英雄の子 2






 まだ夜も浅い時間に、はふと目を覚ました。
 パーシヴァルに案内されてから、部屋のベッドに少し横になって休もうとして――そのまま眠りに落ちてしまったらしい。
 彼女は頭を軽く振って、乱れた髪を撫で付ける。
 旅に出て以来、随分と荒れてしまった髪の毛だが、綺麗な濃紺色のそれは、美しさを失ってはいない。
 それを軽く束ねるとベッドから下りて、室外へと出る。
 新鮮な空気を吸いたくなったのだが、残念ながら城の中では無理らしい。
(…まだ、外のお店もやってるかな)

 小銭だけを持って、城の外――といっても、商店街だが、そこを目指して歩く。
 深夜ではないが、店がしまっていてもいい時間なだけに、灯りが点いているのは、ごく僅かなのみ店だった。
 昼にシチューを食べた店がまだ営業しているようだったので、足を向ける。
「ごめんなさい、まだやってます?」
「はいはい、ご注文は?」
 店のおかみさんが愛想良く相手をしてくれる。
 はアイスティーを受け取り、お代を払うと、何の気なしにグラスランドに向かう橋の上へと歩いていった。
 橋の手すりに寄りかかり、空を見上げる。
 その土地によって、見える星の位置が違う。
 グレッグミンスターでは余り見えなかったものが、ここでは良く見えたりして。
 いっぱしの旅人になったつもりはないし、家が近くにないというのは、まだまだ不安だ。
 出掛けにグレミオが「定期的に戻ってきてくださいね!」なんて言っていたけれど、グラスランドまで来てしまうと、そうそう戻る事はできない。
 とりあえず、この地で両親を探してみて、それでもダメなのだったら――
 一度は戻る事を考えねば。
 案外、ひょっこりとグレッグミンスターに戻っている事も考えられるし。
 ここには、生まれた地の風も、匂いもない。
 愛国主義者という訳ではないが、グレッグミンスターは自分の父が<解放>した国だ。
 思い入れは、当然ある。
(……お父さん、お母さん……)
 こくん、と紅茶を飲んだ。
「こんな時間に、お1人とは…少し無用心ですね」
「っ……!?」
 突然後ろから声を掛けられ、思わず棍棒に手を伸ばそうとして――スカった。
 そういえば、武器は宿に置いて来てしまったんだった…。
 だが、声をかけた人物を認識し、無駄な警戒だったと踏む。
「えと、パーシヴァルさん、でしたっけ?」
「覚えてくださっていたとは、光栄です」
 それにしても――鎧を脱いでいるだけで、随分と印象が違うものだ。
 軽装な彼の姿には、騎士の――なんというか、物々しさというものはなく、どちらかというとスポーティーな感じすら受ける。
 は一礼しようとして、手にもったお茶が零れそうになったのに気づき、慌ててコップだけを水平にした。
 くすくすと、笑い声が聞こえる。
 ……栄えある六騎士の人に、笑われてしまった……。
「別に、普通でいてくれて構わないんですよ?」
「いえ、良く知りもしない方に、無礼を働く訳にはいきませんから」
 見た感じでは、16、7程度だというのに、随分と――何というか、いわゆる上流階級的な身のこなしだ。
 パーシヴァルは彼女の肩を軽く叩き、お辞儀をやめさせた。
「どうして、こちらへ」
「夜風に当たりに。それに、喉渇いてしまいまして」
「そうか…あ、いや、失礼」
 思わず敬語が抜けてしまい、謝るパーシヴァルに、は微笑んだ。
「敬語なんて、使わなくても結構ですよ?」
「だが――いや、そういう訳にもいかないでしょう」
 律儀なんですね、とくすくす笑うは、とても1人で旅をして渡るような人間には見えない。
 試験でボルスと戦った少女だなんて…一見では絶対見えないはずだ。
殿、どちらにするか、お決めになりましたか」
「騎士団へ入るか否か――ですね」
 アイスティーの最後の一口を飲み、そのコップを手で覆うようにして持つ。
 パーシヴァルが気を利かせて、近くを歩いていた兵士に、そのコップを商店の女将に返すよう指示する。
 ありがとうと、少し申し訳なさそうにがお辞儀した。
 2人で、橋によりかかりながら、話を続ける。
「……入った方が、情報は――耳にしますよね」
「そうですね、このブラス城は、グラスランドとゼクセンの中間程にありますし」
 ……だが、騎士団見習い程度とはいえ――いいのだろうか。
 自分は、この国のことを全く知らないというのに。
 騎士団の人たちに、迷惑を掛ける事にはならないだろうか――。
「それに、トランの英雄の娘である貴方に、クリス様の力になって頂ければ――」

「その呼び方、止めてくれませんか」

 今までとは違った、硬質な声。いや、冷たいと称してもいい。
 パーシヴァルは直感で、彼女の触れてはいけない部分に触れてしまったのだと知った。
「申し訳ありません…、殿…何か――」
「…ごめんなさい、私――ダメなんです<英雄の娘>って言われるの」
 英雄の娘。
 そう呼ばれる事の苦労など、判りはしないだろう。
 英雄の娘だから―――その言葉の重み。
 真の紋章を持つ父、その紋章と誓いを交わした母。
 その娘だから、稀有な力を持っているはず。
 いや、持っていなくてはならない。
 口にしないだけで、誰もがそう思い、そして、の力を求めた。
 ソウルイーターや紫魂の紋章の何かの力を、継いでいるという事はない。
 ただ、その身に生まれながらに宿した魔法力は、人々の賞賛を浴びるには充分たる物なのだが。
「自分の両親が――伝記や伝説として伝えられるって…子供にとってはプレッシャーだったりしますよ、結構ね」
「……確かに、英雄という名をつけられた人間は、例外なく苦労するみたいですね。クリス様も――そうですし」
 銀の乙女。ゼクセンの英雄。
 そう呼ばれ、彼女も彼女なりに苦労しているのだろう。
 父と母が、その名を毛嫌いしていたように。
 は、クリスの力になれるものなら、なってあげたいと思った。
「ご両親は――どうして家を出たんです?」
「多分、私のことを思って――でしょうね」
「??」
「パーシヴァルさんだったら――実の娘が自分の年齢を追い越すの、耐えられます?」
 ふむ、と顎に手を当てて考える。
 愛する人との子供――その子供が、自分の年齢、いや、見た目だから容姿だろうか。
 それを追い越して、年老いていく――。
 想像もつかないが、……苦しいだろう。
「私でしたら、……そうですね、やはり…辛いでしょう」
「両親が旅に出たのって、もう――結構前で。私はそんな事どうでもよくて、一緒に…居て欲しいと思うのに」
 本当は。
 どんな状態であれ、両親がいて、笑っていてくれさえすれば、にとっては充分なのだ。
 ただ、自分の両親からすると――子供の枷になるようで、嫌だったんだろうけれど。
 年齢をつまない、若いままの自分たちが。
 少ない時間ながらも、に教えて貰った事は、しっかり彼女の中に根付いている。
 大事な親。
 会って、何かを変えようと思っている訳ではなかったけれど――。
「会って、どうなさるんですか?」
 パーシヴァルの問いに、彼女は空を仰いで――微笑んだ。
「会って……会って、言いたいんです」
「何を―?」
「…貴方達の娘は、愛情いっぱい貰っ、生きてます。生んでくれて、ありがとうって」
「………」
 変ですかね?とパーシヴァルを見て微笑むのその笑顔が、彼をはっとさせるほど美しく――いや、可愛らしくもあり。
 思わず、息を呑んだ。

 ああ――彼女は――。

 何故、英雄の娘と呼ばれ、怒るのか…パーシヴァルには理解できた。
 きっと、彼女にとっては両親は両親。
 ただ、自分の親であるだけ。
 英雄の娘と褒め称えられる事――。
 それは、両親が<英雄>として見られているからに他ならない。
 はそれがきっと、凄く嫌なんだ。
 真の紋章を持ち、<英雄>と呼ばれ、嘲笑と羨望の渦に飲み込まれ、苦労している自分の両親を――傍で、見ていたから。

 英雄じゃなくても、私は父さんと母さんを誇りに思っている。

 そう、彼女の強い意志を秘めた瞳が言っている気がした。

「…強いですね、貴方は」
「栄えある六騎士のお一人に言われるとは、光栄に存じます」
 くすくす笑いながらパーシヴァルを見る。
「貴方のような方に、是非、私の――…」
 いきなり言葉を切った彼に、は不思議そうな顔をして、パーシヴァルを覗き込んだ。
 首を横に振ると、改めて言葉を告げる。
「是非、クリス様のお力になって頂きたい」
「私にとって、不利益はないし?」
「そうですね」
 はパーシヴァルに背を向けて、思い切り息を吸って――吐いた。
 自分が――今一番成すべき事を、考えて。



 翌日、サロンにはクリスをはじめ、六騎士達が集まっていた。
「今日の集まりは一体なんなんだ?」
 レオが、いきなり呼び出されたらしく、少々不機嫌そうに言うのをさえぎる様に、クリスが笑った。
「まあそう怒るな。ちょっとした儀式みたいなものだ。内々のね」
「あ、来たみたいですよ」
 ルイスが幾分かワクワクしながら、サロンの入り口を示す。
 こつこつと二度ほどノックの音がし、暫くして、ゆっくりとその扉が開いた。
 パーシヴァルが気取られぬよう、口の端を少しだけ上げる。
 凛とした雰囲気をもつ少女が、その場に立っていた。
 つかつかと歩き、クリスの前に立つ。
 後ろでは、メイド達が出て行きがてら、扉を閉める。
「…、良く、考えたの?」
 クリスの言葉に彼女は素直に頷いた。
 は腰に備えていた棍棒を右手に持って床に突くと、片膝を立て、クリスの膝元にかしずいた。
「トラン共和国、マクドール家当主息女、・マクドール。これより、ゼクセン騎士クリス様の元、暫しの間、従者とさせて頂きたく思います。我が術と力、微力なれど、お力添え出来れば幸いです」
「………」
 ……こういう少女から、こんな言葉が出て来るとは。
 ルイスなんて、目をパチパチさせている。
 クリスは気づいたように頷くと、彼女の肩に手を置いた。
「堅い挨拶はヌキにしましょう。…あなたを仲間に迎えられて、嬉しく思うわ」
 は微笑み、立ち上がると他の六騎士に向かってお辞儀をした。
「これから、宜しくお願い致します!」

 パーシヴァルは、笑みを深めて
「楽しくなりそうだな」と、呟いた。




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……ど、どこがパーシィ夢…騎士夢ですかこれ。
前もそんなことを言ってましたけど…。設定夢くさー。
これから頑張ります…はい…(撃沈)
バーツのと違う性格くさいですが、お許し願います…;
2002・9・28
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