Net World





 電脳世界。作られた世界。
 その世界の一部が、刻々と変わりつつあった。
 元々あったその変化が、如実に現れ始めた、だけかもしれないが。

 そんな事など全く知らず、1プレイヤーのは、今日もザ・ワールドの世界へとダイブしていた。
 同じように、このゲームを進めた友人もログインしているはずだが、…呼び出そうとして、やめる。
 ここ数日、別PC達のパーティに参加しているようだったから、今日も多分そうだろう。
と、すると。
「うーん……とりあえず、呼んでみようか…」

「あ、来た来た!こんにちはーじゃなかった、こんばんは!」
 は極めて普通に、挨拶を交わす。
 呼び出された人物――バルムンクも、軽く片手を挙げつつ、挨拶を返した。
「ホントに来てくれるとは思わなかったよ〜」
「丁度、空いていたからな。さぁ、どうする?」
「蒼天のバルムンクさんはどうしたい?」
 どうしたい…と聞かれましても。
 自分のレベルに合わせて――いや、自分の行動に彼女を巻き込んではいかんだろう。
「君のレベルに合わせる」
「そう?じゃあ――」

「ぎゃーーーー!!ジュローム!!」
「腰が引けてるぞ!本当に危なくなったら助けるから、しっかりしろ!」
 後ろからバルムンクの怒号を受けつつ、SPが切れるまで魔法を打ち続ける。
 ゲームをはじめて一週間も経たない超初心者、呪紋使い、武器だって防具だって、大したものを持ってはおりませぬ。
 最悪、一撃死って事だってありえるのだから、事は慎重に運ばねば。
 それでなくとも、自分の基本レベルより明らかに高いフィールドにいるんだからと、少しバルムンクを恨みつつ思った。
「バクドーン!!って…ぜぇ…やぁっと…倒した…」
 自分よりレベルの高い敵を倒した事により、の緊張感はすっかり抜けていた。
 地面にへたり込んで、息を整える。
「バカ者!!」
「ほぇ?」
 ふっと、後ろを振り向く。
 ――バルムンクの剣が、目の前を薙いでいた。
 いや、正確には、の目の前にいる敵を薙いでいたのだが。
 硬直する彼女をよそに、敵は当たり前のように消滅する。
 バルムンクは涼しい顔で、剣を収めた。
 後ろから攻撃しようとしていた敵、数えてみたら計3体程を、あっという間――どころか、剣一閃で倒してしまったらしい。
 さすが、有名なだけあって無茶な強さだ。
 助かりはしたが、はなんとなくレベルの差を感じて、気落ちしてしまいそう。
「油断大敵だ」
「さすがに強いね…」
 一応、それなりにレベルアップしたので、小休止する事にする。
 手近な岩に腰掛け、やっとこ本気で落ち着いた。
 草原の風が、気持ちいい。

 …あれ?
 それって、おかしくない??

 ふと、この間モンスターに攻撃され、体に痛みが走った事を思い出す。
 ゲームの中ではありえない<感覚>。
 でも、深く考える事でもないのかもしれない。
 まず気のせいだろう。
 それに、今だって風が気持ちいいと感じているのは、視覚が木々や草の走る風を見ているからの所が大きい。
 あの頬をなでるカンジ――あれがない。
「……ん?メールだ…」
 突然、今まで黙していたバルムンクが、立ち上がる。
 多分、メールのやり取りをしているんだろう。
 誰かに、簡易メールで誘われているのかもしれない。
「…今から、か」
「へ?何?蒼天のバルムンクってば」
 バルムンクはの言葉に動きを止めると、はぁ、と深くため息をつき、彼女に向き直る。
 どうやら、何かがご不満らしく、お小言が始まりそうな気配だ。
「あのだな、私はバルムンクだ」
「うん?だから、蒼天のバルムンク、でしょ?」
 小首を傾げつつそう言うと、バルムンクは額に手を当ててまた、ため息をついた。
 そうじゃない、と叫びだしたい気分になる有名人。
「その、”蒼天の”ってのが余計なんだ」
「あれ?ひとくくりでPC名じゃないの?」
 ……ある意味、凄い奴だと、を見て思ってしまう。
「蒼天というのは、称号みたいなものだ。」
「勿論、蒼海のオルカって俺の名前も、本当はオルカだけだぜ」
「うわ!」
 突然背後に現れた人物を見て、ひっくり返りそうになる。
 慌てて杖でバランスをとったので、大事には至らなかったけれど。
「随分と早かったな」
「まぁな。お前が初心者育成なんて、珍しい事もあると思って早めに入って来た」
 少々呆れ顔のバルムンクに対し、オルカはわはははと豪快に笑う。
 は、もしかしなくても今、自分は凄い事になっているのではないか? と目の前の光景に口をあんぐりと開けっ放しである。
 友人が凄いファンだと豪語していた、バルムンク。
 その相棒の、オルカ。
 めっちゃくちゃ強くて、フィアナの末裔、なんて呼ばれるような2人が、今自分の目の前にいる。
 始めたばかりの自分でもわかる有名人。
 サインを貰えるものならば、貰って帰りたいほどだ。
「……?」
 動きを完全に止めて口をあけているを心配し、バルムンクが声をかけてくる。
「あ、うん、はい…です」
「…大丈夫か?彼女…」
 オルカが不思議そうに見てくるので、こくこくと頷いた。
「所で、2人は何か探してたりするの?」
「?…バルムンク、言ったのか?」
 オルカがバルムンクに向かって、怪訝そうな表情でそんな事を言うが、彼は首を横に振って静かに否定する。
「いや…、どうしてそう思う?」
「んー、なんか、ちょっと噂を耳にしただけなんだけど」
 …確かに、そういう噂は出回っているかもしれない。
 探っているものがなんなのか、知る人物はほんの一握りだろうが。
 自分の発言が、的を射ているらしい事を知ったは、体を乗り出してオルカとバルムンクに申告する。
「ねえ!私も手伝う!」
「「は!?」」
 思わず2人が素っ頓狂な声を上げた。
 生粋のフィアナの末裔ファンが見たら、多分絶句するような声だった事だろう。
 立ち上がり、よし、と杖を力強く振る。
「決めたの!バルムンクに助けてもらってるし、ちょっとでも協力したいもん!」
「ダメだ」
 バルムンクの非常な一言が、あっさりと彼女の言葉を打ち砕く。
オ ルカはそんな彼の様子を見て、相変わらず容赦がない…と苦笑いをこぼした。
 だが、確かに今自分たちがやっている事は――少し普通ではないし。
 普通にプレイしたいのであれば、彼女を巻き込むのは…避けるべき事態だ。
 は納得が全く言っていない様子で、ぷぅーと頬を膨らませる。
「どうして!?ちゃんとレベル上げもするし、情報集めだってやるよ!?」
「随分懐かれてるな、バルムンク」
 ニヤニヤ笑いながら、オルカが彼を見やった。
 なんだか複雑な表情をしているバルムンク。
「…オルカ、笑ってないでなんとか言ってくれ」
「いいんじゃないのか? 別に協力してもらっても」
「なっ…オルカ!!」
 そんな言葉が出てくるとは思わなかったのだろう。
 バルムンクは眉間に思い切りしわを寄せて、何を言う!といった表情をした。
 だが、オルカは手を小さく振って、まあ待てという仕草をする。
「えぇと、、だったか?」
「うん」
 バルムンクにも敬語を使っていないからして、オルカにも勿論敬語は使わない。
 まあそれはともかく。
「レベルが低いよな?俺達が探して回ってる場所は、結構レベルが高い。だから、暫く一緒に行動しよう」
「……?」
「実はな、今度俺の知り合いも新しくログインする事になってる。で、奴も初心者だから、君と多分つりあい取れると思うんだ。そこで、とりあえず初心者育成――って事で、バルムンクの手助け出来るようになるまで、俺が君の身柄を預かる。OK?」
 は、バルムンクの表情を見て噴出しそうになった。
 物凄く不満そうな顔をしている。
 が、考えを変える気はなかった。
 オルカに向かって、丁寧にお辞儀をする。
「よろしくお願いします!」
「了解。契約成立、だな。という事で、バルムンク、暫くの間彼女を貰ってくぞ」
「借りる、と言え」
 バルムンクはの横に立ち、オルカをにらみ付けた。
「…危ない目にあわせるなよ」
 …成るほど。
 オルカはバルムンクが――少なからず彼女に好意を持っていることに気が付いた。
 まあ、絶対にやらなさそうな初心者育成をしている辺りで、それは分かっていた事柄でもあるが。
「じゃあ、メンバーアドレス交換しとくか」
「りょうかーい」
 ほくほく笑顔で、アドレスの交換を交わす。
 は、断然このゲームが楽しくなってきた。
 なんだか、凄くドキドキする。凄い事が始まる、予感。
「じゃあ、奴がログインしたら、呼ぶから来てくれな。それまではバルムンクと行動しててくれ」
「オルカ…とりあえずの調査は、そっちに任せる」
「だな、お前は……彼女についててやれよ。まだすぐゲームーオーバーになるレベルだろ(笑)」
「あ、ひどー!」
 オルカにぷーと膨れ面をして、バシ、と叩く。
 先日のバージョンアップにつき、PK…要するにプレイヤーキラーが出来なくなった今のザ・ワールドでは、ツッコミを入れてもHPが減ったりはしないので、その辺は安心どころである。
「じゃあ、またな、
「うん、またね!」
 バルムンクは、自分にも挨拶しろよ!と思ったものの、流石に付き合いが長いのでそれは口にしない。
 手で合図を送るのが、彼らなりの挨拶になっているからという事もあるが。
「さて、。協力するんだったら、もっとレベルを上げなければな。戦いに行くぞ!」
「ちょ、ちょっと待ってよーーーー!何を探してんのか、教えてくれたって…」
「行くぞ!」
 バルムンクは、の手をとって走り出す。
 なんとなく――オルカに持っていかれてしまいそうで、嫌な気分になって。
 ネットゲームにあるまじき感情だ。
 バルムンクはそう自分を律しながらも、彼女の手を強く掴んだ。


2002・9・25
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