ココロの中 1




「おい、起きやがれ」
 頭の上からかけられた声に、は一瞬で目覚めた。
 目をこすり、のろのろと起き上がる。
 眠っていた――墓場で?
 バクラにキスされて気絶でもしたのか。
 適当に考えた事柄だが、本当ならあらゆる意味で呆れる。
 だが、辺りを見回して単なる気絶ではないと確信した。
 確かにはバクラと一緒に、墓地にいたはずだった。
 それがどうだ。周りにあるべき誰かの墓標はすっかり消え失せて、どこかの部屋のようではないか。
「実力行使でどこぞの部屋に連れ込んだわけ?」
「だったら、てめえを起こす前に服ひん剥いてるぜ」
「あー……本気でやりそうだよね」
 本気だからなと笑うバクラ。
 はひとつ息を吐き、立ち上がって埃を払うように制服のスカートを手で揺らした。
「……なんか、変な感じ」
 ぐうるりと周囲を見回し、改めてそう思う。
 見知らぬ部屋なのに、自分がずっと使っていたもののように感じられる。
 ほぼ四角い部屋の真ん中には、小さな木製の机。
 その上には写真立てが二つ。そのうちひとつには両親の写真が入っていた。薄く埃をかぶっている。埃を指の腹で拭ってみたが、何度やっても綺麗にならなかった。
 もうひとつには、友人である美々が映っている。こちらは新品同様だ。
 壁には本棚。背表紙が読めない状態で突っ込まれているものが多い。
 なによりの目線を引き付けるのは――その壁の一部に備え付けられた扉だ。
 扉といっても、取っ手は見当たらない。
 全面がガラスか、さもなくば恐ろしく透明度の高い水晶ででも作られているようだ。
 その無色透明の扉を挟むように、あちら側とこちら側を遮断する格子が、一定間隔を空けてはめ込まれている。
 あちら側は金。こちら側は銀の格子だ。
「ねえバクラ。ここはなに?」
「テメェの心の中さ。オレ様にはちょっとした特殊な力があってな。それを使って邪魔さしてもらってるんだ」
「私の心……? そんなの、認識できるはずないじゃない」
 自分の心は感じるものであって、視覚できるものではないはずだ。
「普通はそうだろうぜ。だが、残念なことに今は『普通』じゃねえんだよ。実際、お前は今ここでこうして自分を認識しているわけだが……お前の肉体自体は眠っちまってる」
「寝てる? 墓場で!?」
「オレ様の腕の中で、気分よさそうにな」
 ニヤつくバクラ。顔を赤らめてもよさそうなシチュエーションが、自分の与り知らぬところで展開されている。――今すぐ目覚めたい。
「顔を引っぱたけば目覚めるかな」
「無駄だぜ。てめぇの意識はオレ様が掌握してる」
 バクラは、胸元にあるリングを軽く持ち上げて見せる。
「こいつは千年アイテム。本来は探知のための道具なんだが……ま、それ以外にも使い道はある。例えば、こうしてテメェにオレ様の魂の一部を植え付ける、とかな」
「……ちょっと待ってよ。じゃあ、バクラは私に自分の」
「そう、魂をちょいと同化させてもらってるぜえ」
 なんてことをするんだこの男は。
 それにしても、心の中だとか魂だとか。本当だとしたらオカルト過ぎる。
「うぅ……」
 試しに、明らかに部屋の出入り口らしき普通の扉に手をかけ、思いきり引いてみる。
 ……ぴくりとも動かない。
「無駄だぜ。目的が済むまでは、オレ様がロックしてやってる」
「ありがたくない……ロック解除希望」
「だったら、さっさとするんだな」
 バクラが親指で例の不可思議な扉を示す。
「あの扉を開けな」
「開くわけないと思うけど……金銀の格子とかこじ開けろっての?」
 睨まれ、仕方なく扉の前に立つ。
 透明な扉を開けるためには、まずあの銀の格子を外さなくてはならない。
 とはいえ鍵があるわけでもないし、そもそも鍵穴がない。どうやって開けるのか、皆目見当がつかない。
「案外、引っ張ったらごそっと抜けたりして……」
 指先を格子にひっかける。すると突然、銀の格子は粉々になって砕け散り、跡形もなくなってしまった。
 あまりのことに目を瞬く
 思わず振り向くと、バクラは机の上に腰掛け、足を組んで満足げな顔をしていた。
「どうした? 悪いがオレ様は助けられねえぜ」
「期待してない」
 実はちょっと期待していたというのは、心の中にしまっておく。
 は歩を進め、透明な扉の前に立つ。
 細い通路。先ほどの部屋から一歩入っただけなのに、肌に感じる空気が明らかに違う。
「……さむ」
 先ほどと同じことが起こらないかと、透明な扉に指先を触れさせた。
 軽く押してみる。びくともしない。
 どうしてこんな不可思議な場所で、しかも微妙に軟禁でもされた状態で、いらぬ苦労をしているのかと、は深いため息をつく。
 扉の前に立ち、
「…………え?」
 正面を見たは驚きに目を瞬く。
 先ほどまでいなかった人物が、扉の向こうにあったからだ。
 向こうにはこちらが見えていないようだ。というよりも、ぴくりとも動かない。
 恐る恐る、きちんとあちらを意識して見ると――恐ろしく自分に似ていた。
 黒髪の少女。異国の服装。薄布に身を包んでいる。
 耳には、ラピスラズリだろうか、綺麗な石がついているピアス。
 歴史の教科書で見た、エジプト辺りの人に見える。肌の色がずいぶんと白っぽいところが、少々引っかかる点だが。
「あなた、だれ?」
 彼女が答えるはずもないのに、訊ねてみる。
 今までちらとも動かなかった向こう側の少女がこちらを見、寂しそうに微笑む。そして、あたかもなにかを切望するかのように、に手を伸ばした。
 引きずられるみたいに、も手を伸ばす。
 互いの指先が、硝子の面に触れた。



 バクラは、が扉の面に指を触れさせたまま動かないでいる様を見て、鼻を鳴らした。
 彼は彼女の『通路』に入れない。不可侵の領域。
 格子をはめ込み、通常、自身からも隔離されている場所。
 彼女がこうして自分の深層心に沈みこまなければ、決して認識しなかっただろう。
 知らぬまま、一生を終えていたかも知れない。
 ――だが。
「それじゃ、オレ様の気が済まねえ」


 全てを思い出せ。そして――オレ様に詫びやがれ。




行き当たりばったり遊☆戯☆王…っていうかむしろ盗☆賊☆王な我が家の夢。
2008・3・23