舞姫 2




「…はー…なるほどね…」
 紹介された楽団と旅芸座を見た時、は何故時分が選ばれたのか理解した。
 楽団と旅芸座の一団は、トランからのものだったからだ。
 はトラン出身。
 だから、クリスは彼女を押したのだろう。
 数日の間、彼女は完全に騎士補佐の仕事を放棄し、楽団、一座と共に、踊りを鍛錬していた。


「やれやれ、今年はいつもの踊り手とは違うと聞いているが…いかがなものか」
 ブラス城の前に作られた仮設舞台は、急な作成ではあったが、それなりに美麗なものに仕上がっていた。
 来賓席にいる重役は、ふんぞり返って毎回の如く偉そうだ。
 その近くには、クリスをはじめ、六騎士たちが座を占めている。
 ボルスとサロメは、不安そうに話し合っていた。
「…殿は、大丈夫なのでしょうかね」
「…まあ、大丈夫だとは思うが」
「僕は、大丈夫だと思いますよ」
 ルイスが自慢げに話して聞かせる。
 何処からその自信が来るのかは分からなかったが、もしかしたら、こっそりとの練習の様子を見に行っていたのかもしれない。


 時を告げる鈴が鳴らされ、商店街の灯りが、全て落とされた。
 四角い舞台の四隅に、松明が点火され、オレンジ色の光の中、踊り手――が、舞台中央に進み出る。


 シン…とした中、はトランの民族衣装を身に纏い、賓客たちに礼をする。
「今宵、舞いを御目にかけますると申します。踊り手ではありませぬ故、お見苦しい点もござりましょうが、どうぞ、今宵限りのものと割り切り、寛大なお心で目にして頂ければ幸いに存じます」

 が後ろに控えた楽団に視線を送り、OKの意味で、持っていた棒をトン、とつく。
 一斉に、音楽が鳴り出した。






「素晴らしかったですよ」
「パーシヴァルさん…ありがとうございます」
 全てが終わり、お役御免となったは、ブラス城の食堂で、軽く飲み物を咽に入れていた。
 踊りが終わり、汗だくだったのですぐに入浴し、咽の乾きを癒す為にここへ来たのだが…パーシヴァルと出くわしたのは、ちょっと驚いた。
 食事など、本来なら到底、しようもない時間だったから。
 となると……パーシヴァルがここにいる意味は、おおよそ一つ。
「私に、何か御用ですか?」
 仕事の話でしたら、出来れば翌日持ち越しにして頂きたいのですが、とリンゴジュースを飲みながら言う。
 パーシヴァルは首を横に振り、『仕事じゃない』 と告げた。
「単純に、君の踊りに感動しましてね、言葉を伝えに来ただけですよ」
「あはは、ありがとうございます」
「あんな凄い踊り、どうやって覚えたんです?」


 目をつぶるだけでも、その情景が浮かんでくる。
 戦っているような、触れると切れてしまいそうな鋭利さと共に、挑戦するような、威嚇するような瞳。
 トランの民族衣装が、の動きを追ってはためき、しなやかな四肢は、空気の流れの如く。
 美しいが、近寄りがたい荘厳さ。何度でも見ていたくなる。


 パーシヴァル自身は、そう民舞に興味があったわけではないのだが、の舞いは、いくらでも見ていられると思った。
 彼女はパーシヴァルに苦笑いをこぼしながら、説明した。
「あれ、トランの式典用の踊りなんですよ。大統領の前で踊った事もあるんです。棒術の修行で、よくやったんで」
「修行で?」
 舞いと修行…どうも接点が見つからない。
 彼の不思議そうな視線に、彼女はクスクス笑った。
「ほら、剣術だって色々型があるじゃないですか。アレと同じで、棒術にも型があるんですよ。棒術って、舞うように戦うと、相手にとって意表をつく形になったりするんで…」
「成る程…。何にしろ、私達はトランの大統領が見るような舞を見たのですね。これは得した」
 確かに、と二人で笑いあう。暖かな空気が、流れた。



「おい、パーシヴァル」
「ああ、ボルスか」
 食堂から出たパーシヴァルを迎えたのは、いくぶんかニヤついているボルス卿。
 どうも、とのやりとりを、ある程度見られていたらしい。
「覗き見とは趣味が悪いな」
「誰も覗き見したとは言ってないだろうが。…まあ、似たようなもんだが」
 素直というか、なんと言うか。クツクツと笑ってしまう。
「…彼女に深入りするのは、止めといた方がいいぞ」
「………深入り、か」

 言われずとも、一線は引いている――つもりだ。
 パーシヴァルは、に好意を持っている。
 だが、彼女は両親を探すため、一時的に行動を共にしているだけで。
「…わかってるさ」
「ならいいんだけどよ」
 ボルスの呟きに、『頭ではな』 と付け加えたのは、彼だけの秘密である。


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続いてます、ええ、続いてますとも(泣)。まだ続いてしまいます、スミマセン…あぅぅぅ。
2003・4・5
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