を交わして、一人でカオスゲートからフィールドへと移動して行った。
 残されたは、そろそろ一度落ちなくてはいけない時間だと認識し、ゲートからくるりと背を向ける。


「……まぁ、ちょっと開放的ではあるかもしれないけどね」


 呟きをチャットウィンドウに残したまま、はログアウトしていった。







微妙に続いてvol3な話。物凄い吹っ飛び方をしてますが、ご了承ください(泣)


2003・3・8

ブラウザback