旅人恋歌





 はナッシュに、全てを話した。
 自分の紋章が、ソウルイーターのそれとつながりがある、裏の紋章と呼ばれる物である事を。
 自分が、不老である事まで。
「成る程ねぇ。じゃあ君のその<紫魂の紋章>は…絶対愛の証みたいなもんか」
 彼女の右手を見ながら、そんな事を思う。
 不老になってもいいいという程の、強い繋がりを持つ男…。
 なんとなく、羨ましい。いや、嫉ましいのか。
 彼女にそこまで想われているという男が。
 トランの英雄だというから……申し分ないのかもしれないが、彼女は<英雄>を好きなのではあるまい。
 そう思うと、尚更……。
 会ったばかりだというのに、相変わらず心境の変化が早いなと、ナッシュは自らを叱咤した。
 ホレっぽいのは、自分自身が一番よく知っているらしい。
「…とまあ、そういう訳でして。判った? 私と一緒にいると、危ないの。だから一緒に旅なんて――」
「そういう事なら、尚更一緒に行かないとな!」
「…なっ、なん……」
 何故に突然、そいういう事になるのだろうか。
 何を考えているんだと、思い切り怪訝な表情を向けるが、そんなものは意にも介さない様子だ。
「私の紋章に、命吸い取られるかもしれないんだよ!?」
「大丈夫だって、俺、そんなにコロっと死ぬように見えるか?」
「…案外しぶとそうかも…って、そうじゃなくて!」
 イライラしつつ、苦笑いをこぼして叫ぶの口元に、ピッと人差し指を押し当て、微笑むナッシュ。
 その表情に、一瞬胸が跳ね上がった。
 顔……近づけすぎ……。
「OKしないと、このままキスするぞ」
「っ!?」
「どうする?」
 うぅーと唸っていると、ナッシュが更に顔を近づけてきた。
 ホントにくっついてしまいそうで……少し腰を引きながら、慌てて頷く。
 向こう様の思うツボなのは判っていたのだけれど、どうにも上手く逃げられず…。
 こういうのに、余り免疫がないからかもしれない。
 ……タイプ的には、シーナに通じるものがあるか。
「じゃあ、これからよろしくな、
「う……うん」
 いいのだろうか。
 完全に相手のペースにはまってるけど…。
 そんな事を考えながら、頷いてしまった事実にため息をつく。
 今更考えた所で、後の祭りで、どうしようもないのだが。
 …強引な所は、どこかの誰かを連想させた。



 こうして、ナッシュとは一緒に旅をし出した。
 一緒に旅をするという事については、その後に何も問題がなかった。
 ナッシュがクリスタルバレーに大事な用事があるとかで、ゆっくり目ながらも進んでいる、という意味では変化があったのだが、それ以外には何もなかった……のだが。
 唯一つの問題というか、誤算は…彼との旅が彼女にとって予想外に楽しいものだという事。
 どこまで本気か判らない人だったけれど、に見せる気持ちは曇ってはいない。
 彼といると、凄く楽しくて、自分がなんなのか――なんて、考える余地もなかった。


「クリスタルバレーまでは、まだあるの?」
 が腰に装備したバッグの中から、飲料水の入った小さな容器を取り出し、喉を潤す。
 少し前を歩いているナッシュに渡すと、彼もその水に口をつけた。
 口元をぬぐって、自分達が進む道を改めて見る。
 適当に整備はされているが、山道には違いない。
 ティントの山間を越え、グラスランドへ向かう道は……はっきりいって、険しい。
 旅なれているとはいえ、根本的な基礎体力がナッシュより劣っているは、ちょっと大変な思いをしていた。
 荷物目当ての野盗と戦いながら、山越えというのは…かなりの苦だ。
「そうだな、ここを下りたら、グラスランド領に入る。そっからまた、三週間ぐらい歩けばカレリア……ハルモニア領だな」
「…先の長い話ではあるね」
 ぷぅ、と息を吐きながらも歩く。
 ……そういえば、なんでいきなりハルモニアへ行くと言い出したのだろう。
 は彼がそこへ行きたがる理由を、全く知らなかったのだが……一緒に旅をし出して、既にお互いを知るには十分な時間が経過している。
 同盟軍がハイランドを負かすまで、出会ってから二人して、兵士から逃げ回っていた事もあり、何の理由もなく長距離を移動する人物だとは思わない。
 それ故に、文句も言わなかったし、旅を止めようとも思わなかった。
 ナッシュの傍にいると、色々あって楽しかったし。
「荷物、持ってやろうか?」
「大丈夫、大したもんじゃないしね…後もう少しだし。がんば…っとと!」
「あっ!」
 が小石に蹴躓き盛大に転び―――そうになったのを、ナッシュがとっさに支える。

 ぷにゅ。

「………」
「………」

 ナッシュは、を支えた。
 左手で肩を。
 ……そして右手を何故か

 胸に。

 直ぐに離せばいいものを、ぷにぷにとその感触を確かめていたりするから……。


 ばちーーーん!

 山々に、平手打ちのステレオな音が響いた。

「ってぇーーー!!」
 涙目になるナッシュ。
 は恥ずかしさと憤慨で真っ赤になりながら、ちょっと目に涙をためている。
 彼を突き飛ばすと、鋭い視線で睨み付けた。
「わざとでしょ!! なんで片方が肩で、もう片方が胸なのよ!!」
「じっ、事故だよ事故!!」
「じゃあなんで、もっ……揉むの!!!」
 照れながら叫ぶに、ナッシュはスラリと答える。
 当たり前だろ?ってなカンジに。
「やわらかかった、から」
「…や、やわらかけりゃ何でも揉むのかぁっ!!」
 紋章を使いそうな勢いのに、さすがにマズイと思ったか…。
「ごめん」
 素直に謝る。
 毒気を抜かれそうになるも……。
「ニヤつくなーー!」

 びたーーーーん!

 ……二度目の平手打ちが、炸裂した。

「バカー!エロー!!ドスケベーー!!」




 山を下りきり、下りて直ぐの宿で一晩明かす事にする。
 部屋数が少ないらしく、ナッシュと同室になってしまったは、かなりご機嫌ナナメだ。
 ブツブツと、「こんな野獣と一緒に寝るなんて…」等と言っている。
 彼は、苦笑いするしかなかった。
 今まで何度も同じ部屋になっているというのに。
(やっぱり、今日のアレが効いてるんだろうなぁ…)
 ふぅ、とため息をついた。
 食事を済ませ、汗を流し、思い思いにベッドに入る。
「…、お休み」
「………ふん」
 ……まだ怒ってる。


 ふと、物音に気づき、目が覚める。
 侵入者ではなく――、が部屋から出て行った音だったようだ。
 ナッシュはのっそりと起き上がると、こっそりドアを開け、
 の姿を確認しようと、視線を走らせる。
(おいおい…パジャマ姿で部屋の外出るだけでも危険だってのに…)
 不安的中。なんと、窓の下には彼女がいた。
 ……外に出てるし。
 仕方なしに彼女を追って、外へと出た。


 外に出るまでのちょっとの間に……
「ちょっと!離しなさいよっ!」
 ……は男二人に、絡まれていた。
 寝巻き姿で若い女が外をふらついているんだから、仕方ないともいえるが。
 つかつかと近寄り、彼女の腕を掴んでいる男の手を捻り上げる。
 …余り、強そうではないし、旅商人の一派ってところか。
 ナッシュは悲鳴を上げる男を、ぽんっと投げる。
 見かけは筋肉質そうだったが、随分弱い。よくもまあ、ここまで来れたもんだ。
「な、なんだキサマ!」
「俺の姫君にちょっかい出すなよ」
「お、おい…もう行こうぜ」
 もう一人の男が声をかけると、舌打ちして二人は立ち去っていった。
 ありがたいが、軟弱だ。
「……ありがと」
 渋々といった感じに礼を言う
 ナッシュは気にせず、
「汚名返上?」
 笑ってみせる。
 がくすくす笑う。
 …とりあえず、機嫌は回復したようだ。


 月の光が、辺りの岩肌を浮き上がらせる。
 二人は手ごろな多いわに、背中あわせに座っていた。
 乾いた風の音が、耳に入ってくる。
 トランやデュナンでは、余り耳にしない音だとは思った。
 ふわり、髪が風になびく。
 二人は風に身を任せ、しばし自分を撫でる流れを感じていた。
「…なぁ、。どうして外へ?」
「うん…ちょっと、呼ばれた感じがして、ね」
「呼ばれた?」
 何の事か判らない風の彼に、後ろを向いたまま右手を持ち上げ、”コレ”と言う。
 紫魂の紋章。今は力を使っていないため、その紋は現れていない。
「なんとなくね、近くにいるような気がして」
 トランの英雄に呼ばれたとでも言うのだろうか。
 ナッシュは首をかしげた。
 ……そんなテレパシーみたいな力が、紋章にあるんだろうか。
(そういえば、彼女のは普通じゃなかったっけな)
 彼らの繋がりの強さを物語っているようで……、なんとなくイライラする。
 ずっと一緒にいた男。
 の心の奥底に住み着いている人物。
 自分は傍にいるのに、彼女と心を通わせたり出来ないのではないかと錯覚させる。
 ジリジリと上がってくる焦燥感。
 それが何を意味しているのか…、恋愛を知らないガキではないナッシュには、直ぐに判った。
(…まいった、マジか俺…)
 右手を額に当て、苦笑いする。
「ナッシュ?どうしたの?」
「いや」
 ふいに、ナッシュが左手をの右手に添える。
 ビクッと肩を震わせ、驚いたようだったが、抵抗して振り払われるような事はなかった。
 ……暖かさが、伝わる。
「ナッシュの手、あったかいね」
だって、変わらないさ」
 背を合わせたまま、話は続く。
 心臓の音が、互いに聞こえてしまうような気がした。
「怖くないんだ、私の右手」
「…触れたからって、命を吸われる訳じゃないだろ?」
「…うん」
 はにかんだような微笑み。
 彼の方からは見えなかったが、彼女の雰囲気が、それを教えてくれた。
 …自覚すまいと思っていた気持ち。
 けれど、一度芽吹けば育っていくだけ。
 最後まで。
 だが、今、口にするべきではない。
 ナッシュには、クリアしなければならない条件があるから。
 過去の因縁を清算しない限りには。……我慢のしどころ。
「ナーッシュ?ナッシュってば。無言になっちゃって、どうしたの?」
「あ、悪い。……寒くないか?」
「うん、へい……っくしゅ!!」
 平気、と言おうとして、くしゃみをした。
 ぐずぐずと鼻をすする。夜風にあたりすぎた。
 立ち上がると、の手を掴み、戻ろうと促す。
 彼女も頷くと立ち上がった。……手は繋がれたままで。
 二人は部屋の中に入るまで、手を繋いだまま離す事はなかった。
 部屋という空間で二人きりになったら、気まずさで手を離してしまったけれど。
「…おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
 今度はしっかり挨拶をする。
 視線を合わせ…振り切るように、布団をかぶる。

 明日になれば、いつもと同じ対応に戻っているはず。
 そう思って。


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うわー、ビミョー;;
とりあえず、一緒に旅してます、な話ってトコで…ぁあぁ…(滝汗)
微エロくさい…って程でもないですね。まだお友達。

2002・10・9

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