リアル・ワールド ザ・ワールドのサーバー異常は、見た目に分かるもので、それは一般プレイヤーにも、勿論判別がつくほど酷いものになった。 CC社がユーザーに出した説明は、 <悪質なハッカーによるもの> であるが、カイトや――ザ・ワールドと意識不明者の因果関係を探る者達にとって、それは明らかなる間違いであり、言い訳。 けれど、ルートタウンの背景にすら不気味な亀裂と異常色、そして壁や岩に刻まれる、データ領域の数字などが現れるとなると、流石に今まで通り普通にプレイしようとする人間も少なくなってくる。 ザ・ワールドという<世界>は、極めて酷い異常事態に襲われていた。 「ねえ、ザ・ワールドってゲーム、おかしいんだって?」 最近の昼休みのもっぱらの話題は、大規模ネットワークゲーム、<ザ・ワールド>の、システム異常の事に関してだった。 ネットゲームをプレイしていない学生までもがそれを知っているのは、やはり学校内でのプレイヤーの数がものを言っているのだろうと、カイトは思った。 PCカイトを操るプレイヤーは、一介の中学生。 友達のヤスヒコを助けようと、ザ・ワールドに関わっているものの、行動すればするほどに状況が悪くなっているようで……空恐ろしい。 サーバー異常が起こってから…正確にはミストラルと言う仲間が抜ける時になって改めて自分が、<異常の最中>にいる、というのを強く認識した。 このまま進んで、いいんだろうか? その疑問を…自信のなさを、ブラックローズに問いかけたら、彼女は怒って、立ち去ってしまった。 ………気持ちは、判る。 カイトだってヤスヒコの事を、このままにするなんて、出来ない。 が、自分の進む方向が間違っていたら? それを考えると、怖くなる。 どんなに普通を装っていても、芯が強くとも、カイトは中学生に違いないのだから。 「おい、」 「……え? あ、なに」 突然、後ろから声を掛けられ、慌てて後ろを向く。 カイトとして思いを<ザ・ワールド>にはせていた彼は、現実の中学生である、本名・に戻る。 「次の授業の教材、取りに行こうぜ」 言われて、食後の最初の授業が、理科であることに気づく。 更に言うならば、今日は日直だ。 教材を運んでくるのは、日直の仕事になっている。 「えーと…天体の授業だから…」 「天体のでけぇグラフみたいなの、持ってこないと怒られるぞ」 「そうだった、ごめん」 は苦笑いしながら、友人と共に、理科準備室へと向かった。 教材を教室へと持って帰る、その途中の廊下。 やはり、話題として多いのは、ザ・ワールドの事。 耳ざとくしているつもりは毛頭ないが、自分自身が気になっているせいか、どうも知らずに聞いてしまっている。 校内プレイヤーは多く、やはりサーバー異常の事がもっぱらの話題。 そんな事はお構いナシに、トレードの話をしている人もいるが。 廊下を歩きながら、ふと先を見ると――廊下側の窓を開け放して、教室内で二人の女の子が話をしている様子が見て取れた。 話題は――ザ・ワールド。 周りの学生だって、同じような会話をしているにもかかわらず、どうしてかその二人が……酷く気になった。 「どうしたんだよ、いきなり止まって」 「あ、うん……ちょっと」 の視線がどこに定まっているか知った友達は、ニヤリと笑い、持っていた教材を、偶然にも通った友達に半ば無理矢理持たせた。 友人は、文句を言いつつも教室まで、教材を持って行ってくれる。 ……なんてイイヒトだ。 教材を持たせた友達は、興味津々にと、その目線の先の子を見る。 「、あの子気になってんだろ? 好きなのか?」 「べ、別にそういう訳じゃ…」 そう言いながらも、目線がそちらを向いてしまう。 友達は、いいから、と言いながら、と一緒に二人の女子の近くまで行くと、別クラスの友達と会話をしている。 はその間一人だ。 ……多分、彼が気を使ってくれているのだろうが。 話が聞きやすくなったのは確かであるが、盗み聞きというのは、あまりよくない。 が、気になるものはなるので、結局聞いてしまうのだが。 「最近凄いじゃない、あのゲーム。止めた方がいいんじゃないの? なんか、変な噂も立ってるしさ。私も今は、ログインちょっと躊躇ってるし」 どうやら、二人ともザ・ワールドプレイヤーらしい。 は不自然にならないようにしながらも、話を聞いている。 もう一人の子は、暫く友達の言葉に返事を返さなかったが――ぽつり 「やめないよ」 答えた。声に、聞き覚えがある。 ちらりと見ただけだが、顔にも覚えがあるような気がした。 そういえば、ヤスヒコの知り合いだったっけ? が、そんな事を考える。 以前、ヤスヒコと一緒に話をしていたような気がした。 名前は知らないが。 ………気になったのはそのせいかと、教室に向けて歩き出そうとした時――彼女の言葉で、思わず足が止まる。 「…私は、続ける。仲間も頑張ってるし、どうしても、ゲームと意識不明者が無関係だって、思えない」 「そんなの、噂だってば。ある訳ないじゃない、ゲームよ? ゲーム」 は、今度こそ、完全に聞き耳を立てていた。 ザ・ワールドと意識不明者。 関わりがあると思う人は、どう考えても数少ない。 もしかして、彼女もヤスヒコの事が無関係でないと知ってる? が、意を決して話しかけようとした時、彼にとっては意外な言葉が、舞い降りてきた。 「カイトも頑張ってるもの。私も、頑張るの」 ―――カイト。 それは、僕のPC名。 まさかという思いに駆られる。 こんな近くに、仲間がいる――? 「どこの誰か知らない人に、マジボレ?」 「……そ、そうじゃないってば」 照れの入った声を聞きながら、は思わず、教室に入り込み、彼女達の目の前に立っていた。 「わ、な、なに??」 声の主の手を掴み、真剣な表情で――言葉をかける。 「………君、?」 「……え?」 「呪紋使いの、?」 彼女は一瞬大きく目を見開き―――そして、恐る恐る呟いた。 「…………カイト?」 放課後、カイトとは、人気のなくなった教室で、机をはさみ、まるでお見合いのような状態で座っていた。 「…改めて初めましてだね。私、。ザ・ワールドでは、呪紋使いの」 「こちらこそ、初めまして。えと、双剣士のカイト…リアルでは、、です」 お互い、ぺこりとお辞儀をし、顔を見合わせて小さく笑う。 まさかこんな近くに……仲間がいるとは。 メール交換は頻繁だったが、お互いが中学生という事すら知らなかった。 個人情報をシャットアウトしていたというより、そういう話題にならなかった、と言うだけの話だが。 「ヤスヒコ君が、同じ中学だっていうのは知ってたんだけどね」 「そうだったんだ…」 は、改めてを見た。 ………ゲーム中の容姿と比較する訳ではないが、かなり近いものはある。 勿論、金髪ではなかったけれど、印象はまるで変わらない。 口調のせいか、個人的感情のせいかは良く分からないけれど、少なくとも、にとって予想外なほど――好印象。 そうなると、が自分にどう印象を持っているか、気になったりもして。 不謹慎かもしれないが。 「って、ゲーム中とあんま変わらないのね。…失礼かな。あ、しかも私呼び捨てしたね、今…ご、ごめんなさい」 あわあわと手を振って謝るに、は微笑んだ。 どうも、彼女の方もたいした印象の違いはないらしい。 「別に、呼び捨てでいいよ。僕もそうさせてもらって、いいかな」 「オッケー、問題なし」 にこやかに微笑むに、は心底ホッとした。 ……ゲームの中だと余り緊張しないのに、現実にその人を目の前にすると、こんなに緊張するのはどうしてだろう。 「、あのね、私じゃ力不足かもしれないけど頑張るから。きつい事とか一杯あるし、不安な事もたくさんあるけど、でも、や――皆の力になりたいから。だから…」 「…………」 「だから、頑張ろうね。一緒だよ?」 彼女が、そっとの手を握る。 ……温かい。 リアルでも、ネットでも、彼女の温かさは――本物。 不思議と、心が静まる。 は、静かに手を握り返した。 「……不安がる必要なんか、ないんだ、僕」 「?」 「……、頑張ろう、最後まで」 勿論だよと、彼女は微笑む。 も、微笑んだ。 イリーガルな力の保持者二人。 二人がリアルでも出会ったのは、運命の意図する所だったにせよ、そうでなかったにせよ、後の彼らの関係に大きく左右する所があったのは、たがわぬ事。 2003・2・3 ブラウザback |