不測遭遇




 ハイランド軍から、一時的にしろグリンヒルを開放し、その場を後にしたナッシュは、戦火に巻き込まれないよう注意を払いながら、次の村へと向かっていた。
 グリンヒルの林は抜けたが、大っぴらに街道を歩いていると、ハイランド軍に狙い撃ちにされかねない。
 戦場に突っ込んでいくような馬鹿は避けるべきだという事で、現在彼は小さな街道を進んでいた。
「ふぅ‥‥まだ先か」
 近場の村につくまでには、もう少し時間を要する。
 大きな街道を進んで行けば、楽は楽なのだが、その分危険度も増す。
 ザジからの刺客が来ないとも限らないし。
 水の準備ぐらいしておくべきだったと思うものの、今更どうしようもない話で。
 次の村まではなんとか水なしでもいける距離だし、ともかく我慢。
 天気も崩れはないようだと、上を見上げた瞬間、近場の草むらから、突然人の気配が降って沸いた。
「っ!?」
 突然の事に身構える。
 がさがさと物音を立て、自分のいる道のほうへと気配が出てきた。
「‥‥??」
 見ると、それはザジの刺客ではなく、女の子。
 ほっと息を抜いたのもつかの間、彼女の様子がおかしい事に気づく。
 肩で息をし、随分と辛そうだ。
 良く見てみると、あちこち怪我をしているようだし。
 野党の類に襲われたとか色々頭をめぐるが、とりあえず、厄介ごとに巻き込まれているのは明らか。
 ナッシュは彼女に近づくと、抱き起こして声をかけた。
「おい、大丈夫か?」
「っは‥ぁ‥‥‥‥逃げて‥‥!」
 辛そうな表情で、逃げろとナッシュに伝える。
 だが、ナッシュは首を横に振った。
「数はいくつだ」
「‥3人‥‥」
 少し多めではあるが、地形を利用すれば勝てなくもない相手だろうと踏んでいた。
 所詮野党。
 特殊な訓練を受けてきた自分には、問題ないレベルだと思った‥‥のだが。
 彼女は激しく首を横に振る。とにかく、逃げて欲しいらしい。
「大丈夫だよ、野党ぐらいなら俺に任せとけって」
「ちが‥っ‥‥‥」
「見つけたぞ!」
 やってきた男の声に、全員が集まる。
 しっかり3人。だが、その風体はどう見ても‥野党の類ではない感じだ。
 どれかというと、戦士という感じだったが、いい人、という訳ではないらしい。
 少女とナッシュを取り囲むようにして、剣を向ける。
 中には紋章使いらしき人物も混ざっているようだ。
 どういう一派なのだろうか。
 1人の女の子によってたかって乱暴するような輩に味方する気は更々ないが。
「‥ん、なんだ男が増えてるな」
「‥‥この人は‥関係ない」
 苦しそうな表情。
 ナッシュは彼女の肩を掴む手に、少しだけ力を込めて男達を睨む。
「おいおい、女の子1人によってたかって何だってんだ」
「なんだ貴様、俺たちの邪魔をするな!」
「事と次第によっては邪魔させてもらうさ。あんた等、人間性悪そうだしな」
「なんだと!!」
 男が激怒しつつ、剣を振るう。
 ナッシュは彼女を抱きかかえて、後ろに引いた。
 後ろにいた男が剣を振るう前にスパイクを打ち出し、よろけた間をすり抜けるようにして走る。
 だが、少女を抱えて走るのは中々に骨が折れる作業で、1人足が速い野党がいたのか、すぐに追いつかれてしまった。
「チッ‥」
 舌打ちしつつ、繰り出された剣を、なんとか短刀で避ける。
 流石にグローサーフルスを使うのはまずかろう。
 それに、こんな所で殺される訳にはいかないのだ。
 少女を守りながら、攻防を続ける。
 そのうちに、もう1人の男も参戦してきた。
 2対1というのは、状況的には芳しくないが、フラついている彼女を戦闘に駆り出すのもヤバイ。
 ふと嫌な気配がして、剣を振るいながら男の後ろを盗み見ると、紋章使いが呪文の詠唱を始めている。
 溜め具合からすると‥‥まずい、かなりデカい呪文だ。
 守りの天蓋の札はないし、それでなくとも、ナッシュでは能力が足らず、短い時間では展開しきれない可能性がある。
 冷や汗が、背中を流れた。
 思考を練ってみるものの、敵の攻撃を受けているこの状況では‥‥。
 だが、少女がその紋章使いの行動を目に留めた瞬間、事態は急変した。
 彼女は立ち上がり、今までの逃げ腰から一変、厳しい表情を野党たちに向ける。
「迷惑かけてゴメンなさい。下がっていてくださいね」
 ナッシュを後ろに下がらせると、彼女は右手のをかざし、
 意識を集中し始めた。
「駄目だ!紋章発動は向こうの方が――!!」

「黒い影」


―――。


 黒い光が野党たちを包み込み、ナッシュが気づいたときには、彼らはその場に倒れていた。
 脈をはかってみるが、異常はない。
 どうやら、気絶しているだけなようだ。
 彼女はどうしたかと、後ろを見る。
「っおい!大丈夫か!?」
「‥‥‥‥」
 気絶しているらしい彼女を連れて、とにかく最寄の村へと急ぐ。
 なんだか、厄介ごとに巻き込まれてしまったようだ。




 目が覚めると、天井が見えた。自分は外に居たはずなのに。
 ‥‥下に感じる手触りは、紛れもなくベッドのそれ。
 無意識的に、どこか休める場所へ来たのだろうか。
 そんな夢遊病的な行動を取れるとは思わない。
 ゆっくりと、起き上がる。
「‥‥ここ‥‥は‥‥」
「よお、目が覚めたかい?」
「!!」
 突然声をかけられ、思わず身構える。だが、攻撃してくるような気配はない。
「何にもしないから、構えなくたっていいよ。襲うなら、寝込みを襲ったほうがはるかに確実だろ?」
 確かに、と納得するも、だからといって相手を信用する事は安易だ。
 少女は間合いを取るようにして、ベッドから降りた。
「まだ寝てないと。‥‥俺はナッシュ。君は?」
「‥‥。‥‥もしかして、さっき助けてくれた人?」
 意識と思考がしっかりしてきたのか、ナッシュのことを思い出す。
 は慌てて謝った。
「あの、ゴメンなさい。私てっきり‥どっかに連れ去られたのかと‥」
 ペコリとお辞儀をすると、はそのままふらついて倒れそうになった。
 ナッシュが慌ててそれを受け止める。
「ご、ごめんなさいっ‥‥」
「まだ無理しちゃ駄目だ。もう少し横になってたほうがいい」
 抱きかかえるようにして、ベッドに寝かせる。
 本当は湯を浴びたほうが体にはいいのだが、こういう状態では、風呂に入れる訳にもいくまい。
 自分の状態が判ったのか、は素直にベッドに入った。
「そんじゃ、メシでも持ってくるから。好き嫌いは言うなよ?」
「‥‥見ず知らずの私に、どうしてそこまで‥」
「性分さ」
 すぐ戻る、どだけ言うと、ナッシュは部屋の外へと出て行った。
 はベッドの上で座るようにして、彼の背中を見送る。
 出て行ったのを確認すると、小さくため息をつき、右手を見て、再度ため息をつく。
「‥‥‥使わないようにって、頑張ったのになぁ‥」



 ナッシュが持ってきてくれた食事を食べ、おなか一杯になった所で、お茶を飲みつつ話をする事になった。
 助けてくれた、という事もあり、のナッシュに対する警戒心は殆どないものの、それでも言葉には十分注意を含んでいる。
 安易に話をしてしまって、彼にこれ以上の迷惑がかかるのを防ぐ為だ。
 今のところ、心配するような会話の内容ではないが。
「‥で、だ。そろそろ本題に入るけど‥、さっきの奴等はなんだい?」
「‥‥‥」
「ただの野党とは思えないし。‥‥おせっかいだとは思うけど、協力したいんだ。困ってるならね」
 だが、ナッシュの言葉には首を横に振った。
「気持ちは嬉しいけど‥‥でも、もう大丈夫だから‥」
「‥‥じゃあ、1つだけ。どうして、狙われてた?」
「‥‥‥」
 ナッシュの真剣な瞳に、は嘘をつくことが出来なかった。
 かといって、本当の事を言えば、彼だってもしかしたら、さっきの野党たちのように、目の色を変えて襲ってくるかもしれない。
 人を信じた回数と同じかそれより、は裏切られてきた。
 この人なら信じられる、という絶対の自信なんてないし。
 今さっき、人の悪意で攻撃された事を考えれば、用心深くもなる。
 の持つ真実を語るには、彼は付き合いが短すぎて。
「‥ごめんなさい‥」
「それも駄目なのか?」
「ナッシュ、だって‥助けてくれたのは嬉しいし、ホントに助かったし、ありがとうって思うけど‥でも、でもね、会ってすぐの人を全信用して、話できると思う?」
「そりゃ、そうだな‥」
 苦笑いするナッシュに、は本当に申し訳ない気持ちになる。
 ナッシュにだって、秘密がある。
 それを、軽く人に話せるとは思っていないし。
 そう考えると、に対して悪い事をしたと思う。
 ‥‥けれど、今後も彼女がその”理由”のせいで狙われるとなると、話は別だ。
 自分だって大変だっていうのに、ホントにおせっかいだと思う。
「じゃあ、話せる位仲良くなろう」
「‥‥は?」
「だから、俺と一緒に旅、しないか?」
 ‥‥新手のナンパみたいだ。
 いきなり「旅しよう」なんて、普通言わない‥‥と思う。
「なんか、ナッシュって‥シエラの元付き人みたいだね」
「‥‥‥‥シエラ?」
 いや、人違いだろうと、ナッシュは考えを捨てるように、首を横に振った。
「うん、知り合い。ちょっと特殊な紋章を持ってるんだけど」
 特殊な紋章‥‥‥もしかして。
 自分の考えが当たっているかどうか、ナッシュはとりあえず聞いてみる事にした。
 違っていればそれでよし。
 あっていた時の事は、あえて考えない事にしておく。
「もしかして、そのシエラって‥ヴァンパイアで、真の紋章なんて持ったり‥」
「え!?なんで知ってるの!??」
 ビンゴ。
「じゃあ、じゃあ、あなたがシエラに惚れた、役に立たない付き人!?」
「‥‥なんだぁ、それはっ!!」
 あの女、なに適当な事言ってる!!と、無駄に怒るナッシュを、が慌ててなだめた。
 とりあえず気を落ち着かせ、お茶を勧める。
 なるほど、シエラの知り合いだったか、と、両方が思った。
 シエラの知り合いだと言う事で、離しても良い様な気がしてくる。
 真の紋章を所持していると知ってなお、シエラと一緒に居たらしいし。
 ‥まあ、場合が場合だったかもしれないけれど。
「‥ナッシュ、じゃ、話すけど、他言無用。信用するからね?」
「ああ、信用してくれていい」
「それと‥‥話すから、一緒に旅っていうのナシね。ナッシュに迷惑かかっちゃうから」
 まあ、とりあえず話してみろ、というナッシュの言葉に、頷いては話をしだす。
 それが、彼女の今後を大きく変えるとも知らないで。




「何が知りたい?」
 幾分か楽しそうに、が言う。
 こういう風に人に話すのは、久しぶりだった為になんとなく面白いような嬉しいような気がして。
 お言葉に甘えて、とナッシュも微笑みつつ話を開始した。
「さっきの紋章って、闇の紋章だろ?なんで詠唱が殆どないんだ??」
 闇の紋章は、中々に使うのが難しい紋章。
 呪文詠唱(意識集中)をすっ飛ばして、発動させるなんて言う事は普通できない。
 ナッシュは紋章術に長けているとは言いがたいが、それなりのスキルはあるし、知識だってある。
 だから、なおさら不思議なのだ。
 は、すっと右手を差し出した。
 思わずその手を取るナッシュ。
「手の甲、見ててね」
「?」
 が目を瞑り、意識を集中させると‥‥彼女の手の甲に、なにやら紋章が浮かび上がった。
 ただ、普通の紋章ではない。
 たとえるなら、天使の羽を持った死神‥だろうか。
 そういう紋章を、彼は生まれてこの方見た事がない。
「ナッシュ、ソウルイーターって、知ってる?」
「ああ、27の真の紋章のうちの1つだろ?死を司るっていう‥」
「そう。でね、これ、それの凄く近い眷族なの」
「‥‥‥‥眷属って‥闇の紋章だろ?」
 どう説明したものかと、は少し首をかしげた。
 ナッシュは掴んでいた彼女の手を離す。
 なんだか、ずっと握っているのも恥ずかしいような気がして。
 は一生懸命、言葉を見つけていた。
「じゃあ、ちゃんと最初から話すね。‥‥あのね」


 はナッシュに、この紋章を手に入れた経緯を話して聞かせた。
 今では門の紋章戦争と言われる、戦乱の始まりの出来事を。




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区切り悪いーーー;;続く…と思います、はい。
…1の方の話になっちゃうかな(汗)まだ話立ててないんでどうなるか不明。
2002・7・23
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