探し人




 少女は、すこぶる困っていた。
 お腹がくぅぅぅと鳴り、思わず手で腹を抑える。
(な、情けなぁ……)
 はぁっとため息をつき、荷物をしょってまた歩き出す。
 これでは、父親に「計画性がないね」などと言えた身分ではないなと、遠い日の事を思いながら、当面の目的地である城を目指す。
 ビュッデヒュッケ城。
 そこに、目的の人物がいるはず。



 商売の自由都市と銘打つ割には、賑わいは少ないように思える。
 まだ若い地だけに、仕方がないのかもしれないけれど。
 ……それにしても。
「お腹…すいたぁ…」
 くぅぅ、とまたお腹が鳴る。もう少しの我慢だ、と、とにかく歩き続けた。
 途中イクセの村によるルートも取れたのだが、路銀が心細い状態では、どうしようもない。
 やっとの事で街の入り口までついたものの…、腹減りで倒れそうだ。

「あの、大丈夫ですか?」
「え?」
 突然、入り口付近にいた女の子――…兵?に、声を掛けられ、振り向く。
「なんか、とってもフラフラしてるので…」
「あはは、お腹すいちゃって…」
「えっ?………そうだ!こっち来て下さい! さっきセバスチャンさんが夕食の支度をしていたので…」
(セバスチャンさん??)
 くいくいと腕を引っ張られ、入っていったのは城の中。
 勝手に入ってしまっていいのだろうか。
「あっ、トーマス様!この方お腹すいているらしいので、ご飯を…」
「……あの、えっと、セシル…それはいいんだけど、こちらの方は…一体」
 トーマスと呼ばれた人物が、セシルの連れている少女を見る。
 とりあえず、こちらの少女がセシル、正面の少年がトーマスというらしい事は判った。
 お邪魔した側が自己紹介するのは、礼儀だろう。
 鳴りそうなお腹を必死で止め、一礼する。
「私は、・ラトキエです」



 食事の間に、この城の今までの経緯などを聞いた。
 ゼクセンと張り合って、今の自由な商売を出来る権利を得た事や、トーマスが城主に任命された時の事など。
 はセバスチャンの料理でお腹一杯に満たし、丁寧にお礼を言った。
「ところで、さんは何か目的があって、ここに来たんですか?」
 トーマスの問いに、YESの意味で頷く。
「ここに、ジーンさんって方、いらっしゃいませんか?」
「紋章師のですか?いますけど…二、三日、留守にするとかで…」


 ガガーン……。


 間が悪かったらしい。
 彼女は目に見えて落胆した。

「…じゃあ、しばらく城にいたらどうです?」
 困っていると見て、トーマスがそう申し出る。
「いいんですか!?」
 思わぬ申し出に、目をきらきらさせる。
 旅をする程の路銀もなかったし、ジーンを待つ身としては、凄くありがたい。
 宜しくお願いします、と挨拶すると、トーマスはセシルに空き部屋への案内をお願いする。
 いい人たちだなと、は心からそう思った。



 夜。



 なんとなく喉が渇いて、は起き上がった。
 隣の部屋で、なんだかごそごそと物音がする。
 …確か、隣は空き部屋だったはずなのだが。
(…まさか、ドロボウ?)
 とにかく、物音が気になってしまって眠れない状態になりそうだったので、仕方なく起き上がり、隣の部屋をそぉっと覗いてみる。
「あ、トーマスさま」
さん、スミマセン、起こしてしまいましたか?」
 目が覚めたときだったから、気にしないでと微笑む。
 何をしているのかと問えば、必要な書類を見つけに来たとの事。
 …城主の割に、大変だ。
 もうすでに見つかっていたらしく、慌てて部屋の外に出て行こうとするトーマスを、引き止める。
 目が冴えてしまったので、時間があれば話に付き合って欲しいと言うと、彼は「喜んで」と、頷いた。


 トーマスは日記を書きながら、と話をする。
 どうも、苦労が多いみたいだ。
さ…」
でいいですよ、トーマスさま」
 じゃあ、僕もトーマスでいいですと言ってくれたが、城主様に向かってそれは。
 だが、トーマスの真剣な表情に、彼女は頷くしかなく。
 元々敬語などは苦手というか、使いたくないタイプの人種だったので、楽といえば楽だ。
は、ジーンさんに何の用事で旅をしてきたの?」
「実は、違うんだよね…」

 この城にいるというジーンに会いに来たのには、勿論きちんと理由がある。
 だが、旅をしてきた理由は別だった。

「よければ、話してもらえませんか」
「…一つだけ。何で聞きたいの?」
「そうだなぁ…僕は無名諸国からここに来たけど、自発的に来た訳じゃなかった。
だから、みたいに、自発的に旅をする理由のある人から、経緯って言うか話を聞いてみたかったんだ。僕と、どれぐらい違うのかって」
「そんな崇高な理由じゃないけど、ま、いいよ」
 別に隠すような理由もなかったので、話は簡単だった。
 …余り、かっこいい理由ではなかったんだけど。

「…はっきりいって、私のは最初旅っていうか…家出だったんだよね」
「い、家出……」
「そ、家出。父親がニガテで」
(僕は父親が傍にいなかったから、そう感じなかったのかな)
 トーマスがそんなことを思うが、普通はそんなことではないと思う。
 ニガテで止まっているだけ、まだましだ。
 キライまでいくと、色々家庭内で問題がおきそうだし。
「なんでニガテだったの?」

「よく聞いてくれました!!」

「わ」

 わしっとトーマスの腕を掴み、真剣な表情でが語り始める。
 ちょっと勢いがあまっている気がするが、それは気にしないでおこう。
「ウチの父親、女ったらしなの!!!」
「……」
 のファミリーネームである、ラトキエ家というのは、ハルモニアの名家だったらしい。
 今は色々あって無くなっているが、彼女が生まれる前の事らしいので、詳しくは当人も知らないとの事。
 どうやら親戚筋の近くに家を構えていて、そこで育ってきたらしいが、家庭は一応円満だったらしい。
「父さんってば、母さんがいるのに、他の女の人おっかけてたりするんだよ!?」
「…いや、うん、それはいけないよね」
「でしょ!?その上勝手に出かけたきり長々と戻ってこなかったり、仕事何してるんだか判らないようなのしてるし!」
 ………どういう父親なんだろう。
 トーマスの素直な感想だった。
 まず、生計をどうやって立てているんだろうか…。
「うーん、でも、父親が出てってたなら家にいても…」
「…だって、色々見て回りたかったんだもん。それに、ジーンさんに、どうしても聞きたいこともあったし」
 どうやら、当初は相当な箱入り娘だったようだ。
 よくよく話を聞くと、が旅に出たがっていたのを無理やり父親が止めていたので、それを振り切るような形で家出したらしい。
 まあ、家庭内事情は色々あるようだが。
 ラトキエという名を使っているのは、だけのようだ。
 両親は遠縁の親戚の名を、普段は借りているらしいので。
「ずっと家に戻ってないんだ」
「うん、全然」
「お母さんは、悲しんでるんじゃないかな」
「前ちょっと手紙出したら、今グラスランド辺りにいるって言ってたから…どうなんだろ」

 ………全くもって、不可解な家だ。

 自分の母親とは、全然違うタイプなんだなぁと、トーマスは一人頷く。


 その後も、彼女は父親について悪態をついていた。
 律儀に聞いているトーマス、君はえらい。


「ごめんね、色々文句ばっかで」
 トーマスに謝る。
 夜中も当に過ぎてしまっていたので、流石にお開きにする事になった。
「いや、うん、色々参考になったよ」
 何の参考だ。
 真似てはいけない大人の参考か。
「じゃあ、お休みなさい、明日から手伝いするからね」
「ありがとう、お休みなさい」
 ぱたん、と扉を閉める。
 後に残るは、トーマスのため息だけだった。




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スミマセン、会心の駄作入ってます…(汗)
出だしはこんな風になる予定ではなかったのになぁ…;;
トーマスが苦労してます、少しは色恋入れたかったけども…無理でした。
ごめんトーマス、いつか挽回させるよ…。
2002・12・2
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