有名人は辛いよ



 蒼天のバルムンク。
 その名の通りもさる事ながら美麗な容姿も手伝って、<ザ・ワールド>内にかなりのファンを持つ男。
 二月十四日。
 この日、彼はログインするのを躊躇っていた。
 毎年毎年…凄まじい目にあっていたから、である。

 デルタサーバ ルートタウン マク・アヌ
 バルムンクはタウンの象徴ともいえる中央の橋の上で、身動きが取れなくなっていた。
「バルムンク様! どうぞ、受け取ってください!」
「私のもどうぞ!」
「あっ、ずるーい! バルムンク様、私のを先に!」
「何よアンターー! 邪魔しないでっ」
「きゃー! バルムンクさまーーー!」
 やはり、ログインするべきではなかったと、今更ながら後悔してしまう。
 毎年毎年…バレンタインには、自称 『バルムンクファン』 が、バレンタインチョコレートを持って、わんさかと集まってくる。
 無論、バルムンク自身は、こういう催し物が嫌いという事ではない。
 だが、その矛先が自分に向くとなると、話は別である。
 大問題なのは、その 『チョコレート』 だ。
 バルムンクは、いつもの冷静な声で、手渡そうと躍起になっている女性PC達に、
「すまないが、それらを貰う事は出来ない」
 と言うものの、それで諦めてくれるような人々ではなく。
 矢次に発せられる 「貰って!」 の言葉に、少々疲れてしまう。
 何しろ、行く先々で言われるのだから…。

「…おーい、バルムンクー?」
 少々遠くの方からだったが、見知った人物に声をかけられる。
 安心してしまうのは、逃げ出せると思うからだろうか。
「…か。すまない、どいてくれ」
「あっ、バルムンク様ぁ…」
 バルムンクは女子PCを掻き分けるようにして、の元へと向かう。
 いつものあの双剣士は、いないようだ。
 その場で話をしようかと思ったのだが、彼女が 『非常に女の子の視線が痛いんだけど』と言うもので、仕方なく適当なフィールドに移動する。

「…バレンタインだから、大盛況なんだね」
 は苦笑いしながら、バルムンクの隣に腰をすえていた。
 フィールドに移動してしまえば、他のPCと鉢合わせする事もあまりなく。
 その上、どのワードに移動したかは他のPCには分からないから、バルムンクファンが追ってくる事もない。
 おかげで、何とか落ち着いて話ができるのだが。
「……まったく、たまったもんじゃないぞ」
「うわ、それってちょっと酷くない? 折角女の子が勇気出して…」
「ネットの中だろうに」
 ……確かに、目の前にいる人ではないんだけども。
「それでも、バルムンクが好きだから、チョコ渡したいんだよ?それをそんな風に切り捨てるの、よくない」
 じとっとした目で、バルムンクを見る
 うッと詰まりながら、彼は彼女から目をそらした。

「…大変なんだ。整理が」
「は?」
 バルムンクは子供に言い含めるように、ゆっくり、話を続ける。
「最初は全部貰っていた。だが、次から次へと渡してくる。……どうなると思う?」
「どうって…」
「…倉庫に、往復しなくてはならなくなるだろう」
「ああ!!」
 ぽん、と手を打った。

 バレンタインというのは、ザ・ワールド内でもイベントとして設定されている。
 無論、それ専用の限定店舗も出展し、チョコレートアイテムだけで数は相当なものになる。
 義理チョコ、高級チョコ、トリュフ、板チョコ、アーモンドチョコ…等等。
 しかも、大抵はSP少量回復、HP少量回復といった、上級者には余りお役に立たないような効果を持つもので。
 持てるアイテムの上限は、四十種類。
 自分が常備、装備しているものやアイテムを抜くと、バルムンクの場合は大体限度が二十以下。
 チョコレートの種類は、それを超える。
 ……となると。
 超過したアイテムは、倉庫へ預ける事になり…。

「なるほどねぇ…有名人も大変なんだ。バレンタインは倉庫とお友達なのね」
 クスクス笑うに、バルムンクはむっつりとした顔を向けた。
 笑い事じゃないんだ、と。

 は少し悩み、一つの、小さな箱を取り出した。
 綺麗にラッピングされた、箱。
 何が入っているかは――言うまでもないだろう。
「一応……買って来たりしたんだけど、迷惑なら、自分で食べる」
「……」
 驚いたようにその箱を見てから、を見た。
 苦笑いしている。
「…ありがとう」
 バルムンクは彼女から箱を受け取ると、すぐさまそれを食べた。
 取って置く事もできるのだが、それは勿体無いような気がして。

「……バルムンク、ホワイトデー、よろしくね」
「催促か。…そうだな、十倍にして返してやる」
「多すぎ〜」

 クスクス笑いあう二人の姿は、まるで恋人のようで。

 今年のバレンタインは、バルムンクにとって、いい方に裏切られた日だった。





2003・2・14

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