散花草






「…なんでいきなりビッキーが……」
「……僕に、聞かないでくれるかい」


 ハルモニア側の小さな村から、ビュッデヒュッケ城へ向かって、ルックとセラ、そしては歩いていた。
 ルックは、ハルモニアでは裏切り者。
 ゼクセン、グラスランドでは悪の破壊者として認識されている。
 そのため、あまり大っぴらに街道も歩けないはずなのだが……今の所、ごくごく普通の旅人よろしく歩いている。
 それというのも、がその事実を深く考えていないためなのだが。
 という事で、堂々とカレリアからグラスランドへの山道を下っていた。
 無論、ルックもセラも、今までのハルモニア装束ではなく、もっと普通の、紋章師のものだから、知人でもない限り、顔を見てパッと誰だか判断できないだろうが。
 そうして、もう少しで山のふもとに着くという時―――いきなり現れたビッキーに、何故かテレポートで飛ばされてしまった。
 セラのみ、その場に残して。



 そんなこんなで、ルックとの二人は、飛ばされた先で、少々の言い合いをしていたりもした。
 何にせよ、不毛な争いではあったのだが。

「ルックの紋章で元の場所に――」
 戻れるんじゃない?
 そう言おうとして――口をつぐむ。
 ……ダメなんだ。
 彼は今、真の風の紋章を使う事が出来ない。
 先の戦いの折、自らが砕こうとした代償とでもいおうか、回復するまで、使用不可能になっている。
 空間転移は真の風でしかできないため、ルックの力で戻る事は不可能。
「うーん…ここが何処かくらいは知りたいよね」
 がキョロキョロと周りを見回すが、夕方とはいえ段々視界も悪くなってきていて、判断がつかない。
 単純に彼女がその場所を知らないだけ、という話もあるけれど。
 ルックがなにやら深くため息をつく。
 この状況を嘆いているのかと思いきや――そうでもなさそうだ。
「……最悪だ」
「えっ、そんな危険な所に出ちゃったの?」
 不安そうに言ってくる彼女に、そうじゃないんだと首を横に振り、立ち上がる。
 も慌てて立ち上がった。
 ……そう、ルックはこの景色に見覚えがあった。
 いや、覚えがありすぎる位だ。
 それもそのはず、ここは――。
、君だって、知ってる場所なんだけど」
「え?」
「…魔術師の島だ」
「ええ!?」
 改めてキョロキョロ周りを見回す。
 確かに……言われてみれば、そんな感じではあるが…。
「何で判るの?」
「この花、魔術師の島にしかないんだ」
 ルックの示した花は、小さな蒼白い色の花で――形もなんだか珍しい。
 なる程、それならば納得がいく。
 しかも彼は、今自分達が島のどの辺にいるのかも、
 なんとなく判っている様子。
 ならば――。
「ねえ、レックナート様に助けてもら……」
「バカも休み休み言うべきだね」
 あぅ……。
 確かにちょっと、色々あるけれど。
 こういう事態なんだし………。
 うーんと悩むを見て、再度ため息をつく。
 そのままルックは、すたすたと歩き出した。
 慌てて追いかける。
 どうしたの?と聞いてみても、<あの場所が近い>と言うだけで。
 仕方なく、彼の後を素直についていくことにした。


 歩いていくうちに、夕暮れはすっかり夜へと様相を変え、回りも暗くなって、視界がかなり悪い状態になってきた。
 途中、コケそうになったが、前を行くルックの袖を引っつかんで止めて後、そのまま歩いていたので、派手に転んだり、迷ったりする事などはないが。
「…気になってる場所があるんだ」
「気になってる、場所?」
 深い茂みを抜けると――いきなり目の前が広がった。
 上には、少し曇りがちではあるが、夜空が見える。
 どうやら、この一角だけ花の群生地帯らしい。
 2、3メートル先は断崖絶壁。
 波の当たって砕ける音が、ずっと下のほうから聞こえてくる。
 森側を見ると、……ここからは、レックナートが居るであろう搭も、視界に入れることが出来た。
 前と変わらぬ明かりが灯っている。

 二人は、花々の群生している、その中央付近に腰を下ろした。
 そこだけ、草の比率が多かったからだ。
「ここが、ルックの気になってる場所?」
「……久しぶりだよ。今日は――雲が多いから、丁度よく見られるかもしれない」
「??」
 何がしたいのか、には判りかねたが――結局の所、セラがここを見つけてくれるか何かするまで、移動出来ないし、焦っても仕方がない事なのだと、肝を据える事にする。
 とはいえ、何もしないのも――。
「……曇るね」
 空を見上げ、ルックが呟いた。
 その言葉通り、先ほどまで月の光が差し込んでいたのに、今や、雲がその光を覆い隠していて、周りは真っ暗――??
「あれ?」
 ……自分達の周りが……光っている。
 草が、花が――淡く蒼い光を放って…。
「うわぁ…キレイ…」
 思わず声を上げていた。
 ルックが風の紋章を使い、風を起こす。
 すると――その光が、空に舞い上がり、風に乗って宙を流れていく。
 凄く――凄く、幻想的で。
 でも何処か、物悲しい風景。
「……ここ、僕のお気に入りの場所だったんだ。弟子をしている間も――見れそうな曇りの日は、ここへ来て……」
「うん、凄く、綺麗だね。…でも、なんだか寂しそう」
「僕も、そう思うから…来てたのかもね」
 暗闇の中では、寂しいんだって――だからこそ、光を放って、仲間を欲して……。
 その光は、自分に似ている。
 漠然と、ルックはそう思っていた。
 ここは、1人になるには最適な場所だったし、この光る花達も気に入っていた。
 魔術師の島を去り、2度と見られないと思っていたのだが……運がいいのか、悪いのか。
 風にのって流れていく光たちを、少し寂しそうに見つめた。
「光ってるのって、何なの?」
「花の花粉…みたいだけどね」
 を見ることも無く、そう言う。
 彼女は、そっかと頷き、その場に寝転がった。
 ルックも同じように横になり、夜空を仰ぐ。
「……僕も散ってしまえばよかったんだ」
「ルック!」
 横になったまま、が彼の服のすそを強く引っ張る。
 ……そういう事を言うな、という事らしい。
「そんな事言わないでよ! 私やセラさんの苦労が、お節介だったみたいじゃない」
「…………君には、見えないのか? 後の世界が」
 あの、何も無くなった世界が。
 その日は確実に来るのだと――判っているのに。
 それでも彼女は、自分を助けた。
 生かした。
 それは、もしかしたらどんな罪よりも罪深い事。
「じゃあ、散った事にすればいいじゃない」
「……?」
 は、にべもなくそう呟いた。
「<仮面の男>は、あの儀式の地で、散って消えちゃったんだよ。だから、今ここにいるのはルック。そう考えてみない?」
「…そんな都合のいい…」
「でも、生まれ変わったって…そう思えば、また動けるようになるよ、きっと」

 生まれ変わった――。

 本当は、忌む体もそのままに、果たす事も果されずに、こうしてこの世界に生きているのだから、生まれ変わったというのは、正直間違いではあるだろう。
 でも。
 人は――死ななくても、生まれ変わる事が出来る。
 そうだ。
 自分は散々見てきたではないか。
 2つの戦争で。
「……僕はこの飛び散る光に、世界への恨みや嫉妬を乗せて、飛ばしていたんだ。ずっとね」
「……」
「でも…今日は……希望を託してみるよ…」
 空に舞い上がった光達が、天井の星に自分の願いを届けてくれるよう。
 寝転がったまま、大きく息を吸って――吐いた。
「私も、協力するから」
 も――大空に胸を張って、深呼吸する。
 そう、自分は1人じゃない。


 運命とは、定められたものでは在りません。
 師匠がよく言っていた……その言葉を、今更ながらに思い出した。
 そして、それがどんなに重い意味を秘めているかも。


「…この子は、もしかしたら…歴代の天魁星よりも、もっと過酷な運命の下に生まれてきたのかもしれないですね…」
 ルックとが、互いを暖めあうようにして、淡い光を放つ花々に見守られ、安らかに眠っている場所へ――ルックの師匠、レックナートは現れた。
 魔術師の島は、彼女の庭のようなもの。
 誰かが入ってくれば、直ぐに判る。
 場所すらも。
 2人、寄り添って眠っている様子は実に幸せそうで――こちらの方が微笑んでしまう。
 レックナートは、ルックを「造形物」だと、一度も認識などした事などなかった。
 外見がどんなに変わらなかろうと、内面の年齢はどんどん積んでいく。
 周りの影響や、今までの経験。
 それらが、今の彼を形成している。
 ……真の紋章が宿っているにせよ、<成長>は確実にしているのだ。
 まだまだ、彼は成長の過程。
 自分以外の誰かが――必要なのだから。
……私の弟子を、どうかお願いね」
 レックナートは幾分か寂しそうにそう呟くと、彼らを空間転移させた。
 探し回っている、セラの所へ。

「……ルック、貴方の運命は……動き出したばかりなのですよ」
 夜空を仰ぎ、風に乗っていく光を見やる。
 風が、レックナートの美しい黒髪を撫でた。



「…
「……うーん……もう少し…」
さん」
「あれ!?」
 セラの声がした!と、がばっと起き上がる
 目の前に、セラとルックの姿があった。
「え、なんで、どうして?」
 確か、ルックと二人で飛ばされて――そのまま寝てしまったような気がしたのだが。
 周りを見回すと、ビッキーに飛ばされた場所で。
 セラに話を聞くと、夜中、いきなり二人が淡い光に包まれてここに現れた、と。
「とにかく、よかったです。…ルックさま?」
「……いや。起きたなら、先へ進もう。」
「…う、うん」
 荷物を持って、歩き出す。
 とにかくふもとの村へと、進路を決めて。

 はふと、山の方を向いた。
 先に進んでいるルックとセラが、それに気づいて止まる。
「どうした?」
「…ううん、なんでも…」
 の頭の中に、一つの考えが浮かぶ。

 もしかして……ここまで送ってくれたのは、レックナート様…?

さん、行きましょう」
「あ、はーい」
 呼ばれて、考えを振り切るように前に進む。


 彼らの本当の旅は、まだこれから――。






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…り、力量不足です!スミマセン〜(泣)
一応、ビッキーに飛ばされて、その上で、ルックのお気に入りの場所へ行って寝る、
ッてカンジの話にしたかったんですが…重い…ですね、内容。
本人なりには頑張りましたっ;;
投票してくださった方々、本当にどうもありがとうございました〜!
2002・9・1
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