満ちよ果て無き祈り 2





 不老と大いなる力。
 けれど、真の紋章の持ち主がそうであるように、もまた、決して不死ではない。


(私、死んだかしら?)



「……ん……」
 髪を撫でる手を感じて、は意識を取り戻した。
 目を閉じたまま、撫でられる感覚を楽しむ。
 気持ちいい。ずっと、このままでいたいくらいに。
 ……一体、自分はどうしたんだろう。
 確か……ルックらしき人物を見つけて……。
「………?」
 そう、自分はルックらしき人物を問い詰めていた。
 そこへ……後ろから攻撃が飛んできて。
 弾くどころか、防御する間もなく当たってしまって…気絶。
 それからどうしたんだろう。
 は、ゆっくりと目を開く。
 一番最初に目にしたのは、光でもなんでもなく…、あの、仮面の男だった。
「……起きたか」
「………おはよう」
 なんとなく、挨拶する。
 仮面の男は、髪を撫でていた手を急に引っ込めた。
 気づかれていないと思っているなら、それは大間違いなのに。
「連れが失礼した」
「ここは…宿?」
「そうだ。荷物は運ばせた。……僕はこれで」
「待ってよルック」
 立ち上がろうとした彼が、そのまま止まる。
 袖口をくいっと引っ張ると、先ほどまで座っていたベッド脇の椅子に座るよう、促す。
 振り払って出て行く事も出来たのだが、彼は掴まれた服が離されないと知ると、大人しくそれに従う。
「…人違いだと言ったろう」
 そんな言葉で引き下がるではない。
 ルックを探して、歩き回っているのだから。
 彼女の手に宿る紋章は、それを助けてくれている。
 その紋章が、彼にひどく反応しているんだから……確かめずにいられない。
「人違いだっていうなら、なんで私攻撃されたの?」
「……」
「仮面取ってよ。私、貴方が本当に違うなら、また探さなきゃならないんだから」
 ハルモニアの神官将であろうが何だろうが、にとっては関係ないこと。
 知りたいことを知るためならば、大統領にだって、一国の王にだって、それこそ英雄にだって食って掛かろう。
 服のすそを掴んだまま起き上がると、真剣な目で彼の仮面の奥の瞳を見た。
「……まったく、少しは人の言う事聞くって事を覚えなよ」
 今までとは違う口調。
 は表情を崩さないまま、彼を見続けた。
 仮面の男はため息をつくと、ゆっくりとその仮面に手をかけた。
 ゆっくりとそれを外して、横に置くと、首を振る。
「……ルック……」
「久しぶり…になるのかな、
 久々に見た彼のほんの少しの笑顔は、以前にも増して寂しさを感じるものだった。



 は、コップに水を一杯もらい、喉を潤す。
 考えてみれば、ルビークについてから水分補給をしていなかった。
 それ所じゃなかったし。
 くいっと一気に飲み干し、テーブルに置く。
 ルックはその様子を見ながら、なんだか周りを気にしているようだった。
「ルック?」
「……、君、僕を探してるって言ったよね。
 理由は知らないけど、帰ってくれる」
「………馬鹿言わないでよ。人が苦労して見つけたって言うのに!」
「そんなの、僕には関係ないね」
 そりゃそうだが。
 少しはこちらの苦労も労わって……って、元々そういう気質ではない彼だけに、変わっていないような気になり、少し嬉しい。
 根本的な部分は変わってないが、雰囲気というか…空気は思い切り変わった。
 触れば切れる、鋭利なナイフみたい。
 以前はまだ触れる猶予みたいなものがあったけれど…今は…。
 それでも、の心に変わりはないが。
「一体、何してるの…?」
「…、この国にいちゃ駄目だ。さっさとグレッグミンスターに帰って……」
「……答えになってないよ。答えになってない答え、ルック嫌いだったよね?」
「……」
 本当のことを言ったら、彼女はどうするだろうか。
 自分を、倒す?
 今まで、英雄と称される人物の傍にいた彼女だから、自分が起こしている…起こそうとしている事柄に対して、いい顔はしないだろう。
 もし、牙をむいてきたら…倒さなければならなくなる。
 出来れば、何も言わずに立ち去って欲しい。
 もう昔の自分ではないのだから。
 百万の人間を殺すかもしれない、悪鬼の自分を見て欲しくない。
 汚れていこうとする自分を、見られたくない。
 かりそめであれ、己に心というものがあるなら、その心の一番近くにいた彼女だから…。
 けれど、それは望めないようだ。
 彼女の目は、嘘を許さないと訴えていた。
 ルックは、小さくため息をつき、彼女を見つめる。
「…僕は、ある目的の為に、魔術師の塔を離れたんだ。僕は僕が望む目的のために動く。、戻るんだ、君の家に」
「ルックも一緒。でなければ、私もついていく」
「僕は、人を陥れ、殺す悪鬼になるんだよ!我侭言ってないで、さっさと…」
「いや!」
 は思い切りルックの腕を掴む。
 言葉尻は強いが、瞳には涙が浮かんでいた。
 家?
 自分の家とは一体どこの事だろう。
 マクドール家?
 それとも、デュナンの城?
 魔術師の塔?
 どれもこれも、正解ではあるが、間違いでもある。
 彼女にとって、ルックがいる所が、本当の自分の居場所だと思っていたから。
 恋愛感情ではないかもしれない。
 けれど、希薄な感情ではない。
 子供の我侭みたいだが、とにかくルックがいないのが嫌。
 いつもいつも、自分の無茶を怒ってくれて、一緒にケンカしてみたりして、そういう本気の本音を出せる相手だから。
 長く一緒にいて、大事だと思えて。
 そういう相手が、自分の傍からいなくなってしまうのは…苦痛だ。
 ぽたん、と、涙がこぼれて床に落ちた。
……」
 ルックが、まだ流れ落ちようとしている涙をぬぐい、そのまま彼女の頬に手をやる。
 触れた指先が、彼女を陥れてしまいそうで、怖い。
「これ以上、無理を言うなら…僕は、君を消さなきゃならなくなる」
 冷たい言葉。その眼差しが、言葉に嘘はないと告げる。
 真の風の紋章が、うっすらと光った。
 本気なのだと……彼女にそう、教えるように。
 けれど、それですらは動じない。
「……そんなに、邪魔なんだ、私」
「………」
「……そこまで嫌われてるとは、思ってなかった」
 違う。
 違うのに。
 ここで違うと言ったら、彼女は残ってしまう。
 意地でもついていくと言い張る。
 だから………でも。
 ルックは自分の思考が働くより先に、彼女を抱きしめていた。
「僕は…僕が壊れていくのを、に見せたくないんだ」
「……」
「理解なんて、きっとしてもらえない。だから…」
 の手が、ルックの背に回る。
 暖かく、包み込むように。
「ルックがどうしたいのか、わかんないけど…でも、私は、あなたが最後の一欠けまで壊れないように、頑張るから…だから…」
「……」
「…一人に、しないで…」
 ぎゅ、と強く抱きつく。
 ルックは、瞳を閉じた。
 腕を離して、紋章を使って、との繋がりを断ち切る。
 それでいい。
 彼女は、こちら側へ来てはいけない人物なのだから。
 ……そう思うのに、腕は彼女をきつく抱きしめたまま。
 失いたくない。
 だから、自分の元へは来させてはいけない。
 けれど…今、彼女を手離す事と、失う事と、どう違う?
……僕が、どんな事をしても、一緒にいると言うんだね」
「…いる」
「君が、泣き叫ぶようなことをしても?」
「いるっ」
 涙声になりながらも、しっかりした口調で返事を返した。
 自分の最後の瞬間を……彼女に見届けてもらうのも、いいかもしれない。
 ルックは人知れず、そう思った。
「……ほんとに馬鹿だね、君は…」




「セラ」
 やっと宿屋から出てきたルックに、セラは一礼した。
「すみませんでした…先走ってしまって」
「いや、それはいい」
 すでに仮面をつけたルックは、彼であって彼ではない。
 謝るセラを一瞥すると、宿にいるであろうを想う。
「…セラ、悪いが同行者が一人増えた」
「………先ほどの、彼女ですか?」
「そうだ」
 ユーバーがどう出てくるかは不明だが、文句は言わさないだろう。
 彼女が計画に参加するとは思えないが、ルックが連れて行くと決めたのだから、セラが口をはさむことはない。
 仮面をつけたルックが、どういう表情をしているかは不明だったが、彼女と出会った事によって、何かしらの変化が訪れたことは判った。
「…何やら、村の入り口でもめているようですが」
「……行ってみるか」
 きびすを返し、村の入り口へと歩いていく。
 もう、と一緒の時間をすごしたルックの姿はなかった。
 あるのは、壊そうとする者としての、仮面の男の姿だけ。





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まだ続く〜……という事で、無茶苦茶してますルック話。
なんだか微妙に甘い…?もっと極悪非道な感じもするんだけど、
歴代の敵みたいに、容赦ない風には書けません。
状況が状況なだけに;;まだ頑張りますー。
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