満ちよ果て無き祈り 5





「真の炎の紋章を、奪い取りに行く。一緒においで」

 ルックのこの言葉に―― は嫌な気配を感じた。
 いつもは、ついて来るなと口をすっぱくして言う彼なのに――。
 そして、その嫌な気配――総じて、嫌な予感は、当たってしまう事になるのだが。
 ユーバーやセラを先に歩かせ、その少し後ろを、ルックとが歩く。
 2人は無言だった。もう、ブラス城は目の前。
 突然ピタリ、とルックの足が止まる。
「…?ルック、どうしたの??」
彼は――とても懐かしい微笑みをに向け――そして、その口唇を奪った。
「!?ルッ……ク……??」
「……、君のそのまっすぐさは…僕にとっては、愚直だったけれど。でも――嫌いじゃ、なかったよ」

 どうして、そんな、最後みたいな言葉を――?
 どうして、そんなに悲しそうな顔で……?


「君は、炎の英雄と一緒にいるんだ。いいね」
「待っ…――ルック!!」
 ひゅ、と耳元で音がした。
 風が巻き起こってるのを認識した一瞬後に――は1人、敵陣へと、転移させられていた――。



 ――どうして。

 ビュッデヒュッケ城の一室で、は窓から外を見つめていた。
 ルックは……炎の英雄の継承者であるヒューゴの、真の炎の紋章を奪い、儀式をするために、場を去った。
 を置いて。

 ――どうして。

 たった一人残されたは、一応捕虜として捕まった。
 捕虜といっても、形式上のもので。
 牢屋に入れられているわけではなく、こうして一室貸し出してくれているし。
 不自由しないように、城主のトーマスは気を使ってくれて。
 ヒューゴ達と話をしたら、よほど問題がない限りは自由にしてくれるらしいし。

 ――どうして。
 どうして、連れて行ってくれなかったの?
 一緒に居るって、言ったのに。

?」
 トントンと、ノックをして入ってきたヒューゴとクリス、アップルは、の姿を見て、かける言葉を失った。
 ……彼女は声もなく、青空を見つめて泣いていたから。


 きちんとした形で、ヒューゴ達と話をした事はなかっただろう。
 は彼らと向き合い、話をする。
「あの…アップルさんから、今までの事は聞きました」
「そっか」
「……僕は、彼らに奪われた真の紋章を取り戻しに行きます。そして……真の紋章の破壊を……止めたいと思います」
 真の紋章の破壊を止める……。
 もし、真の紋章の破壊を止めずとも、彼はこの世界から消えてなくなる。
 紋章の破壊を止めたとしても、それはヒューゴ達の手で、彼が破壊される事。
 どちらにしても…ルックが居なくなる事に、変わりはない。
 クリスが、の様子を見て口を開く。
 幾分か、イライラしている様子ではあった。
 きっと理解出来ないんだろう。
 彼らにとって、ルックは極悪非道の鬼みたいなものだから。
 百万の人を殺す、悪鬼に見えているに違いない。
「…、貴方はあの男に肩入れしているようだが……」
「ちょっと違うけど、似たようなものね」
「判っているのか? 奴は…グラスランドやハルモニアを、この世界を壊そうとしている存在なんだ」
 ヒューゴも頷く。
「大勢犠牲になった。だから、ここで止めたいと思う。俺も大切な友人を失った。クリスも、皆も」
「ねえ、ヒューゴ、クリス…貴方達にとって、ルックは悪に見えるんだろうね」
 思わず苦笑いする
 それが、クリスとヒューゴを戸惑わせた。
 どう考えたって、ルックは悪者で。
 自分達の大切な場所を壊そうとしている、悪鬼。
 どんな理由であれ、人命に勝るものはなく、それを「運命の歯車をはずす」という名の下に死なせるべきではないし、ましてや、戦争など起こしてはならない。
 そう思うから。
「理解してとは言わない。私だって彼のしてることは…正当ではないと思う。でも、だからって…全て間違ってるとは思わない」
「判らない…あれだけ人を倒していて、この地に戦乱を巻き起こしておいて…」
 ヒューゴの意見ももっともな事だ。
「ある面から見れば悪。ある面から見れば正義。正義だって、他の誰かから見れば悪に見えるかもしれない」
「……」
「グラスランドの英雄だって、別の国の、別の人から見れば、単なる人かもしれない。盗人に見えるかもしれない。そういう事よ」
 ヒューゴは、拳を握った。
 それでも。
 それでも仮面の神官は、自分とこの国にとっては悪なのだから。
「…だからって、彼を止めなければ…滅びてしまう」
「………うん……そう、だね」
 確かに、彼を止めなければ……国が終わってしまうかもしれない。
 なんだかんだと言っても、結局……そこに落ち着くしかないのだから。
 ルックが取ろうとしている方法は、きっと間違い。
 でも、ヒューゴやクリスには知って欲しかった。
 理解ではなく、ほんの少しだけでも、考えて欲しかったのだ。
 正義という名の裏側は、必ずしも悪ではないという事を。
 相手にも信念があって、目的があって、必死の思いがあって…。
 そして、どんな悪であろうとも、叩き潰した自分の手が、
 罪に濡れる事に変わりはないんだと。
「…止めてあげて。きっと、私には…出来ないから…」
……」



 ヒューゴ達が去った後も、アップルはまだ部屋に残っていた。
 お茶を入れて、一緒にテーブルを囲む。
 外は大分薄暗くなってきたにも関わらず、兵士達の声はやまない。
 決戦に向けての準備には、余念がないようだ。
「……ルックに、何があったの?」
 アップル自身、今回の事にはかなり複雑な思いを抱いていた。
 レックナートの一番弟子。
 トランでもデュナンでも、彼は一緒に苦労してきた。
 時の天魁星と共に。
 十五年の間に、どういう心境の変化が起こったのかは定かではないが、彼は、確かに変化させた。
 何かを。
 であれば判るかとも思ったのだが…。
「きっとね…、試練、なんだよ」
「試練?」
「私とルックと……それから、宿星に関わる、全ての人に対しての、試練」
 ルックが救いたいのは、未来を含めた、全ての世界。
 ヒューゴ達が救いたいのは、今の世界。自分達の大切な人たち。
 そのどちらも、間違いがある想いではない。
 とて、出来る事なら両方の思いを遂げさせたいし、遂げて欲しいと想う。
 でも、それは今は叶わなくて。自分の出生に苦しんで。
 真の紋章が見せる、後の世界に苦悩して。
 正しくあればあろうとするほど、普通ではなくなる。
 運命に逆らおうとしては、他人を苦しめ。
 そして、そういうルックを助けられない自分に、ひどく腹が立つ。
「……私に出来る事は……私が、正しいと思う事をするだけ…」
 戦いに手を出すつもりはない。
 ルックは、ルックの信念を貫けばいい。
 でも、決してこの世界から消してなんてやらない。
 ルックが関わってきた戦争の仲間達だって、彼が本物の破壊主義者だなんて、思わないだろうし。
「アップルはさ、ルックが…極悪非道の冷血漢だと思う?」
 が少々不安そうに聞く。
 アップルは、お茶に口をつけようとしていたのを離して、微笑んだ。
「いいえ。相変わらず、我侭で苦労症で、口の悪いルックだと思ってるわ。フッチもトウタも、同じ気持ちでしょう、きっと…」
「……うん、うん…ありがと…」
 仲間の言葉が、涙の出そうなほど嬉しいのはどうしてだろう。
 ルック。
 やっぱり…一人なんかじゃないじゃない。
 自分の視界を、自分で狭めてるだけだよ…。
も し、最後の最後まで、自分が消えようとするなら……その時は……紋章を使ってだって、止めて見せる。
「……、まだいいかな」
「ヒューゴ…?」
 こっそり、少しすまなそうにヒューゴが入ってきた。
 中へ誘って、お茶を入れる。
「どしたの?」
「……あの。仮面の……ルックの、昔の事、教えてください」
「??」
 これはまた突然だ。
 一生懸命なヒューゴの表情に、は苦笑いした。
「いきなりどうしたの?」
「……俺、知りたいんです。彼が、どういう風だったのか。本当は、どういう人間なのか。」
「…うん、そっか」
 微笑み、話が長くなりそうだと、アップルがお茶菓子を持ってきた。
 何となく、暖かい気分になる。
「あのね………」


 ルック。
 私は、絶対に諦めない。
 貴方の絶望を、全部掬い取れるなんて思わない。
 でも、少しだったら肩代わり出来るかもしれない。
 一緒にいるんだって、決めたんだから。
 何があっても。



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結局無理やり詰め込んで、5話編成に。
最後の一話は既に書かれているので、今後はそのあとのことを書くと思います。
ちょーっとゆっくり目になるかもしれないですが、頑張ります〜。
ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました!
今後もどうぞ宜しくお願い致します〜。
2002・8・22

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