先読みの人




 天気の凄くいい日。
 ビュッデヒュッケの門の入り口辺りでセシルと話をしていた所、突然ハルモニア兵がやって来て、神官将ササライに、書類を渡して欲しいと言ってきた。
それはいい。
 でも、どうしてそれを手渡しするのが、城主のトーマスでも、炎の英雄の継承者ヒューゴでも、守備隊長のセシルでもなく、、なんだろうか。
 多分、他意はないのに。


 トントン、と二度ほどノックをして、はササライの部屋へと入る。
 いつも一緒にいるディオスの姿はなかったが、ササライ本人はいてくれた。
「あぁ、さん」
 にっこり。
 人のよさそうな微笑みで迎えてくれるが、の方は感情複雑である。
で結構です。…はい、これ渡せって頼まれたんで…」
 ずい、とササライに手紙を突き出す。
 威圧感を感じながらも書面を受け取り、サッと目を通して手紙をしまう。
 大した用事ではないらしい。
 火急の用件であれば、直ぐに行動を起こすはずだから。
 用件が済んだとばかりに一礼すると、
 さっさと部屋から出て行こうとしたのだが…なんでか、呼び止められた。
「折角だし、お茶でも飲んでいきませんか?」
「いえ、私は――」
「何だか嫌われてるようですしね、原因知りたいですし」
「……」
 半ば強引に、お茶に付き合わされることになってしまった。
 まあ、ハルモニアの神官将が入れてくれたお茶を飲むなんて、滅多にないだろうから…と大人しくしていることに。
 コポポ、と注がれるお茶の香りは、本当にいい匂いで、気が緩む。
「さ、どうぞ」
「…イタダキマス」
 少し冷まして、こくん、と一口。……美味しい。
 ケーキや茶菓子がこの場にあったら、もっといい具合だったのだが。
 ササライも自分用に入れて、口をつける。
 しばらく、無言の空間が続く。
 一杯飲み終わる頃、話を切り出したのはササライの方だった。
「僕、どうして嫌われてるんでしょうか」
「……別に嫌ってたりしないですけど」
「なら、どうして仏頂面なんですか?」
 にこりと微笑まれながら問われると……なんだか言わなくてはいけないような気になる。
 ある意味彼の笑顔は脅迫だ。
 腹を割って、本当の事を言ったとしても、別に不都合が起きる訳ではなかろう。
 過去の事だし、それが原因で今にこれ以上の悪化が加わることもないと思えるし。
 ため息をつくと、は自分の心に引っかかっている事柄を、話す事に決めた。
「……十五年前、私、デュナン統一戦争に加わってまして」
「それにしては、随分お若いですね」
 判ってるのに言うんでしょうか、この人…。
 案外、食わせ物なのかもしれない。
 いやいや、ハルモニアの神官将ってだけだって、相当食わせ物…なんて、頭の中で色々巡る。
 顔に出したりはしていないが、思考を読まれているような感じもするから不思議だ。
「ササライさんなら、理由は判るはずですけど」
 真の紋章持ち…今は手元にはなくとも、ある種のつながりは途切れてはいない。
 の力の根源が、真の紋章である事は、出会った時から判っていた。
 紋章自体は持っていないようだが、それに近い力が彼女の体に充満している。
 詳しく詮索する気はなかったが、彼女が不老なのは間違いない。
 それに、ササライの記憶にしっかり根付いていたらしい彼女を思い出すのは、以外に簡単な事。
「戦場で、お会いしましたよね」
「そりゃーもう。私なんて忘れようにも忘れられません」
「僕もです」
 ササライは今でも思い出すことが出来る。
 ハイランドの援助部隊として、ハルモニアから派遣された事。
 その際、同盟軍と戦って……自分と突撃した部隊の中に、彼女がいた事を。
 紋章を巧みに操り、棍棒で敵を倒していく様。
 戦っているというより、舞っているような。
 見とれてしまった覚えさえある。
 彼の方には、ある意味いい記憶として鮮明に残っていたそれは、にとっては苦労や苦い記憶でしかなかった。
「あの時は、紋章術で吹っ飛ばしてくれて、ありがとうございました」
 引きつり笑いをするに、きょとんとするササライ。
 …紋章術で、吹っ飛ばした?
 僕が??
「…………あ」
「思い出しました?」
 そう、確かに彼女を紋章術で…。
 でも、あれは…戦場での事。
「まあ、そういう事で…嫌いっていうか、警戒するんです。今は違うんだって、判ってるんですけど」
 だが、一度根付いた敵対心というのは、そうそう拭い去れない。
 ハルモニアという国とは、なんだか相性が悪いみたいだし。
 ぶつぶつ言うに、ササライは突然頭を下げた。
 いきなりの事に、びくっとして、構えてしまう。
「すみませんでした」
「………え?」
「あの戦いで怪我をされたのなら、謝ります。ですが、あの時はこちらにも色々事情が……」
 ……謝ってる。
 ハルモニアの神官将が、一介の旅人に。
 目を丸くして驚くに、ササライは苦笑いした。
「そんなに驚かなくても」
「あ、うん、その……もう、いいから」
 毒気を抜かれてしまった。
 なんていうか、もっとこう……嫌な奴だと思っていたので。
 少なくとも、あのクレイズ(幻水1の上官)ぐらい嫌な奴かと……。
 見方っていうのは、往々にして変わるものだと改めて実感。
「……ササライさ…」
「ササライでいいです」
 ……印象が変わると、笑顔の感じ方も変わるものらしい。
 不覚にも心音が高鳴る。
 無理やり普通を装って、周りを見回した。
「ササライ、なんか…部屋、散らばってない?色々と」
「え、そうですか?……この所、ディオスが片付けしないからかな」
「え!?………もしかして、ササライって…片付け、苦手?」
「ええ、まあ」
 苦手というか、無頓着なんですけど、と付け加える。
 一気に親近感が沸いてしまった。
 もよく、片付けなさいとクレオやらグレミオやらに怒られたものだ。
 最近ではなりを潜めているので、こういう微妙な散らかり方はとても気になる。
 立ち上がると、せっせと書類やら読みっぱなしの本やらを、まとめたり戻したりし始めた。
?」
「ちょっと、片付けさせて!」
「あ、ええ…嬉しい、ですけど…」



 結局、にだけ片付けさせるのもなんだと、ササライも一緒になって片付け始め、夕方には、きっちり綺麗になった部屋がそこにあった。
「ふぅー……すっきり」
「ありがとう、お礼しないとね」
「いいよ別に…。……ササライがそんなに嫌な奴じゃないって判っただけでも」
「でも、僕の気がすまないから…。そうだな…今度また、お茶を飲みに来てくれますか?」
 それなら、と、彼女は一も二もなく頷いた。
 ササライの入れるお茶は、掛け値なしに美味しい。
 今度はお茶菓子もよろしく、と頼むと、くすくす笑いながら了解してくれた。



 その様子を、影ながららみている男が一人。
 従者のディオスである。
「…ササライ様、計画的ですね…」
 そう、ハルモニア兵に書面を頼んだのは、他でもないササライなのだ。
 ササライからディオスへ、ディオスからハルモニア兵へと流れ、兵にはに、部屋へ届けさせるように仕向けていた。
 実に狡猾だ。
 笑顔にだまされてはいけません。
「……狙った獲物は逃がさない、ですな」




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違う…違うんだ…(汗)ササライはきっとこんなんじゃない…;;
甘くもないですね…とりあえず、ササライさんとは戦った事があるんですよーな話。
黒ササライでごめんなさい。
2002・7・31
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