青年は畑を耕す





 とにかく、畑を愛する青年がいる。
 彼の名は、バーツ。
 口調が軽くルックスもいいために、ナンパな人に見られがちだが、性格はいたって素朴かつ真面目。
 彼の畑で採れた作物は、どれもこれも品質がよかった。
 そんな彼の一日の始まりは、物凄く早い。

 まだ日が昇る前、じんわりと周りが明るくなり、青い色で世界が包まれている時刻。
 彼はひょっこりと起きだし、着替えを済ませ、畑へと出向く。
 ある意味、一番の早起きさんだ。
「さーてー…今日はトマトがいい感じかなっ」
 いつものように、作物のチェックから始める。
 一通りチェックし、ふぅ、と息をついた。
 ……?
 なんだか、違和感。いつもと違う感じ。
 バーツは周囲を見回した。
 戦闘経験がある訳ではないから、そういう類の異常ではないけれど、それでも、自分の身の回りの変化ぐらいなら気づく。
 畑をぐるり、廻って見てみると……畑の横で、ぐったり?と倒れている人物が一人。
 慌てて近寄ってみる。
 まさか、自分の畑の作物を食べて、腹でも壊したか!?
 いや、そんな事はあるはずない。
 愛情込めて、しっかり作ってるんだから。
 とにかくバーツは、倒れこんでいる女性を揺さぶった。
「おいっ、お前、大丈夫か!?」
「………っん……」
 身じろぎして、ゆっくりとその目を開く。紫色の綺麗な目。
 バーツは、畑のナスより、宝石のアメジストに近いな、なんて思っていた。
 彼女は、ふるふると頭を振ると、ぽけらーっとした目で、彼を見る。
「……おはよう、ございます」
「…あ、ああ。おはよ…って、何してるんだ、俺の畑の横で。ってか、お前…」
「?」
「最近この城に来た、、だっけ?」
 はい、と頷く。
「えっと、貴方はバーツさん、だよね」
「ああ。バーツでいいぜ」
 ぼさぼさになった髪の毛を撫で付けたり、汚れてしまった服の土を、払い落とそうとしてみたりしながら、は頷く。
「で、何してた?」
「え、あー、夜中に散歩してて、なんか畑の横で眠っちゃったみたい…」
「…そ、そっか」
 この城には色々な住人がいるが、こういうタイプも珍しい。
 のんびりしてるんだか、何なんだか。
「とにかく、俺、作業始めるけどさぁ…君、風呂入ってちゃんとベッドで寝た方が」
「…うーん、もう少し、ここにいてもいい?」
「え?でも…」
「迷惑なら、どくけど…」
 別に迷惑な訳じゃないため、結局「いいよ」という事になった。
 バーツが畑仕事をしている間、はその作業の様子を見ながら、草むらにコロコロと転がったり、木にもたれかかったりしている。
 作業しながらも、まれに彼女のほうに視線を向けると、ニッコリ微笑まれ、バーツも思わず微笑み返す。
 日も昇ってきて、人が起き出し、店も活動し始めた。
 そろそろ、虫取り作業をするかと、作物の葉を丹念に調べていく。
 通りがかる人々が、バーツに挨拶をしてく辺り、かなり好かれているみたいだ。
「バーツ、まだナスあるか?」
「悪ぃ、昨日セバスチャンに渡したんで、今品切れ中。もう少し大きくなってからじゃないとなー」
「そか」
 残念そうに、男の人が去っていく。
 その後も、人々が彼の作物を求めては、去っていった。
「凄い人気だね」
「ん?そりゃ、俺の畑の物だからな、その辺の食いものとは違うぜ」
 愛情かけてるからさー、と笑顔をこぼす。
 自分がドロだらけになっても、作物のためならいとわない。
 そんな感じがする。
 周りの評判通り、外見と中身がそぐわない人物だ。
 いい意味でだが。
「…さって、と。ほら、これやる」
「?」
 お昼を少し過ぎた頃、バーツがすっと、に作物を差し出した。
 ……トマト。
「美味いから、食ってみなよ。…あ、トマト苦手か?」
「そんな事ないよ」
 ありがとう、とバーツの手からトマトを受け取り、一口かじる。
 甘い。でも、野菜独特の甘味。
 凄くみずみずしくて、何個でもいけてしまいそう。
 どんな高級料理を食べるより、はこのトマトの方がいいと感じる。
 久しぶりに、ホントに美味しい野菜を食べて、彼女は心底うれしくなった。
 思わず、笑顔がこぼれる。
 その笑顔にあわせるように、バーツも微笑んだ。
「なっ、美味いだろ?」
「うん、凄く美味しい。ありがとう!」
 しゃくしゃくと、あっという間に平らげてしまう。
 バーツはもう二つトマトを採ると、にもう一つ渡しながら、自分も彼女の隣に腰掛けた。
 木の下は、光を少し遮断して、丁度いい感じ。
 その横で、自分もトマトをかじる。
「少し休憩。昼飯食ったら、また作業しないとな」
「私も、何か手伝える?」
「ん…お前、大丈夫なのか?畑仕事なんて」
「なんで?」
 普通、彼女ぐらいの年頃は、畑仕事したりとかって嫌がるような気がして。
 旅人だし。農作業なんていうものに、縁があるとは思えない。
 だが、そう告げるとはぷくっと頬を膨らませた。
「大丈夫。頑張る」
「よっし、じゃ、昼飯食べたら、一緒に作業しよう。多分キツイと思うけどな」
「平気平気、伊達に一人旅してた訳じゃないもの」
 覚悟しとけよーと笑うバーツに、彼女はニコニコ微笑む。
 和やかな空気が、その場に流れた。


「さーて、今日はこれぐらいにしとこうな」
「……お、お疲れ様でした……」
 爽快なバーツと打って変わって、の方はボロボロ状態だった。
 服はドロだらけ、髪の毛はボサボサ。
 普通の男の人なら、目を丸くして驚くような姿になっていても、バーツはまったく気にしない所か、好意的にさえ見えているのだから不思議だ。
 自分と一緒に作業してくれるなんていう子が、この城にいてくれるとは思っていなかったし。
「結構疲れたろ?」
「凄く…」
 戦いに使う筋肉と、作業に使う筋肉は違うみたいだ。
 ずっと中腰だったりとかするものだから、よほど腰が強くないと、キツい。
 ある意味、訓練だ。毎日やってるバーツを尊敬してしまう。
「風呂入って、ゆっくりしろよ。じゃないと筋肉攣るからさ」
「うん。…ごめんね、足手まといだったでしょ」
 本当なら、今日だっていつもはまだ畑作業している時間だろうに。
 バーツが自分に気を使って、早めに切り上げてくれたんだと感じていた。
 手伝うと言って、申し訳ないことをしているかもしれない。
 けれど、バーツは首を横に振った。
「いや」
 が一緒にいてくれて、今日は凄く楽しかった。
 いつもは一人で作業してるけど、こういうのも楽しくていい。
 毎日やったっていいくらいに。
 ……なんだか、言葉にするのは躊躇われたけど。
「楽しかった。苦痛じゃなかったら、また手伝ってくれな」
「じゃあ、また明日行ってもいい?あ、バーツほど早く起きれないけど」
「…ほ、ほんとか?無理すんなよ??」
「バーツもね」



 しばらく後、バーツ用作業道具入れの中に、用の道具がいくつか増えたという。




-----------------------------------------------------------
バーツ、ラヴ。あの無駄に美形なのがいいね!そしてその素朴な性格。
とってもお気に入りです。彼をパーティのサポートに入れると、
「畑が〜」みたいなんだし、外すとやはり「俺の畑!!」みたいなんで
走っていく感じですし。あぁ、いいキャラだ…。まだ増えると思います、多分。
2002・7・22
back