愛情果実






 バーツの畑作業に、旅人のがお手伝いとして働くようになった。
 ほぼ毎日作業しては、一緒にお昼を食べたりしている。
 周りが微笑ましく思うぐらい、彼らは仲が良い。


 ……だが昨日一昨日と、の姿がバーツの畑から消えていた。


 別段、城の周りに問題があって、戦闘に借り出されているというわけでもないのに。
 毎日ほぼ同じ時間にやってきていた彼女が、突然来なくなってしまったので、心配で畑仕事に集中できない。
 バーツにしては、とても珍しい事態だった。


「……今日もこねぇな…」
 一人、クワを担ぎながら、作業を続ける。
 今まではずっとこうして、一人で作業してきたというのに、なんだか酷く寂しく思えてしまう。
 最近はとずっと一緒だったからだろうか。
「あれ、バーツ、今日も一人か?」
 通りすがりの男…いや、兵士に言われ、「ああ」と返事を返す。
 最近男がここに来る事が多くなったような。
 ……効果か?なんて思ってしまったり。
「ふぅーん……フラレたのか?」
「あのなぁ…」
 フラれるもなにも、告白どころか、そういう対象であるかどうかすら微妙だというのに。
 確かに一緒にいて楽しいが、恋愛対象というものかと聞かれると…。

 ……いや、でも。
 他の男と一緒にいたりしたら?

 考えると、それだけで腹が立つ。
 バーツは額に手を当てて苦笑いした。
(……思ってたより重症だ)
 それはともかく、がどうしてるのかは気になる。
 昼食まではまだ少し間があったが、早めに切り上げ、とりあえず、彼女の根城である城の一室を訪ねることにした。

 彼女の部屋は、二階部分にある。トーマスの部屋に程近い場所。
 城に入ると直ぐ、セシルが水桶を持って二階へ走っていこうとしていた。
 慌てるあまり、水桶からぴちゃぴちゃと水がこぼれている。
 当人は余り気にしていないようだが。
「セシル?」
「あっ、バーツさん、こんにちは!」
 しっかり挨拶は交わす辺りセシルだが、礼をしようとした瞬間、水がこぼれそうになってしまう。
 これには流石にあわあわしていたが。
「セシル、知らないか?」
「え、さんでしたらお部屋で寝込んでらっしゃいます」
「何だって!?それを先に言え!!」

 セシルが止めるまもなく、バーツはずかずかと階段を上り、足早に部屋の前へと進んでいく。
 ドアのノックもそこそこに、部屋の中へと入る。
 中には、トーマスにセバスチャン、そしてベッドで苦しそうにしているがいた。

!」
 余りの慌てっぷりに、トーマスが「落ち着いてください」と言う始末。
 病人の部屋で騒いではいけないという、セバスチャンのどもり気味の発言も聞き入れ、ともかく落ち着くことにした。
 セシルも入ってきて、のに水桶を置くと、今度は氷を取りに出て行く。
「バーツ…ごめん、ね、連絡、出来なくて」
 ケホケホとむせながら、小さな声で謝罪する。
 そんなのはどうでもいい、と首を横に振る。
「一体どうしたんだよ…水でもかぶったのか?」
「ううん、旅の疲れだろうって……」


 は、ビュッデヒュッケへ来て以来、トーマス達と一緒に出展してくれる人を探しにいったり、自分の探し物をしていたりしていた。
 その上最近はバーツの畑仕事までしていたため、少々無理がたたって倒れてしまったのである。
 トーマスも、申し訳なさそうな顔だ。


「……俺も、無理させすぎたんだな…」
「そんな事言わないで、バーツと一緒にいるの、楽しいんだから」
 の傍によると、暖かくなってしまっているタオルを水に浸して絞り、再度、彼女の額に乗せてやる。
 ひんやりとした感覚が頭を冷やし、少し楽にしてくれた。
 バーツの手も、彼女を安心させる要素らしい。
「……バーツ、ごめんね、もう、大丈夫だから」
「……」
「お仕事、戻って。私のせいで、作業駄目にしちゃうの、いやだから…」
 気を使ってくれてるのはとても嬉しい。
 いつもなら、野菜の方に気が向くはずなのに、今日に限っては、彼女が気になって仕方ない。
 …今日に限って、というのは間違いなのだが。

「…ちょっと、待ってろな」
 傍観していたトーマスに「少し出てくる」と言うと、すばらしいスピードで外へと出、畑へ直行する。
 次に戻ってきたとき、バーツは両手にブドウを採って来ていた。
、これ食って、元気出せ!」
「これ…バーツの?」
 バーツが作ったブドウかと聞くと、彼は首を横に振った。
「これな、が作った奴だ」
「え!」
 数日の間に、熟したらしい。
 バーツの物に負けじと、美味しそうな物に仕上がっている。
 自分が作ったものが、こうやって出来上がってくると…結構感動するものだ。
 ちょっと小ぶりではあるが、精一杯愛情込めて作ったブドウ。
 バーツに差し出され、は軋む体を持ち上げようとした。
「待った!食わせてやるから、寝てろ」


「あ……えーと、僕…達、おいとましますね!」


 氷を持って入ってきたばかりのセシルと、何がなにやらなセバスチャンを押し出すようにして、気を利かせたのか、トーマスは部屋に二人を残し、退出した。
 もバーツも疑問符を飛ばしつつ、まあいいかという事に落ち着く。
 余り自分達がやってる事に対しての意識は低いらしい。
 どう見ても、恋人同士なのだが。
「ま、いっか…ほら、食え」
「いただき、ます」
 バーツの手で、ブドウを食べさせてもらう。甘い味が、口に広がった。
 自分が作ったブドウの味にしては、かなりいい出来ではないだろうか。
 半分ほど、甘えてべさせてもらう。

 の唇が指先にあたって、バーツは思わず手を引っ込めそうになった。
 大した事ではないはずなのに、顔が赤くなる。

「バーツ…顔赤い…もしかして、風邪移った…!?」
「い、いや、違うから」
「そう…なら、いいんだけど…ご馳走様」
 半房食べた辺りで、ご馳走様をする。
 少し体を起き上がらせ、水を飲んでまた横になる。
「……じゃあ、俺、そろそろ行くな」
「今日はありがと…作業の邪魔しちゃって…」
 いいんだ、とにこやかに微笑むバーツに、彼女も微笑み返した。
 火照った彼女の頬に、変な期待を抱いてしまいそうな自分を叱咤する。
 自分も、年頃の男だと自覚してしまう。
 じゃあ、と部屋を出て行こうとして、呼び止められた。
「…また、一緒に仕事してもいい…?」
「ああ、もちろん。…風邪治ったらな」
「うん」
 ニッコリ微笑まれ、意図せずバーツの胸が高鳴る。
(…まずいだろ、これ…ホントに)



 青年バーツ。
 畑と共に愛を注ぐものが出来たとかなんとか。



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久々登場のバーツ君。彼はいいね!(なに)
なんか、彼だと物凄くプラトニックな感じになるんですけど…これっていい事なのか…;
2002・11・15
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