その下には裏がある



 ハルモニア神官称、ササライ。
 彼の最大にして必殺の武器は、真の土の紋章ではなく―――。

 ナッシュはを探していた。
 いそうな所をあちこち探して回っているのに、姿がない。
「まったく…折角頼まれた物を手に入れたってのに…」
 肝心の本人が見つからないのでは、話にならない。
 彼が持っている小さな袋の中身は、前々から彼女に頼まれていた物だった。
 あっちこっちの交易所を探したり、道行くキャラバンに頼み込んだりと、いろいろな苦労を重ね、やっとこ手に入れた苦労の結晶。
 それもこれも、皆、のためなれば。
 30過ぎた男。
 この後の人生、彼女と共に在りたい。
 たとえ己が確実に、先に朽ち果てようとも!!
 一人空を……いや、天井を睨み付け、ガッツポーズ。
 が、そのコブシはとある人物の出現で、シナシナとしおれてしまった。
 上司、ササライ……。
「ナッシュ、その袋は一体?」
「あ、いえ、大した物では――」
 そう言いながらも、ササライの目から逃がすように、袋を後ろへと隠す。
 ――この態度は、非常にまずい。
 そう認識した所で、時すでに遅し。
 ササライは手の平を上に向け、笑顔で<出せ>と脅しをかけている。
 この笑顔の下に渦巻くものを知っているナッシュは、素直に袋を差し出す事しか出来なかった。
 中身を確認し――不思議そうな顔をする。
「これは?」
 この期に及んで嘘をついたとしても、自分に余計な被害が降りかかるだけだ。
 素直に、質問に応じる事にする。
「…から、頼まれていた物です。トラン地方にしかない実のなる種だとかで」
「ふぅん…がね…」
 頷きながら、袋をとじる。
 ……自分の手にしっかり持っているあたり――返してくれそうもない。
「僕が代わりに渡しておくよ。ご苦労様」
「……はは」
 今までの苦労は――。
 ナッシュは、上を向いて涙をじっとこらえた。
 明日はきっと、いいことあるさ!!


 さて、その肝心のはどこに消えたのだろうか。
 彼女の姿を求めて、ササライはウロウロと歩き回る。
 途中、バーツの畑に寄って、先ほどのトラン種を少し植えさせてもらった。
 更に歩き回っていると――。
「おや、そこにいるのはボルス殿…ですね?」
「あ、これは……」
 ボルスは少々警戒しながらも、お辞儀をした。
 騎士たる者、礼を欠いてはいけないのである。
 今まで敵だったのだから、動きがぎこちないのは分かるのだが――それにしては。
「ボルス殿、を見かけませんでしたか?」
 、という単語に小さく反応する。
 ……やはり。
「い、いや、決して殿に花束をプレゼントしようなどとは――」
「…ほぉう」
 ボルス、自ら深くて暗い穴を掘る。
 聞かれる前に、犯行を自供する犯人と一緒だ。
 言わなければすむ事なのに――ある種のササライの笑顔を見ると、どうも…喉元に件を突きつけられているような気になってしまい…。
 ボルスの発言に、ササライが微笑む。
「そうですか、きっと彼女も喜びますよ」
 ……おや?
 絶対に文句か何か言われると思っていただけに…これは予想外の反応だ。
 ホッとしたのも束の間、ササライの目がキラリと光る。
「これは、クリス殿にも報告しないといけませんね」
「な、なぜっ!?」
「なぜって…何か不都合でもおありですか?」
「い、いや、その……」
 クリスにそんな事が知れたら……。
 ボルスは、クリスに想いを寄せているだけに、そういうのは避けたい事柄ではあった。
 かといって、彼女への気持ちが半端な訳ではないのだが。
「で、はどこに?」
 知ってるんでしょう?
 と、殺人的なまでの笑みで聞かれると――。

 既に戦力ゼロのボルスは、直ぐにネを上げた。



「ここにいたんですね、
「あ、ササライ。どしたの?」
 突然の乱入者に、少なくとも部屋の主であるクリスは気分を害したようだ。
 だが、それには気づかず、は飲みかけの紅茶をテーブルに置くと、ササライに近寄る。
 クリスの視線は邪魔者め!とササライに訴えかけているが、神官将ササライ、そんな視線に負けはしない。
「これを届けにね」
「あ!!これっ!!」
 袋の中身を確認して、満面の笑みをこぼす。
 手の平にある小さな種がよほど感動的なのか、目を輝かせている。
 面白くなさ気なクリスもに近寄り、彼女が興味を示しているものを見た。
「これは?」
「トランにある実の種なんだけど…久々に食べたくなっちゃって。で、ナッシュに頼んでたんだけど……これ、ササライが?」
「勿論、のために」
 嗚呼、哀れなりナッシュ…。
「と、言いたい所だけど…ナッシュの功績だよ。僕は届けただけだ」
 さすがに虚偽報告は後々問題があると思ったのか、素直に告げる。
 だが、彼女はササライに凄く感謝しているようだった。
 …やはり哀れなりナッシュ。
「少し、バーツの畑に植えてきたんだけど…それで大丈夫なのかな」
「いつ植えた?」
「そうだね…小一時間前…いや、二時間かな?」
 そっか〜と頷くに、クリスが話し掛ける。
 何気なく、ササライとクリスの好戦的な視線が交わるが、自身は手の平の種に視線が行っていて、まったく気づかない。
 人間、興味のあるものが目の前にあると、他の事はどうでもよくなる――のかも。
、これはいつ実が成る?」
「クリス食べたいの?そうだね、明日には」
「そんなに早いのかい?」
 負けじとササライも言葉を口にする。
「これね、実は非常食だったりするんだよ〜」
 とにかく発育のいい植物らしく、が小さい頃、トランの英雄と共に、おやつにしていた程だという。
 トランでは結構生えているのだが、この辺では機構の問題か風土の違いかは知らないが、手に入れるのにやたらと苦労する。
「クリスも明日食べてみてね!」
「あ、ああ…」
 ササライは話が区切れたのをいいことに、それじゃ、との手を掴んで無理やり室外へと出た。
 文句をいおうとするクリスに、「お邪魔しました」と極上の笑顔。
 ……クリスは口をあけたまま――固まって動かなくなってしまった。
 ハルモニアの神官将に、微笑まれてしまった…。
 今までとのギャップなのか何なのか、ともかく、彼女が動き出すまでにしばしの時間を要する事となる。
 その間にはよろけて転びそうになりながらも、ササライの腕につかまって、事なきを得つつ、彼の部屋へと進んでいた。
「どしたの?」
「これから、お茶しよう」
「…別に、いいけど…?」

 ササライの強力な武器。
 それは、彼の笑顔に他ならない。
 笑顔なのに、真剣を突きつけられている気分になる。
 そう、の事に関しての笑顔は。

 翌日、が所望していたトラン種から、実が出来た。
 小さくて、おかしというよりは――なんていうか。
「なんか…妙な味だね、癖になるというか…」
 ササライが神妙な顔をしながら、実とお茶を交互に口へと運ぶ。
「でも、じっくり噛むと美味しいでしょ?」
 にこにこ微笑む。
 さすがのササライも、その至福の表情には適わない。
 惚れた弱み、という奴だ。

 …が、後にその実を食べたササライが腹痛を起こした、というのは一部の秘密である。
「宮廷育ちには、辛かったか…」
 こっそりと、側近のディオスが呟いたとか何とか。


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…えー…一応、投票夢3位記念ササライなんですけど…、
ごめんなさい、なりきれてないですね…。黒っていうか、むしろ灰色?
とりあえず、ナッシュは不幸です…;;こ、こんな出来で本当に申し訳ない!!
投票してくださった方々、どうもありがとうございました!
2002・9・11
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