英雄の子 ゼクセン領、ブラス城。は、そこにいた。 早く休みたかったのだが、着いたばかりで、しかもまだ日中。 眠るには早すぎる。 グラスランドへ入ってからこれまで、休みなんてとっていなかったので、さすがに足も気だるくなりつつあって。 さほど旅慣れているともいえないから、仕方ないのだが。 グレッグミンスターの家では、お手伝いといっても大したことがあるわけではなかったし、トランとデュナンの外交は、かなり上手くいっていて、道すがら問題なく。 ある程度の強さを保持する彼女にとって、一番の敵は盗賊や強盗ではなく、岩のゴロゴロしている山道に他ならない。 カレリアからの山道で、何度転がり落ちそうになった事か。 ともかく宿に荷物を置き、街に出る事にした。 …おなか、すいたもんね。 「おばちゃん、シチューお願いしまーす」 「はいよー」 注文を済ませ、物を受け取り、空いているテーブルにつく。 外で食べるようになっているので、道を通る人なんかを目にして食事するのだが。 見事に、騎士ばかりだわ。 グラスランドの人が<鉄頭>なんて形容をしていたけど…確かに。 ウワサにある、白銀の乙女クリスや、六騎士と呼ばれる彼女直属の騎士達は、そういうカブリモノをしていないらしいが…。 多分、戦術効果もあっての事だろう。 顔を見て、その人物がクリスや六騎士の誰かだと判れば、戦意を失うものもいるだろうし。 そんな事を考えながら、食事を進める。 ……やっぱり、グレミオのシチューが一番かな。 家を恋しがってるわけじゃないけど。 ……ああ、私、誰に弁解してるのかしら。 は一人、眉間にしわを寄せた。 「ご馳走様でした。…さてと、それじゃ、探しましょうか」 よっと立ち上がり、適当な人を捕まえては、聞き込みをする。 の旅の目的は、自分の両親を探す事。 トランの英雄、・マクドール。 その妻にして、彼の持つ真の紋章に愛された、・マクドール。 そう、はトランの英雄の娘。 ある日突然いなくなってしまった両親を探しに、彼女は一人、育ての親であるグレミオの静止も聞かずに飛び出した。 それもこれも、一枚の手紙が原因で。 つい半年ほど前、両親から報告のような形で、手紙が送られてきた。 父:今、グラスランド辺りをフラフラしてる。 母:炎の英雄っていうのがいるみたいだから、ちょっと会って見たいかも。 という訳で、は一人で旅をしてきた。 六ヶ月前までは山一つ越えるのにも決死の覚悟だったが、今ではそこまででもなくなったし。 今の姿を両親が見たら、たくましくなったと言ってくれるだろう。 「………相変わらず収穫なし…」 グラスランド辺りにいる。 そう手紙をよこしてきたのは、大分前の事。 もしかしたら…もう既に移動しているかもしれないが、がすがれるものはこれだけで。 道行く人に聞いても駄目なのであれば…もう少し、立場が上の人を目指すべきか。 例えば。 「…騎士団長、とか」 クリスは今、武術指南所に、六騎士と共にいるらしい。 これは好都合。 「……なんだろう」 やたらと人が集まっている場所に目を引かれ、そこへ行ってみる。 武術指南所だ。 「…あの、失礼しますー」 「ああ、駄目駄目!!」 人ごみを掻き分け中へ入ろうとすると、近くにいた騎士が彼女を止めた。 「今、整理してるところなんだ。悪いが…」 ……なるほど。並べ、と。 よくよく見ると、人ごみかと思ったそれは、きちんと整列していた。 ちょこん、と最後尾に並ぶ。 とにかくクリスに会って話をしなくては、ここでの目的は果たせない。 さっきの騎士が、最後尾にいるを見て驚きの表情を向けるが、並んでいるのだから、文句はなかろう。 それにしても、どうしてこんなに……人だかりが。 いつもこうなんだろうか。 結構長い時間待っているうちに、やっとの事での番が回ってきた。 ………あれ? 「ん?どうした。名前を名乗れ」 金髪の若い騎士が、に声をかける。 慌ててお辞儀をしながら、自己紹介をした。 「・マクドールです」 「武器はどれを使う。剣か」 ……あれれ? 「あの、クリス様は……」 「クリス様にお会いしたければ、俺を倒すんだ。俺は六騎士の一人、ボルスだ」 な、なんで六騎士と戦わなければいけないのか。 騎士団団長に会うためには、戦う必要があるのだろうか…。 仕方なく、彼女は収めていた棍棒を取り出した。 カシン、と二つ折りになっていたものを一本にする。 「棒でいいのか」 「ええ、まあ…」 頷くと、周りをぐるりと囲んでいた騎士のうちの一人が、大声を張り上げた。 「これより、・マクドールの試験を行う!はじめ!!」 試験?? そんな言葉に気を取られていた一瞬に、ボルスが剣を振りかざし、攻撃してきた。 棒で攻撃を受ける。 ジィン…と、手がしびれる思いがした。 流石騎士だけあって、力もスピードも相当なものだ。 とにかく、ボルスを倒さねばクリスにはあえないらしいと判断し、自分も棍を使って相手を攻撃していく。 「くそっ……」 ボルスがうめく。 まだ少女なのに、このスピードはどこから来るんだろう、とボルスは思う。 真剣な瞳は、そこらの兵士より厳しいものがある。 「チィ!!」 舌打ちをしつつ、力押しで彼女の持つ武器を弾き飛ばす。 「……参りました」 弾き飛ばされた棍棒を手にとり、一礼する。 ボルスも礼をした。 ぱらぱらと回りから拍手が起こり、いつのまにか大合唱になる。 「お前、どこで技を習ったんだ?」 「…それより、クリス様にお会いしたいんですけど」 少しも息を乱さぬ様子で、ボルスに問うと、横にいたもう一人の騎士らしき人物が、ついて来いと示す。 は一礼すると、素直にその人についていった。 連れてこられたのは、応接間のような所。 余りキョロキョロするのも失礼にあたるのではないかという事で、なるべく視線を泳がせないようにする。 「少しここで待っていてくれ、今、クリス様をお連れする」 「ありがとうございます。…あの、失礼ですが、お名前は?」 「パーシヴァルと言う。それでは、少し失礼する」 「どうも」 パーシヴァル…という事は、彼も六騎士のうちの一人だろう。 町で聞いたウワサでは、確かそうだ。 ふかふかの椅子に座り、とにかく待つ。 ……そういえば、こういう椅子に座るのも久しぶりだ。 窓の外の風景は、相変わらず快晴の青。 その土地によって見える青色も微妙に違うものだが、やはり自分の一番好きな色は、グレッグミンスターの青色。 同じ国でも、ゼクセンとグラスランドでは、見え方が違う気がした。 ガチャ、と音がし、扉が開く。 思わず振り向いたそこに、先ほどのパーシヴァルという騎士と……銀の乙女、クリスがいた。 立ち上がり、一礼する。 クリスが手を払い、の後の言葉をさえぎった。 とりあえず、座れという意味らしい。 とは正面向かいになるよう、クリスが座る。 パーシヴァルは、その横に立っていた。 「お前が、やたらと強いという騎士希望者なのか?」 「…………あの、私…希望した覚えはないんですが」 突然訳の判らない事を言われ、小首を傾げる。 クリスとパーシヴァルも、驚いていた。 「先ほど試験でボルスと戦ってたじゃないか」 パーシヴァルにそう言われ、ポン、と手を打つ。試験と言っていた、確か。 ……という事は、もしかしなくても、入団試験で戦わされたのだろうか。 「うわ、違うんです!私ちょっとクリス様に聞きたい事があって…それで、あの…とにかくスミマセン」 「まあいいさ、で、私に何の用事だったんだ?」 「ええと……」 は、クリスに両親を探しているという事を告げた。 普通の探し人ではないから、もしかしたら――ウワサぐらいは届いているかもしれないと。 騎士団というのだから、情報は一般市民よりも多いと思っての事だった。 「成る程な、…所で、貴方の名前は?」 「あっ、スミマセン!!」 自己紹介していなかったことを思い出し、深く一礼して、名を名乗る。 「私、・マクドールと申します。父は・マクドール、母は・マクドールです」 ファミリーネームと、父親の名前を聞き、パーシヴァルが反応する。 彼には、聞き覚えがあったのだ。 「もしかして…トランの英雄でしょうか?」 「……世間に、そう言われる事も少なくないですね」 幾分かの声色が変わったのが気になったが――クリスの話でその意識はそがれる。 「あぁ、私も名前は知っている。…そう、それで旅をしているのね」 こくり、頷く。 だが、ゼクセン騎士団の聞き及ぶ限りで、トランの英雄がこの地に現れたとの情報はない。 残念だが、彼女の求める情報は現在この場所にはないようだ。 「そうですか…」 がっくりと肩を落としてため息をつく彼女に、クリスが「申し訳ない」と謝罪する。 「いいえ、クリス様が謝る事ではないです」 寂しそうな微笑を湛え、手を振った。 パーシヴァルもクリスも、どうにかして協力してやりたいとは思ったのだが、如何せん自分たちは騎士であり、ゼクセンを守る壁。 機動力はあるが、それを個人的な事で使う訳にもいかない。 ……だが。 「、貴方は強いとパーシヴァルから聞いている。どうかしら、貴方さえよければ、ここを拠点にして、ご両親の所在を探しては」 「え?」 クリスの申し出は、にとっては物凄く意外な事だったが、現役騎士と張り合う程の力の持ち主であれば、上の者に、仮に騎士見習いと言っていても、問題はないだろう。 「私が、騎士に、ですか?」 「仮によ。騎士として振舞えと強要もしないし、その規律に従う事も必要ない。少しだけ、私達を手助けしてくれれば」 彼女の申し出は、願ってもない事ではある。 が、いきなり結論を出せといわれても困ってしまう。 何しろ、騎士がどんなものかなんて、トランの騎士団を見てしか言えないし。 「…あの、少し考えさせて貰ってもいいでしょうか?」 「ええ、今日は下の宿舎に泊まるといいわ。話をつけておくから」 ありがとうございます、と一礼して、立ち上がった。 パーシヴァルに案内をさせ、クリスは自分の執務に戻る。 「ここが宿舎だ。何か分からない事があれば、気軽に私に声を掛けてくれ」 「ありがとう。それじゃあ…」 送ってくれたパーシヴァルに丁寧にお礼をいい、 背を向けて宿舎へと入っていった。 「…おい、パーシヴァル」 「ボルスか……」 後ろから声を掛けれ、少しだけ振り向くと、そのまま階段を上ってサロンへと向かう。 クリス様から、もしかしたら既に話が行っているかもしれないが――一応、サロメ殿にも報告した方がいいか。 そんな風に思い、ボルスもその横で一緒に歩き始めた。 「…さっきのとかいう奴、どうした」 「気になるのか?…さぁな、騎士見習になるか、それともまた旅を続けるか――」 どっちがいいかは、明確だった。 ボルスもパーシヴァルも、彼女がここにいてくれたら、クリスのいい話し相手になってくれるだろうと思っているから。 「どうなるかは、明日の彼女次第、だな」 パーシヴァルが髪をかき上げながら、呟いた。 ------------------------------------------------------------- …これって、騎士夢??(汗) パーシヴァル夢のつもりだったんですけども…。あんまり出てなくてスミマセン 次回は少しソレっぽいかもしれないですが…頑張ります…;; 2002・8・28 back |