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 彼女に出会ったのは、司の事件が終決して、暫くぶりに、ザ・ワールドにログインした時の事だった。
 ベアはダンジョンでミミルと久々に会った後、彼女と共にΘ(シータ)サーバルートタウン、ドゥナ・ロリヤックへ戻ろうと、ゲートアウトの準備を始めたところだった。
「……ん? 戦闘中か…?」
 直ぐ近くで戦闘音が聞こえてきたので、思わず耳を済ませる。
 どうして音が気になったのか……、一つ挙げるとすれば、声が一人分だった事と、多分その人物が、呪紋使いだという事だった。
 ミミルも気づいたようで、二人でその人物が戦っているであろう方向へと走り出す。
 案外と近場だったのも、幸いだったかもしれない。

「ふぅ…ありがとうございました」
 ぜえぜえと肩で息をしている少女PC――呪紋使いは、ベアとミミルの見立て通り、ソロだった。
 物理攻撃の乏しい呪紋使いが、ソロプレイというのは厳しい状況のはず。
 だが、あえてソロなのに理由があるのではないかと思うのは――ベアとミミルが、司との出会いを経験しているからに他ならない。
 無論、普通のプレイヤーが、普通にソロでゲームしているとも考えられるのだが。
「あの…私、と言います」
「私、ミミル。で、こっちが熊さん」
「熊さん??」
 ベアを見ながら、が不思議そうな顔をする。
 確かに面白い名前のPCはあちこちにいるし、『熊さん』という名前のPCがいてもおかしくはないのだが…。
「ミミル…初対面の人に言うと、本当にそういう名前なのかと思われるだろうが。
俺はベアだ」
 なるほど、だから熊さんかと納得するに、ミミルが声をかける。
「ねぇ、どうして、ソロ?」
「あー……いつも一緒に行動してる人が、今日は遅く入ってくるっていうから、先にログインしてレベル上げでもと」
「他のパーティに同行させてもらおうとか…考えなかったのか?」
 ベアの言葉に、は素直に頷いた。

 彼らは、の<特異>な能力を知らないから、そう言えるのだ。
 他のパーティに入って、誰かに触れでもしたら、自分の<五感>能力を、感づかれてしまう。
 そうしたら、BBSに書き込みされるとも限らないし。

 ベアとミミルは、顔を見合わせた。
 どうも、見た目やら雰囲気やらは全然違うのに、司と類似した感じを受ける。
 何故だかは分からないが、ともかく。

「まあ、何だ…ここであったのも縁だ。しばらく、一緒に組まないか?」
 ベアは言いながら、ミミルの顔を見る。
 了解、と片手をあげている彼女。
 一方のの方は――、少しばかり、困ったような顔をしていた。
「不都合があるなら、強制はしないが」
 暫く悩んでいただったが、思い切ったように頭を振ると、頷いた。
「ありがとう。えと、よろしくお願いします」
 ペコリ、お辞儀をした。


 レベル的な問題はパスしている。
 とりあえず、Λサーバの適当なダンジョンを攻略しようという事になった。
 ベアもミミルも、結構なレベル保持者で、はそうでもないにしろ、そう苦もなくアイテム神像までたどり着き、あっという間にタウンへ戻ってくる事になった。
 戦闘中、一度だけはベアに接触してしまったが、驚いたふうでもなかったので、気づかれていないらしいと、ホッと胸をなでおろしたのは彼女の中だけの事。
 なるべく人気のない場所を選び――というのはのお願いがあってのことだったのが、暫く休憩をかねて話をする事に。
 ミミルは、足りなくなってきたアイテムの補充に駆け回っている。
 ベアとは、ミミルを待ちつつ、橋の縁に寄りかかっていた。
「……ところで、
「なぁに?」
「…君は、何か――普通じゃない力を持っているんじゃないのか?」
「!!!?」
 ベアの言う所が理解できて、思わず生唾を飲む。
 リアルの自分も、PCの自分も、同時に。
 その表情で自分の考えが間違っていないと理解したベアは、彼女の手に、そっと触れた。

 ………やはり、温かい。
 は手を慌てて振り払う。
 やっぱり、パーティなんて組むんじゃなかった…。
 カイトや仲間たちに、あれほど気をつけろと注意されていたのに…。
 直ぐ、帰ってしまおうか。
 だが、気づかれてしまった以上、逃げようが隠れようが、大した意味はないだろう。
 メンバーアドレスを貰ってはいるが、着信拒否にも出来るし、避け続ける事も出来る。
 けれど、ベアやミミルに対して、そういう行為はしたくなかった。
 は深くため息をつき、覚悟を決める。
「……だから、ソロ、だったんだよ」
「…触れた人間にまで、五感を与える、か」
「………あのさ、どうして、そんなに落ち着いてるの?」
 ベアはから見たら、不思議なほど落ち着いていた。
 自分ですら、手に入れてしまった…いや、与えられてしまった当初はパニックになったというのに。
 彼はの問いに、幾分か神妙な声色で返事をした。
 それは、彼女にとっては驚愕で、彼にとっては、戦ってきた過去の事だったが。
「以前、ログアウトできなくなった友人がいた。 詳しくは長くなるので言わないが、ともかく、その子――司というんだが、君と同じように、五感を体感していた。この世界で」
 ログアウトできなくなった――しかも、五感つきで。
 そんなの彼女には耐えられそうになかったが…その子は耐えたのだろう、きっと。
「その子…どうしたの?」
「今はログアウト出来るようになってる。が、このゲームをプレイする回数は少なくなってるな」
「…そうだろうね」
「君は――司とは違うみたいだな。触れた相手にまで、五感を与える。だからソロだった――というところか」
「まあね…」
 ベアと会話しながら、橋に頬杖をつき、カルミナ・カデリカの風景を見る。
 下にある水の匂いまで分かるんだから、異常だ。
「私はログアウト出来ない訳じゃないけど…でも自分が力になれる人がいるから、だからプレイしてる」
「そう、か…」
 ベアは、彼女を見ながら……彼女と、そのパーティメンツが、自分達がやってきた事の、続きを担う者たちなのでは、と思い始めた。
 司がログアウトできなくなってから――いや、それ以前からの一連の大きな流れ。
 その流れを、自分達から引き継いだ者たち。
 根拠はなかったが、そんな気がしてならなかった。
「…強いんだな」
「え?」
 ベアは、を見て微笑んでいた。
 心の強さ。
 それなくして、<ザ・ワールド>の真なる者に立ち向かう事は出来ない。
 ベアたちは、それを多分――、一番最初に体感したPC。
 そっくりそのままではないにしろ、もまた、それを体感している。
 だが、彼女は首を横に振った。
 自分は、強くなんてない、と。
「脆すぎるって、自分では思うんだけどね…。人に助けられて、なんとかやってる。不安になっても、助けてくれる人がいるから…」
「そいつは、いい事だな」
「?」
「 『助けてくれる人がいる』 ってのは、いい事だろう?」
「あ、うん…」
 素直に頷いた。
 ベアの言いたい事は……一部以外はよく判らなかったけれど。
 確かに、『助けてくれる人』が存在するのは、いい事。
 信頼できるPCがザ・ワールドにいて、自分の特異体質を知ってくれて、尚且つ、助けになってくれるのだから…これ以上の幸福はない。
 ――と、思う。

「ベアは、もし…またどこかで私がピンチになってたら、助けてくれる?」
 不躾な質問だったかもしれない。
 でも、彼なら――、嫌なら嫌だと、そうはっきり答えてくれるような気がしたから。
 とベアはしばし無言のままに、互いを見つめた。
 ふっと、彼が――ベアが微笑む。
「メンバーアドレスは渡してあるだろう? 最近じゃログインも数少ないから、呼んでも答えてやれる事は余りないかもしれない。それでも、必要なら…俺を――」
 誘え。
 そう言おうとして、いったん言葉を切った。
 きょとんとしている彼女の顔を見て、首を横に振り、言葉を続ける。
「俺やミミルを呼べ。出来る限りの事はするし、持ってる限りの情報提供もする」
「ありがと…。ねえ、でもどうして、会ったばっかの私にそこまで?」
「そうだな。協力したい気分だったから、じゃダメか?」
 ベアが笑いながら、言う。
 理由になっていないような理由だったが、にはそれで充分だった。

 暫くして、カイトからΘサーバにいるとのメールが届いた。
 はミミルにパーティチャット(パーティ内だけに届く会話)で、挨拶をつげ、目の前にいるベアと、握手をした。
「ベア、またね!」
 温かい、感覚。
 彼は――、不気味がらず、微笑んで――握り返した。
「ああ、またな、


 Θサーバ、ドゥナ・ロリヤック。
 カオスゲートの前で、カイトとブラックローズが、を迎えた。
 どこへ行っていたのかと聞かれ、Λ、と答える。
「ええ!? 一人で行ったのか!?」
 カイトの驚きの声に、はにっこり微笑む。
「ううん、熊さんと、女重剣士さんと一緒に」
「熊??」
 ブラックローズが、間の貫けた声を出す。
「そ、熊!」
 訳が判らないと、顔を見合わせる二人の前で、は一人、微笑んだ。








2002・11・25

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