いつかの日の為に




 たった一つ。そう、たった一つでいいんだ。
 今の自分を変えようとする、きっかけという奴は。


「雨、止まないね…」
 が呟きながら、窓の外を見やる。
 窓を叩きつけるように降り続く雨は、当分止みそうもない。
 ナッシュも外を見やり、そうだな、と小さく答えた。

 ハルモニアから、デュナン国へと向かっている二人。
 後は湖を越えていけばいいというだけの所で、運悪く大雨に降られてしまい、
 現在、仕方なくレイクウェストの民家で雨宿り中。
 ちなみに、この民家に主はいないらしく、村の人間に言って仮宿とさせてもらっている。
 宿屋も人が一杯らしかったので、こっちにいるのだが。
 時たま、台風のような豪雨がこの地方を掠める事がある。
 丁度それに当たってしまって、船すら出せない状況下。
 今までずっと根を詰めて歩いてきた二人にとっては、とらえようによっては休息、になるかもしれないが。
「雨止んだら、デュナンのどこ行くの?」
 は視線を窓外から外さないまま、ナッシュに問う。
 元々、彼がデュナンに行く、と言い出したのだ。
 言い出しっぺだけに、何か理由や目的があるに違いない。
「デュナン国だよ。拠点」
「そっかー、…なんか、懐かしいなー」
 懐かしいと言う程、ずっと離れていたという訳でもなかろうに。
 …そういえば、彼女はデュナン統一戦争に加担していた事もあったとか。
 その辺のいきさつは詳しくは聞いた事がないが、
 少なくとも自分と旅をし始める前の事。
 色々あったのだろうと、ナッシュは一人で納得していた。
「デュナンで、何するの?ササライさんのお願いで来たんでしょ?」
「お前なー、ササライ様の事を<さん>付けってのは…」
「だって、実際私の上司じゃないもん」
 そりゃそうだがね。
 ため息をつきつつ、彼は備え付けのベッドに腰掛けた。
 は相変わらず、窓の外を見ている。
「ま、ちょっとした調査さ」
「そっか、じゃ、極秘だね」
 もっと追求されると思っていたナッシュは、少々拍子抜けした。
「クライブもね、あんまり色々教えてくれなかったんだよ、興味凄くあったのに」
 ――クライブ。
 そういえば、奴も二つの戦争に加担していたと知らされている。
 追っていた人物との決着がどうついたかまでは知らないが…。
 だがともかくが<吼えたける声の組合>について、無知ではないと言う事が知れた。
 ナッシュがそこに所属していた事がある事も知っているので、任務についての口の堅さは認識しているのだろう。
 どうしても知りたくなったら、無理やりにでも口を割らせるだろうが。
、向こうに着いたら――どっか行きたい所、あるか?」
「え、そだね。お城がどうなったかは見たいし…それに、あとね…うーん」
「なんだよ」
 ちょっと困ったような、いい難そうな表情でナッシュを見たかと思うと、意を決したように、口を開く。
「トラン、行きたい」
「ト、トランだって!!?」

 言うに事欠いてトラン共和国!?
 明らかにデュナン国の国境を越えてるじゃないか!!!!

 ナッシュの心の叫びが分かったのか、(実際顔に出ていたのだが)は小さく笑んだ。
「無理ならいいって。元々期待はしてないし」
 トラン共和国…デュナンとの交易も盛んになりつつある国。
 そして、彼女の出身国――でもある。
「一応聞くが、何で戻りたい?」
「…うん、ちょっと、ね」
 言葉を濁される。……気まずい。
 それというのも、の雰囲気が、出会った頃と非常に似通った――哀愁すら帯びた空気をかもし出していたから。
 こういう時、いつもアイツの事を考えている。

 トランの英雄。

 ナッシュは内心深くため息をついた。
、俺といるの、苦痛か?」
「え、なんで??」
「…俺の事、ちゃんと見てくれてない気がするから」
 あぁ、嫉妬。
 だが、彼女は不思議そうに首をかしげた。
「ちゃんと見てるよ。どっちかっていうと、見てくれてないのはナッシュの方じゃない?」
「ど、どこが!!」
「知ってるんだから、シエラの事まだ考えてたりするの」
 ………。
 思わず、止まる。
 この期に及んで…だが、いや、正確に<お付き合いしてください>とは言っていないから、誤解されっぱなしでも、文句は言えないんだけども。
 確かにたまに電撃オバ…いや、シエラの事考えてたりするけども、それは、と同じ、真の紋章の使い手だからであって――あいつなら苦労もわかるんだろうな、程度で…。
 ナッシュは結局それが、言い訳にしかならない事に気づいた。
 シエラの事を考えているというのに、間違いはなかったから。
「そりゃ、あいつは人の血を吸って勝手にいなくなったりしたから――記憶が鮮烈で思い出すは出すけどさ…」
 …これじゃ、の<英雄>に文句は言えないなと、頭の隅で思う。
「じゃあ、私も同じように突然消えたら、ナッシュは忘れないでいてくれる?」
 血は吸わないけど。
 くすくす笑いながら――でも、どこか、その言葉はナッシュに緊張を与えた。

 忘れないでいてくれる?
 忘れるつもりなんてない。
 消えたら――なんて、言うな。
 まるで、本当にいなくなってしまうみたいじゃないか。

 自分はを留めておけるだけの、楔を持ってはいない。
 ある日、シエラのように消えてしまっても、
 トランの英雄の所へ行ってしまっても、ナッシュには探し出せるほどの力はない。
 文句を言う、筋合いもない。
 それは――失敗するのが怖くて、楔を打てないでいるから。
 大切な人を作って、もし――また、ザジのような奴が現れて、彼女を傷つけたりしたら……。
 考えるだけで、寒気が走る。
 ハルモニア神聖国とは、そういうものだ。異端を吐き出す。
 は、<異端>ではあるが、もしかしたらハルモニアに望まれる人材かもしれない。
 自分の上司が真の紋章使いであるから、彼に見初められて、過剰な心配では在ると思うが、神官将にまで上ってしまったりしたら?
 自分は、彼女と引き離される。そんなのは、ごめんだ。
 ハルモニアに長く滞在したくないのも、そういう理由があっての事で、さっさと依頼を受けたんだが。
「ナッシュ、ナッシュ??どしたの」
「え、あ、いや…」
 一人で随分と考え込んでいたらしく、心配したが声をかけてきた。
 ナッシュは「なんでもない」といつものように軽く流そうとして――止まる。

 今は一言でいいんだ。
 それが、今一番自分に必要な言葉。

、消えたりなんて、しないでくれ」

 切ないくらいの音を秘めて、彼の口からこぼれた言葉。
 は驚きの眼差しを向け――それから、ゆっくりと微笑んだ。
「消えたりしないよ、私、ナッシュが――」
「俺が……?」
 そのまま言葉を続けようとして――は一度言葉を切った。
 考えるように空を仰ぎ、それからまたナッシュを見やる。
「大事だから、とても」
「大事、ねぇ…」
 不満らしい表情。
 だが、今はこれでいいのかもしれない。
「俺も、が大事だよ」
 立ち上がり、彼女をひょいっと抱きかかえて、ベッドに座る。
 驚いて視線をかち合わせた彼女は、ほほを紅色に染めていた。
 ナッシュはその赤くなった頬に触れて、微笑む。
「デュナンの仕事が終わったら…トラン、行くか」
「え、いいの??」
「ああ。グレッグミンスターの、お前の住んでた家、見てみたいしな」
 ぱちり、と片目をつぶる。
 表情が艶っぽくて、は目をそむけた。
 瞬間に、ナッシュの唇が彼女の頬にそっと触れる。
「!!!?」
「旅賃って事で」
キスが旅賃!?
 は唖然とし――直ぐに笑顔に戻った。
 ナッシュは優しい。
 いつか、言葉に出来る日が来るのだろうか。
 互いの想いを。



 でも今は、まだこれで十分。
 大事だから。それだけで。
 自分を変えられる。今までよりもっと。


 その後、無事にグレッグミンスター、マクドール家へと辿り着いたナッシュと
 はグレミオやクレオ、パーンから熱烈な歓迎を受け、対してナッシュ、同三名から、熱烈な攻撃を受けたとの事。

「坊ちゃんの彼女に何をしようってんですか…あの男は…」
 グレミオがそう呟き、ナッシュのシチューにのみ、なにやら怪しい調味料を使っていたというのは、秘密である。




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お、落ちてなくてすみません!!!本筋も何もあったもんじゃありませんね;;
80000キリ、セレナ様リクの、外伝ナッシュでした。
外伝=若いナッシュ、って事で…。付け加えると、ザジとの件の直ぐ後位の話です。
こんなんしか書けなくてスミマセン;;今後とも、どうぞよろしくお願いいたします〜。
2002・9・15
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