満ちよ果て無き祈り 3



「……さて、さっさと準備して、行かなくちゃね」
 とはいえ、荷物もさほどないので、準備という準備もないのだが。
 ルビークの宿から、ルック達の居る学術指南所まで移動するため、は重くもない荷物を腰に装備した。


 学術指南所のドアを二度ノックし、中へと入る。
 ルックと、セラの姿があった。
 なにやら重い雰囲気ではあったが、あえてそれを無視する。
 ルックの隣に立っているセラに、お辞儀をした。セラも、お辞儀をし返す。
「セラと申します。先ほどは失礼致しました」
「ううん、平気。理由があったんだろうし。…これから、よろしくね」
 はい、と透き通った声を聞き、は微笑む。
 向かいに座っているルックが立ち上がった。
、これから僕達は出兵する」
「どこ行くの?」
「アルマ・キナンだ」
 ……聞いたことがない。
 まあ、どこにせよついて行くと決めたのだから、別段問題はないのだが。
「…どうしても、付いてくるのか」
「決めたから」
 その言葉に違える気はないと、視線が訴える。
 ため息をつき、ルックも頷いた。


「……遅かったな………?」
「ああ、色々と不測の事態があってね」
 アルマ・キナンの入り口で待っていた黒ずくめの男は、ルック達の知り合いだったようだが、はまじまじその人を見てしまう。
 向こうも、人数が増えているのを見て、訝しげな表情をした。
「……どういう事だ」
「僕が、許可した」
 凛とした声で、黒ずくめの男に吐き掛ける。
 殺気とおぼしき気配をかもし出しながら、男は彼女に近づいた。
「……ルック、この人って…?」
「ユーバーだ」
 ……の頭の中で、名前と人が一致する。
 甲冑を着込んで、亡き赤月帝国…いや、ウィンディ妃や、ハイランドに協力していた、あの人…だろうか。
 人ならぬ感覚は顕在だから、間違いはないと思うが。
 それにしても…甲冑がないだけで、こんなに違って見えるのか。
 ユーバー=甲冑、という方程式が出来上がっていたのかもしれない。
 ……ぺシュメルガはどこへ行ったんだろう。
 そんなどうでもいい事を考えていると、
 ユーバーは無表情で、に剣を向けた。
 鋭い刀剣が、頬に当てられる。
「ユーバー!」
 セラが咎めるが、ユーバーは彼女の言葉など聞きはしない。
 自分のやりたいようにやる。そう視線が告げていた。
 は少々抵抗しようとしたが、その間にすぐに後ろに回られ、首元に剣を突きつけられていて。
 相変わらずのスピードだ。
「……お前、何が目的だ」
「何もたくらんでなんていないわよ」
「そうか? どちらにしても、その喉をかき切る事が出来れば、俺としては問題ないがな」
 すぅ、とユーバーの剣が動く。
 本気?
 一瞬、恐怖を感じてギュッと目をつぶった。
 その瞬間、彼女の右手から突如として青紫色の光が迸り、ユーバーを吹き飛ばす。
 何が起こったのかさっぱり判らないというユーバー。
 剣を握りなおし、に攻撃を仕掛けようとした瞬間……。
「ユーバー、それ位にしておけ」
 ルックの声が響く。ピタリと彼が攻撃するのをやめた。
 舌打ちをして、から距離をとる。
「…お前、何をした」
 は右手の紋章を見る。自分では、何もしていない。
 集中していなくて、ユーバーの動きについていくだけでもかなり意識をとられていたし。
「さぁ…わかんない…」
「……ふん」
 不思議そうに右手を見るを、ルックは横目で見る。
 ……主人に関係なく守ろうとするのは、紋章の意思か、それとも大元であるソウルイーター所持者の意思か。
「ルック…?」
 側によるを手で制する。
「君は、これ以上来ちゃいけない」
「どうしてよ!」
「きっと…辛い思いをするよ」
 自分は、これから悪鬼になりに行くのだから。
 気持ちを切り替える為に、ルックは瞳を伏せる。
 だが、彼女ははっきり、否定した。決めた以上は、ついていくんだと。
 仕方なしに、ルックは同行を許可した。
「ただし、何を見ても…手を出すな」


 赤い、炎。
 は、動けなかった。
 ルックの繰り出す紋章が、セラの繰り出す紋章が、ユーバーの剣戟が……人々を倒していく。
 クリスと呼ばれる女性も、その周りの人物も……次々と膝をついていく。
「……な、に……どうして…?」
 呆けている彼女に向かって、一人の女性が切りかかってきた。
 受け流し、なんとか剣を避ける。
 よろけたその女性を、ユーバーは楽しそうに、背中から切りつけた。
 血が、飛ぶ。
 叫びもせずに、倒れていくその人を見た。
 膝をついて、倒れた彼女を抱き起こす。
 既に事切れていて、腕がだらりと下にたれた。
「…結構ねばるな」
「…時間をかけすぎました。すでに、封印は……」

 セラやルックが話をしている。
 頭の隅で、認識した。
 遠くから声が聞こえてくるみたいな、感覚。
 はルックに腕をつかまれて立ち上がらされると、ユーバーやセラと共にこの地を去った。



「あの女は軟弱すぎるな」
 アルマ・キナンでの戦いの後、カレリアについた一行は、もう一人の仲間であるアルベルトを待っていた。
 ユーバーの愚痴の元は、勿論である。
 戦いの後、思い切り沈んだ表情を見せている彼女が、彼には軟弱に見えるのだろう。
 血と戦い、恐怖が好きなユーバーにとってみれば、死は快楽の要素なのだから。
 ルックは立ち上がると、「の様子を見てくる」と言い残して、彼女がいる部屋へと歩いていった。
「全く…面倒だ」
 ユーバーの呟きは、ルックの耳に入ることはなかった。


 は、ベッドに寝転んで考えていた。
 この後味の悪さは何なんだろう。戦いなら、数限りなくしてきたはずなのに。
 勿論、対人間との戦いだって、沢山してきた。
 けれど……こんなに後味の悪いのは、初めてで。
 何が違うのか判らないけれど、何かが違う。
「…、入るよ」
「あ、うん、どうぞ」
 起き上がり、入ってきたルックを迎える。相変わらず、仮面はつけたままだ。
 は、思わず眉根を寄せた。
?」
「ルック…悪いけど、二人だけの時ぐらいはお面とってよ」
「………判った」
 仮面をとり、テーブルにそれを置く。コト、と硬質な音がした。
 何となく、ルックが仮面をつけているのが嫌いだ。
 自分を覆い隠そうとしているみたいに見えてしまって。
 は、ふと窓の外を見た。
 綺麗な、青空。
 これぐらい自分の心も晴れてくれたらいいのに、なんて思う。
「帰りたくなった?」
「………違うよ。判らなくなっただけ。なんか…違うから…」
 どうして、気持ち悪いのか。
 今までとは何かが違うのだと、全身が訴えている。
 それに気づいているのか、ルックは表情を変えずにと話を続けた。
 多分、多くの宿星と敵対する側に回るのは初めての経験で。
 勿論ルックだってそうなのだが、彼は自分が決めて歩いている道。
 けれど彼女は違う。
 そして、同じ道を歩んでいるとも言いがたい。
「戻りたくなったら、いつでも戻れるんだ。君は…」
「いやだ」
 服のすそをぎゅっと掴みながら、は目をつぶって、首を横に振る。
 ここで帰っては、逃げた事になってしまう。
 そんなのは嫌だ。
「…これから、もっと酷い事が起こっても?」
「…帰らない」
 ガンとしていう事を聞かない。
 ここで<道>を引き返してくれたなら、これ以上傷つかずにすむというのに。
 元々知ってはいたが、本当……不器用だ。
 ……自分も含めて…。
「…アルベルトが来るまで、ここにいるか?」
「気分直しに、ソーダでも飲んで来るよ、うん」
 にこっと笑うと、ドアまでトテトテと歩いていく。
 扉に手をかけ……止まった。
「…ルックも、一緒に行かない?」
「いや…」
 流石にハルモニアの神官将が、娘と一緒にソーダを飲むわけにもいくまい。
 はポン、と手をたたくと、ちょっとそこで待っててと言い残し、走って出て行く。
 なんなんだと疑問符を飛ばす。
 ルックの元に、は直ぐに戻ってきた。
 トレーに、ソーダ入りのグラスを乗せて。
「はい、ここだったら、一緒に飲めるでしょ?」
 す、とグラスを渡す。
 ルックは少々戸惑いながらも、無言で受け取り、彼女と肩を並べてそれを飲む。
 炭酸混じりの甘い味が、口いっぱいに広がった。
 なんとなく、安心させる味。
「…おいし?」
「……まずい」
 相変わらずなんだから。
 思いながら、微笑む。
 ほんの少し。ほんの少しだけ、昔に戻ったみたいで、嬉しくなった。
 炭酸みたいに、考えや疑問が浮かんでは、消える。


 ねぇ、ルック……。

 貴方は一体、何と戦ってるの?






--------------------------------------------------------------------
3話目です。…間を縫って進んでいるので、本編とは絡んでいるようないないような。
全部書くと凄く長くて暗い感じになるので、余りやっていないんです。
最後の話の後側も書きたいと思ってるし。
…どうでもいいですが、なんかユーバー好きです。甘くはならなそうな代物ですが。
2002・8・4
ブラウザback