思わずにいられない。考えずにいられない。
 そんな時間は、とっくに通り過ぎたと思っていたのに。
 今でもこんなに重い。
 ――私が死んでしまうんじゃないかと思うぐらいに。


白水蒼玄 1



 デュナン統一戦争が終わって、何ヶ月かが経った。
 戦争に参加していたは戦いの後、と一緒にグレッグミンスターの自宅へ身を寄せていた。
 育ってきた場所は心地がよく、ずるずると居ついてしまいそうになるが、それはできない。
 近いうちにまた出て行かなくてはいけないのは分かりきっているが、それでも今こうしていられる時間を、も落ち着いた心地で過ごしていた。

「坊ちゃん、ちゃん、食事の準備ができましたよ」
 グレミオがエプロンをつけた姿での部屋を覗くと、そこには一緒にいたはずのの姿はなく、が1人で外を眺めていた。
「あれ? 坊ちゃん、ちゃんは」
 は頷き、暫くしてから口を開いた。
「……行ってるよ、『彼』のところに」
 彼、と言うの表情は陰っている。
 その態度だけでグレミオには、がどこに行っているか分かった。
 分かりました、と告げ、
「坊ちゃんは食べますよね。食べましょう」
 グレミオは少々強引にを食事に誘った。


 は静かに、何をするでもなく、その石の前に佇んでいた。
 横から撫で付ける風は普段なら心地いいものなのに、今は酷く寒々しい。
 周囲に人の気配は全くない。
 持ってきた花を添え、無言で佇んでいる石――墓標を見つめる。

『我が家族にして最大の友、テッド、ここに眠る』

 墓標に刻まれたその言葉を見るたび、は何ともいえない感覚になる。
 彼がここに眠っていないのは、を始めとする何人かが知っている。
 けれどこうして墓標がここにあるのは、形の問題だった。
 トラン解放戦争の最中でこの世と離別したテッドは、
 亡骸というものを残さず逝ってしまった。
 が泣き叫んで縋り付いたその体は、まるで霞か何かみたいに消えてしまって。
 残ったものは何もない。
 ただ彼の存在があったという、記憶のみが残った。
 記憶を残しておくために、墓標という形が必要だったのだ。

 はグレッグミンスターに戻ってきてから今まで、テッドの墓に来た事がなかった。
 怖かった。
 墓標という『形』が怖かった。
 彼がもうこの世にいないのだと、改めて突きつけられるみたいで。

「……テッド」
 名を呼んでも、もはや永遠に返事は返ってこない。
 濃い亜麻色の髪、茶の瞳。
 今だってすぐに思い出せる容姿と声。
 好きだと告げた。
 好きだと告げられた。
 それなのに――今はもう一片の温もりも感じられない。
 涙が零れる事はなかった。
 抗い難い喪失感だけがそこにある。
「ねえテッド……。私ね、今『紫魂の紋章』っていうのを付けてるんだよ。ソウルイーターの保持者と一心同体みたいなもので……」
 ざわ、と緑が鳴る。
 右手に走った違和感に言葉を止めた。
 そこに付与されている紫魂の紋章が、淡い燐光を発している。
「な、なに、こ」
 これ、と言う前に、紋章から光が迸る。
 悲鳴を上げる間もなくそれに飲み込まれた。


 光がやんだ後、墓標の前には誰もおらず、ただ静かに風が凪いでいるだけだった。



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ひッさびさのテッド。ていうか幻水が久々だ…。
一応続き物チックなので、しっかりやりたいと思います…5も出るし。
2005・10・4
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