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 全世界で驚異的な売り上げを示している、ネットワークRPG「The World」。
 社会現象になるくらいの、大規模なゲームである。
 毎日毎日、ゲームを楽しもうと、プレイヤーが、PC…自分の分身ともいえるキャラクターを、そこへと送り込んでくる。
 新規参入者も毎日毎日いて、ゲームの人口は増え続けていた。

 PCネーム・
 クラス・呪文使い。

 友人に勧められ、プレイし始めたネットゲーム。
 数日前に始めたばかりで……ハッキリ言って、戸惑うばかり。
 慣れるのに、凄く時間を要しそうだ…というのが、彼女――PCの名前で呼ぶ事にするが、の感想だった。
「……さて、今日も来て見たものの……グレースは来てるかなぁ」
 グレースというのは、にゲームを勧めてきた知り合いである。
 まあ、帰り際に「今日も行くでしょ?」と向こうから聞いてきた位だから、来ていないとは思えないけども…、時間を示し合わせているとか、そういう事ではないので。
 一応、メンバーアドレスを出してみる事にした。
 メンバーアドレスというのは、ザ・ワールドの中でのみ使用出来る簡易メールのようなもので、知り合いとコンタクトを取り、主にパーティを組む際に使用される。
 は、駄目だろうなぁと思いながらもメールを出したのだが、案外返事は早く帰ってきた。
『デルタの、橋の所で待ってて』
 だ、そうだ。

 説明しておくと、サーバーの種類は色々あるのだが、サーバーごとに難易度が設定されている。
 Δ(デルタ)は初心者向けといわれているサーバーで、現在、が入り浸っている場所。
 その他にもΘ(シータ)等のサーバーがあるが、そのサーバー1つにつき、ルートタウンと呼ばれる町(拠点)は1つのみ。
 友人グレースがデルタの橋、といったのは、デルタサーバのタウンに、大きな橋がかかっているからだ。
 目印には丁度いいので、よく使われるのだが。
 はとりあえず、指定された場所へと向かう。
 ……一応、メンバーアドレスは届いているのだからゲームをしているのだろうが、直ぐにこれないのは、もしかしたらダンジョンにいるからかもしれない。
 他の人とパーティ組んでいたりしたら、1人で勝手な行動もできないし。
「…買い物でもしてくるべきかなぁ…あ、でもお金ないか」
 ぶつぶつと独り言を言いながら、周りを見回す。
 ……やっぱり、なんだか変な気分。
 グレースからなんだかタダで貰ってしまった、ニューロゴーグルという、PCの目線でプレイできるものを使っているからかもしれないが、自分がゲームの中に実際に入って、行動している気分になる。
 握ってるものはコントローラーなので、そうそう非現実という訳でもないのだが。

「あ、いたいた〜!ーー!!」
「グレース…大声で名前呼ばなくても…」
 はぁはぁと息を上げながら、金髪の重剣士が走ってくる。
 …ゲームなのに息が上がるっていうのも、凄いよね。
 本当によく出来たゲームだといまさらながら感心しつつ、は手を振った。
「今日もちゃんとログインしてきたね、偉い偉い」
「だって、レベル上げしないとさぁ…」
 その辺の雑魚敵に倒される勢いの
 始めたばかりなので仕方がないのだが、この状態では一人でフラフラする事も出来ない。
 一人でフィールドに入り、あっという間に倒されているのでは、話にならないのだから。
「あのね、私今日ちょっと別のパーティーに入ってんのよ。に呼ばれたから、今ちょっとだけ抜けさしてもらってるんで、直ぐ戻らないといけないんだけどさ」
「ええ!?じゃあ私一人なわけ!!?」
 は不満げな声を上げた。
 ごめん、と両手を合わせて謝るグレース。
 ……はぁ、と思わずため息をついた。
 そういう都合ならば、仕方ない。
 元々約束している訳でもないし…。
「了解。じゃ、今日は私で頑張ってみるよ」
「明日はまた付き合えると思うからさ〜、ごめんね〜!」
 じゃね、と手を振って走り去る彼女の姿を見送り、またため息をつく。
 ……どうしましょう。
 とりあえず、と、はカオスゲートの方向へ歩いていった。

「……はぁ、死ぬ所だった…」
 ぜぇぜぇいいながら、草原フィールドの比較的安全な場所で、小休止。
 先ほど戦ったゴブリンからは、なんとか勝利を収める事が出来た。
 はっきり言って初心者プレイヤーの、しかも呪文使いが、1人でひょこひょこ出歩いていては、ゴブリン3、4体も出ようものならボコられて終了。
 2体までならなんとか倒せるまでになったのは、一重に成長と言えよう。
 なんで1人でプレイしているかと言うと…は、グレース以外のメンバーアドレスを持っていなかったからだったりする。
 悲しいかな、ネットゲーム初心者。
 まだ自分から声をかけられる自信がないのである。
 悪い人ばかりではないのだが、PK…プレイヤーキラーというものも存在する以上、フィールドだろうがなんだろうが危ない事は危ない。
 いや、ゲームなので倒されても実際問題、体に支障はないのだけども、やっぱり負けるのはイヤでしょう。
「…もうちょっと、レベル上げよ…」
 武器レベルも上げないとなぁ、なんてのんびり構えながら、は立ち上がった。

「…っな、なんなのコイツはぁ!!」
 はSPの続く限り、術を打ち続けたが、モンスターはひるむだけで突き進んでくる。
 SPの尽きた呪文使いの残された攻撃方法は、殴る事だけ。
 SP回復アイテムを持っていないのであれば、それしかないのだが…、呪文使いの力で物理攻撃したって、大したダメージは与えられない。
 大体、魔法攻撃で倒せない=今の自分には倒せない、ではないか。
 とにかく走って逃げるしかない――。
 後ろからやってくる敵を見やる。
 不自然に緑色に光っているが――あれも<ゲームの仕様>なのだろうか?
「っぎゃーーーー!」
 ネットの中だというのに、およそ可愛げのない声で叫ぶ。
 足元の小石にけっつまずき、派手にスッ転んだ。
 かろうじて杖は手放さなかったものの、立ち上がって後ろを振り向くと…――既に敵さんは、すぐ背後に……。
「!!」
 思わず、目をつぶる。
 だが、来るべき衝撃はなかった。
 ただ、剣戟の音。
「……??」
「ボサっとするな!走れ!!」
 自分と敵の間に入って、誰かが戦ってくれている。
 その人は物凄く強い攻撃を繰り返しているにも関わらず――緑色に発光した敵は、依然として倒れる事もなくて。
 勝てない敵?
 そんなの、ゲーム中に存在していいの?
 ぐるぐると考えが回る。
 その思考の輪を振りほどいたのは、守ってくれているんであろう、剣士だった。
「走れと言っただろう!!」
「わ!」
 敵のスキをついて、の手を引っつかんで走り出す。
 発光する敵はそれなりにダメージは受けているのか、先ほどよりも足取りが重い。
 は見知らぬ人に手を引かれ、フィールドを全力疾走していった。

 何が起こって、何がどうなったのか、よくわかってはいなかったが。


「はぁ…はぁ…あははー、私もゲームの中で息切れしてる…」
 途切れ途切れに言葉を発しながら、は見知らぬ人と一緒に座って休んでいた。
 なんか、さっきっからオカシイ。
 敵が倒せなかったりするなんて。
 息を整え、隣の人物を――助けてくれた人を見た。
「…えと、助けてくれてありがとう。私は。貴方は?」
「バルムンクだ。…危ない所だったな」
 バルムンク?……なんか、聞いた事があるような。
 それに、格好も普通のPCとはちょっと違うみたいだし…。
 まあいいやと、軽く流す。
「ねえ、さっきの敵さん、なんで倒せなかったの?」
 ずっと思っていた疑問を口にする。
 バルムンクは、の格好を見て――初心者か?と聞いてきた。
 その通りバリバリの初心者ですが。
「うん、ルーキー。…あ、痛」
「どうした?」
 右腕を見ると…傷が出来ている。
 HP値はほんの少ししか減っていないんだけど……。

 ……ちょっと、待ってよ!?
 なんで、痛いのよ!?

「回復してやろうか」
「え、あ、いい…ほんの少ししかHP減ってないし。それより…暫く一緒に行動しててもいい?」
「…俺といる方が危険だからな、ダメだ」
「じゃあ、強くなって恩返しするから、ね!」
 唖然とするバルムンクに、はにっこり微笑んだ。
 どうも、引く気はないらしい。
 彼はふっと微笑むと、メンバーアドレスを差し出した。
「常に呼びかけに答えてやるとは思わないで欲しい。だが、暫くはこの辺りにいるから…ログインしたら呼ぶといい。初心者なら、まだ判らない事だらけだろう?」
 まったくもってその通りだ。
 頷くに、彼は立ち上がって彼女を引っ張り上げる。
 大体ログインしている時間帯を教えると、彼は「またな」と言って去っていってしまった。
 ……なんだか、印象に残る人だな。
 それが、のバルムンクに対する第一印象だった。

 マク・アヌの街に戻ったは、丁度戻ってきたらしいグレースと再会した。
 いつもの集合場所になっている、橋の上で話をする。
「ええ!?バルムンク様に会った!!?」
「な、なにその<バルムンク様>てのは…」
「馬鹿じゃないのあんた!!ここにいる人間なら、大抵知ってる名前よ!!」

 蒼天のバルムンク、蒼海のオルカ。

 この2人は、ザ・ワールド内において、物凄い有名人らしい。
 と言う事は、はその超有名人のメンバーアドレスをもらってしまった事になる。
 グレースには、それを言わないで置いた方がいいような気がした。
 大体、メンバーアドレスは本人からしか流出しないものだし。
「あー、会いたいなぁ…バルムンク様ぁ…」
 夢見るような瞳になるグレースに、は「はぁ」とため息をついた。
 まあ、確かに…カッコイイ人ではあったけども。
 何となしに、空を見上げた。
「……レベル上げ、頑張ろ」
 せめて、バルムンクのちょっとした助けになるぐらいは。
 恩は、返さねばいかんでしょう。
 は律儀だった。

「ぷぅ………」
 ログアウトし、ゴーグルを外す。
 いつもの自分の部屋。変わりのない現実。
 ただ、1つ、気になる事があった。
「…別に、何にもないよね…」
 痛みを感じた腕を見る。
 傷跡も何も、残ってはいない。
「ゲーム内での怪我が、現実に響くなんてあるわけないよね、気のせいだよ、うん」
 だが、確かにはゲーム内で<痛み>を感じた。
 人に言ったら、笑われるだろうが…。
「…ま、いっか、気のせい気のせい」
 ゴーグルを片付け、パソコンをつけっぱなしの状態で、
 そのまま夕食を食べに、部屋の外へと出て行く。


 ジジ…。


 画面が、不自然に歪んだ事に、は気づく事はなかった。






2002・9・18

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