「あなたの前世はお姫様ですね」 薄い紫色のヴェールを頭から被った占い師にそう告げられ、周囲の友人たちは色めき立つ。 言われた当人――憮然としている――は漆黒の瞳をきつく細め、やがて諦めたようにため息をついた。 邂逅 「いいなーはー。ねえ、今度から自己紹介のときに、『。前世は麗しのお姫さまです』とか言ってみてもいいんじゃない?」 「なに、その頭膿んでる紹介は……」 本気で言っているらしい、真剣な瞳の友人。 真顔で冗談を言うのは彼女の悪い癖だと、は常々思っている。 「いいじゃない。わたしも『美々。前世はパン屋』とか言うわ」 本当は「前世は霊媒師とかがよかった」とブツブツ言う美々。 少し怖い。 と美々は、今年、同じ高校に入ったばかりの学友だ。 知り合ったばかりではない。幼稚園の頃からの『腐れ縁』というやつ。 勝手知ったる仲ゆえに、歯に衣を着せることなど全くない。 「オカルト好きも困ったもんだね」 今しがた出てきたばかりの場所。 扁額を見やれば、『前世占い。あなたの因果を暴きます。呪いから恋愛相談までお気軽に』と書かれている。 暴いていいことがあるのだろうか? というか、呪いを謳い文句にしちゃいかんだろう。 疑問とは裏腹に、カップルらしき人たちが入り口に吸い込まれていっている。 理解不能だ。 呆れ顔のを余所に、美々はカップルたちを睨みつけている。 「わたし、絶対今年こそ彼氏を作るわ。……カッコイイ人いないかな。オカルト好きの」 「なんでそこで余計なモノがつくかなあ。オカルト好きじゃなくてもいいじゃん」 「あっ、あの人カッコイイ!」 聞けよ人の話! ぐいぐい制服のすそを引っ張られ、仕方なく美々が示す人を見る。 「……正直、あれはオカルト好きではなくて不良とか、そっちの方向だと思うんだけど」 「でも、凄く素敵!」 確かに、そこは認める。 少しばかり現実離れしているほど美麗な、銀の髪。 白い肌と相成って、ぱっと見であれば美人顔の男性。 だが、鋭い瞳は誰も彼もが敵であるかのようで、柔らかさなど微塵もない。 首からさげたアクセサリーは、異国のものだろうか。 彼は小さな通りをひとつ挟んだ反対側にいる。 壁に背を預け、不機嫌な眼差しをあちこちへと向けていた。 「彼女に待たされて、機嫌悪いとかじゃないの?」 「あーんもう、! 夢を打ち砕くのは止めてよ」 「じゃあ、夢にしないために声でもかけてきたらどう」 私は帰らせてもらうから――と言いきる前に、美々の可愛らしい悲鳴が聞こえた。 何事だと彼女を見ると、目がきらきら輝いていて。 ふと、先ほどの男のほうに視線を向ければ。 「な、んか……こっち来てる?」 「きゃあっ、きゃあっ、こっち来た!」 固まる。 ――なんだろう、凄く逃げなくてはいけない気になってる。 本能に従ったほうがいいだろう。 走り出そうとしたのに、その前に思い切り肩を引かれた。 「おい貴様」 「……っ!!」 触れられた部分が、一気に加熱した。 正体不明の感覚。 払いのけるように振り向き、彼の目を正面から見つめる。 途端に怒りがこみ上げ、次いで悲しくなり、最後に――仄かな喜び。 彼の指が、の頬に触れる。 ひくん、と身体が震えた。 「オレ様から逃げるなんざ、許さねぇ」 「あ……んた、は」 「知ってんだろ。――それとも、忘れたフリか?」 のどの奥で笑った男。彼で、視界がいっぱいになる。 口唇に当たった柔らかい感触。 なんだかわけが分からないでいると、首に走る刺激。 無意識に、は彼の頬をひっぱたいていた。 「ってえ! テメェっ」 「か……帰るっ!」 背後から、あっという美々の声がしたけれど、にはそれに構う余裕など皆無だった。 胸を占めているのは、あの男と己への恐怖。 感情をかき消すほどの恐れが、どこから来るのかは知らない。 キスされたからじゃない。それ以外のところから恐怖は来ている。 今はただ、家に帰るため、必死に足を動かしていた。 初更新日不明。 ※2008・12・28 友人の名前固定 |