個人的に交戦中 神官将ササライは、ビュッデヒュッケ城、湖畔近くにあるカフェテラスで、真剣な表情で本を読んでいる炎の英雄――正確にはその継承者――のヒューゴを目にとめた。 いつもは走り回っている彼が、大人しく読書しているという事が、少々奇妙に思えたからかもしれない。 「やあ、ヒューゴ。隣いいかな?」 「あ、ササライさん。どうぞ」 許可をもらう前から、既にイスに手をかけていた事実はともかくとして、ササライは「ありがとう」と軽く言うと腰を下ろし、オーダーを取るために近寄ってきたウェイトレスに、ハーブティーを頼み、改めてヒューゴを見た。 彼は時折アップルティーを口に運びつつ、わき目も振らずに本を読みふけっている。 そっと、カバーに記されたタイトルを見ると―― 「…トラン解放戦記?」 その声に反応するかのように、ヒューゴが顔を上げた。 表情には、少しテレが入っているように見受けられる。 「これ、ジーンさんに貸してもらったんですよ。ササライさんは、読んだ事ありますか?」 明るい眼差しを向けてくるヒューゴ。 ササライは首を横に振った。 「これは読んでいないけど、別のなら。アップルさんが書いた方をね」 「へえ!」 ヒューゴの読んでいる本は、アップルの軍事的、歴史的にも重要視されている本とは違いそれを元に、作家が独自の視点から書いたもの――いわゆる、一般向けの、娯楽的な本であるらしい。 本を開いたまま、ヒューゴはササライと話を始めた。 「今、真の紋章を操る少年が、ネクロードって吸血鬼を倒しに行くトコなんですよ」 「ちょっと見せてくれるかい?」 「はい」 しおりを挟み、本をササライに手渡す。 字面を追っていくと――冒険小説のように直された表現で、確かに過去にあっただろう話が、つらつらと書かれていた。 ヒューゴは冷えてしまったお茶を飲み干し、太陽の光を砕けさせている湖面を見ていた。 「…俺には、その本の英雄みたいに振舞えそうにないです」 「そう?」 ササライが本を返しながら、首を傾げる。 彼は 「はい」 と言いながら、それを受け取り、閉じて脇によけた。 「凄い人ですよね、実在してるんだから――考えちゃうな…」 何も言わず、ササライはお茶を口にした。 彼自身は解放軍リーダーの事は余り知らないが――彼女なら、よく知っているだろう。 「なーにしてんの?」 「あっ、」 間がいいのか悪いのか、トランの英雄を知る人物――が、いつもと違わぬ明るい振る舞いで、間に入ってきた。 ちなみに、ヒューゴは彼女を名前で呼び、敬語を使わない。 最初の頃に、厳重に注意されて以来、それを違えた事はなかった。 はササライとヒューゴの間に立ったまま、二人の顔を交互に見――脇に置いてある本を見て、顔を引きつらせた。 「……その本」 「ジーンさんから借りたんだって」 ササライの言葉に、成る程、と頷くと、彼女はイスに腰を下ろした。 本を貸してもらい、パラ見する。 物語の最後は、こう締められていた。 彼は、トラン共和国大統領という地位を蹴り、何処かへと旅立った。 心許せる付き人と、幼き頃よりの友である少女と共に。 「…まったく、よく調べたもんだわ」 ふぅ、とため息をつき、本を返す。 ヒューゴは悪びれもせず、キラキラした目でまっすぐにを見た。 「がこの本に出てくる 『英雄の友である少女』 なんだろ?」 「ん、まあ…ね」 彼女は苦笑いしながら、ヒューゴを見た。 ササライはその様子を見ながら、この若い英雄は、何かを聞きたがっていると感じた。 無論、言ってしまえば自分にも聞きたい事はあったのだが。 「英雄って、どんな人だった?」 英雄、という言葉に眉根を寄せるが、彼女はそれをいちいち注意するのも何だと、首を振って、にこり、微笑む。 「多分、イメージ総崩れすると思うけど…?」 その言葉に、ぽかんとするヒューゴ。 「それでも聞く?」 問えば、帰って来たのは「勿論」 の言葉だったりするのだから、怖いもの知らずだ。 「頑固で、黒くて(?)バクチなんかもしたりして。良家の坊ちゃんだから、世渡り下手っぴぃっぽいんだけどそうでもなくて、どっかんとぶつかって、上手く切り抜けられちゃうような、変な社交性があったり。あー、独占欲、強めだったかなぁ」 当人が聞いていたら、『裁き』でも食らいそうな事をポンポン言う。 ヒューゴは何だか、口を開けて微妙に間の抜けた顔になっていた。 「現実、そーゆーもんよ、少年」 くすくす笑うも、姿は充分に少女なのだが。 「…でも」 小さく、ヒューゴが口を開く。 幾分か声が震えている気がしたが。 「…英雄も、人間だし」 「それが分かってるれば、充分」 にこり。 が、笑った。 「は、本の最後で彼と…英雄と旅立った事になってるけど」 「そうよ?」 ササライの部屋で、お茶菓子をつまみながら、彼女が頷いた。 ヒューゴと別れてから、ササライが美味しいお茶菓子をエサに部屋へ誘ったのだ。 それに釣られる、彼女も彼女だが。 ともかく。 「今は一緒じゃないんだね」 「…ん、デュナン統一戦争の前とか――ごくごく最近まで、一緒だったんだよ?」 「付き合ってた?」 話が飛びすぎだと文句を言いながら、アーモンド入りのチョコを一つ、口に放ると、机に肘をついてササライをじっと見た。 「な、なんだい?」 「…ササライって、ハルモニアの神官の癖にそんな事気にするの。随分俗っぽいんだねー」 「気になるものは、なるからね」 にっこり、爽やかに言われてしまうと、二の句が告げなくなる。 ……こういう笑顔をする人は、そういない。 例の”英雄”も、その一人だったが。 「付き合ってた、っていうのかな…あーいうのって」 一緒にいるのが当然で。 空気と同じように、生きるために必要不可欠で、水と同じように、潤いを与えてくれていた人。 付き合おうとも、結婚しようとも言わなかった彼。 でも、ソウルイーターの裏の紋章――紫魂の紋章――を持つは、常に彼と繋がっている。 彼がこの世から去る――または、紋章を誰かに移せば、の力も消えてなくなるし、存在も――ゆっくりと消えていく。 いつだって、二人は強固な糸で繋がっているのだ。 …離れようと言い出したのは、彼。 悲しかったけれど、それが終わりを示すことではなかったから、頷いた。 「…よくわかんないけど、でも、いつも一緒だって、そう思えるし」 「彼がいなくなれば、自分の存在も危ういような紋章と知ってて、それでも宿すなんて」 ササライは理解しがたいと言うように、首を横に振った。 「だって、力になりたかった。黙ってつけちゃったから、怒られたけど」 「……そんなに、愛した人なんだね」 「うん。大事な――人」 否定もせず、微笑む彼女に――ササライの胸が、少し、痛んだ。 こんなに彼女が求める男性を差し置いて、自分がその上に立つなんて、出来るのだろうか? 諦めるつもりは毛頭ないが。 ササライはにわざわざチョコを――自分の手で食べさせてやる。 「ササライ?」 「僕は、諦めないよ?」 「??」 神官将ササライ。 人知れず、トランの英雄と敵対中――だったり。 ---------------------------------------------------------------- いろんなところで被ってるような被ってないような。口調が微妙でスミマセン。 タイトルわけわからない上に、前半ヒューゴ出張ってて…ああもう…(泣) 2003・2・8 back |