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 学業への参加を強制中止させられ、バクラに連れてこられたのは、なんのことはない「墓場」だった。
 ……なんのことなくねえよ! 墓場ってなんだよ!
 和式ではなく西洋式の墓碑であるのが、ちょっとした救いかも知れない。
 ご近所にこんな立派な墓地があるとは気づかなんだ。
「怖がりの女の子なら、青ざめそうなシチュエーションだわね」
 日本式のいかにもな感じとは違うにしろ、流れる静謐な空気は国籍を問わずだ。
 こんな場所でなにをしようというのか。
 バクラの背中を追って歩き、彼が止まったところで止まる。
 ――カルガモの子供か、私は。
 墓地の中でも開けた場所。傍らに大樹があるそこで、彼らは無言のまま対峙する。
 なにに対してか空気の塊を吐き出し、はバクラに声をかけた。
「それで、なんだっていうの。墓地に連れてきてさ」
「……静かな場所で話がしたかったんだよ」
 だからって墓地はどうなのだ。
 もちろん、場所が場所だけに静かには違いないのだが、選別にはもう少し気を使って頂きたい。
 は仮にも女子高生。色気より食い気な性格であっても、さすがにこれは気になる。
 バクラの脳内レパートリーが非常に気になるところだ。
「せめて、図書館とか美術館とかさ……まあいいや。話を先に進めようよ」
「そうだな」
 彼の瞳が細められる。
「オレ様について思い出せるのは、まだ名前だけか」
「四六時中あなたのことを考えてる訳ではないし。それに……名前だって偶然かも知れないし」
 そんな偶然があるはずがないと、自身が思っていながらも口に出す。
 バクラは少なからず気分を害しているが、とりあえず会話を続ける気はあるようだ。
「馬鹿言うんじゃねぇよ。――あんまり手荒な真似はしたくねえんだ。さっさと思い出しちまいな」
 彼の胸元に光る異国の装飾品が、かちりと音をたてた。
 そうしようと思えば、バクラは千年リングの力――マインドスキャンで、の心に自分を押し入らせ、記憶を探ることができる。
 記憶が閉じられている場所を捜し出し開放すれば、彼女が『失って』いるものを、彼女自身に無理やりに自覚させることさえ可能だろう。
 ただそれは、精神に負担を強いることだ。
 が只人であれば、バクラは容易にその方法を取ったに違いない。
 けれども彼にとって、彼女は『只人』ではなかった。
 そんな彼の心境に気づくはずもなく、はなにかを思い出せないかと思考を巡らせる。
 ここ数日間、考えに考えて――結局なにひとつ浮かんだものなどない。
 手持ちは、バクラの名前だけ。
 それが全てであり、それ以上を求められても、きっと答えなんてないと思う。
 そうであって欲しい。身体と心の片隅で存在を訴えるなにかは無視すべきだ。
 会ったばかりのバクラに触れたいという願望は、絶対に自分のものじゃない。
「……思い出したくない」
 既にバクラと出会って、今までの自分とは違ってしまっている。
 変質して、戻らない。
 彼の言うままになっていたら、致命的なことが起こりそうだ。既に手遅れかも知れないが。
「許さねえ。オレ様が欲してる答えは、テメェしか持ってねえんだ」
 はバクラを睨みつける。
 だが、彼が自分を見る目に思わず怯んだ。
 ――怒りに満ちた視線。
『オレ様のものになりたいと言え』
 数日前にそう言った男と同一とは思えぬほど、厳しいそれ。
 恐ろしくはない。ただ、そうさせているのが自分だという自覚があって、胸がちりちりする。
「っ……だ、ったら、助けてよ。力を貸してよ。私にはどうにもならない」
「……そうかよ。自分で思い出してくれりゃ、痛い目をみないで済んだんだがな」
 ゆるりと近づいてくるバクラ。
 彼の身に着けている装飾品が明滅していた。
 少しばかり逃げ腰になる。彼はのど奥で嗤う。
「そう怖がんなよ……物理的に怪我を負わせるってわけじゃねえ」
 ぐい、とバクラに手を引かれ、唇を塞がれた。
 の唇を、バクラの舌が滑る。ぬるりとした感触。
 背筋に走ったのは嫌悪ではななく、喜びだった。
 キスされたことに対してではない。
 自分の中にある、失われたなにかが手元に戻ってくるという喜び。
 知らず、は涙を零す。
 自分を破壊するバクラに身を委ねた、自分の愚かさに泣いているのかも知れなかった。




バクラはオレサマで、強引すぎていっそ笑えるぐらいだと思っているんですが、
私の技量ではこの程度しか…。甘味含めで頑張ります。

2008・2・23