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「貴方に、覚悟はありますか?」

 レックナートは、紫の瞳を持つ少女に問う。

「たった一人のために、全てを捨て去る覚悟がありますか?」

 少女―――は、瞳を伏せた。



 その日は小雨で、は宿屋のマリーからグレミオに渡して欲しいと食材を渡され、それを持って家に帰るところだった。
 雨は激しくないのに、それでも人の通りはまばらで。
 も足早に自宅へと戻ろうとしていた。
「……?」
 家の前……いや、玄関の横の壁に背を預けるようにして座り込み、雨に打たれている少女を目にして、不思議に思った。
 用事なら、入ればいいのに。
 野菜かごを持ったまま、歩いて彼女の前まで行く。
「…ねえ、何してるの?僕の家に用事?」
 声をかけると、うずくまっていた少女が面を上げた。
 …頬が濡れているのは、雨のせいか、それとも涙なのか。
 綺麗な紫の瞳は、力を無くしているのか、輝きが薄い。
「…ここ、テオ様の、おうち?」
「え、うん」
 頷くと、少女はゆっくりと立ち上がって、を見つめた。
 小さく、悲しそうに微笑む。
「私、。……売られて、きました」




 はグレミオにと名乗った少女を見せた。
 グレミオは慌てて彼女に湯浴みをさせ、シチューを食べさせる。
 あのままにしておいたら、風邪を引きかねなかったし。
 温かいお茶を注いでやり、手渡す。
 彼女は素直に受け取ると、お礼を言って口をつけた。
「…ねえ、。君、売られたって言ったよね?」
 が質問すると、こくん、と頷く。
 仕草は可愛いが、話の内容は重い。
 現在、主であるテオ・マクドールは不在。
 とにかく、何がどうなっているのか把握しなければ、どうにも動きが取れない。
 順序だてて聞いていく事にした。
 一通り、話を聞いてみる。
 小さな少女は、割合詳しく話をしてくれた。
 彼女の両親は、元々王宮に仕える紋章師だった。
 旅人上がり(成り上がり)が気に食わない上官に、冤罪をけしかけられ、亡き者にされ、は突然その上官にテオ・マクドールの屋敷へ行けと命令され――今に至る、と。
 どうやって来たかと問うと、「綺麗なお姉さんに連れてきてもらった」とだけ。
 …親切な人でもいたんだろうか。
 話をして安心したのか、疲れたのか、ウトウトきているを気遣い、が自分の部屋へと連れて行き、寝かせる事にする。
 グレミオは、一緒に話を聞いていたクレオにと顔を見あわせ、ため息をついた。
「…ったく、高級汚職官僚の、テオ様へのワイロってところかね」
 クレオの言葉に、グレミオも頷いた。
 稀にいるのだ。
 ワイロとして、人を送ってくる奴が。
 それとなく自分の事を匂わせて。
 両親の元へ返してやるのが、彼女にとっては一番なのだが…の話では、親は既に故人。
 となると、彼女に帰る場所があるとすれば、親戚筋だけだが…そこをあてにするわけにもいくまい。
 宮廷への繋がりを失ったきっかけである、彼女の両親。
 その娘を快く受け入れてくれる人ならばいいが…。
 もし、受け入れてくれたとしても、彼女をよこした高級官僚の息がかかれば、またこちらへ逆戻り、という可能性もあるし。
「どうするんだい?坊ちゃんは、あの子を気に入ったみたいだけどね」
「…私達では、決められないでしょう。テオさまに無断では…」
「そうだね。…それにしても、あの子を連れてきた綺麗なお姉さんってのは……誰なんだろうねぇ…」




「ここが僕の部屋。後で、ちゃんとの部屋も用意するからね」
 今日はここで寝て良いよ、と微笑むに、も力なく微笑む。
「でも…えっと…」
「なに?」
「ナマエ…」
 そういえば、自分の方は挨拶していなかったような。
 はたたずまいを直し、自己紹介する。
「僕は、・マクドール。よろしく、
 握手を求めると、も直ぐに返してくれた。
 ベッドに横になってから、彼女が不思議そうな顔をする。
 一体、はどこで寝るんだろうと。視線に気づき、唸る。
「うーん…父さんのトコでも…いっかなぁ…」
 はなんとなく申し訳なくなり、ベッドから出ようとした。
 だが、それはによって遮られてしまう。
 勢いよく押したために、勢いがつきすぎてもベッドに倒れこんでしまった。
 思わず、顔を見合わせる。
「…も、寝る?」
「……いいの?」
 こくん、と頷く。
 は喜んでの隣に寝そべった。
「…、あのさ、僕と家族になろうよ」
「??」
「そしたら…が泣かないように、守ってあげられるだろ?」
「……あり、がとう…」


 翌日、グレミオは遠征中のテオに手紙を飛ばし、を正式にマクドール家に置く事に決めた。
 ……手紙はグレミオではなく、が書いたもので、随分熱心に頼み込んでいたという。
 は彼女を大切に扱っていた。
 それは十分にも伝わっていたから、彼女もを大切にしたいと思うようになっていて。
 テッドも含め、三人はまるで家族…兄弟のように、仲が良かった。


 その大切な人たちの星が、廻り始めた。
 テッドは、ソウルイーターをに託し……はその継承者となり、マクドール家の人間は、帝国から逃げ出さなくてはならなくなった。
…」
 彼の左手に宿った、真の紋章。
 その重さに苦しむ時、助けになれれば……。





 は、閉じていた目をゆっくりと開き、正面にいるレックナートを見つめた。
 幼いあの日、が「綺麗なお姉さん」と認識した、彼女。
 バランスの執行者、レックナート。
 彼女がをマクドール家へと導いた人物。
 そして今、がソウルイーターを持ったその日の夜、突如として現れ、を魔術師の塔に連れてきた彼女は、覚悟があるかどうか聞いた。
…貴方は、と共に在り、彼を援ける者…。心近しき存在」
「…ホント、ですか?私…や…テッドの力に、なれるの?」
 レックナートは静かに頷いた。
「ですが、貴方もまた、彼の苦を背負う事になります。永き命。持つ者の宿命。戦う覚悟。それらすらも凌駕する覚悟が、貴方に存在しますか?」
 は、俯いた。
 テッドがいなくなり、が…ソウルイーターを受け継ぎ……彼はこれから、苦難の道を行く。
 少しでもいい。助けになれたら――。
 苦しいのは嫌だし、全てを素直に受け入れられるとは到底思えない。
 それでも、大好きなの助けになれるなら…。
 過去に凍りかけていた、己の心を救い上げてくれた、大切な人たちの力になれるなら。
 はレックナートに強い視線を向け、頷いた。
 心は決まった。
 後は、それに違わぬよう、進むだけ。
「…はい。私にどれだけの事が出来るか判らないけど…彼の、助けになりたい」
 握る拳に勇気をためて。
 震える心に決意を秘めて。
 精一杯の言葉を、レックナートに告げた。
「…判りました。それでは、右手を…」
 言われたとおり、右手を差し出す。
 レックナートは彼女の右手の上に、手の平をかざす。
 青紫色の光が、彼女の手の平から、の中へと入り込む。
 痛くも熱くもない。
 一瞬、眩しさに目を瞑ると…何かが入り込んできた気がした。
 一つはとても暖かく、一つはとても冷たい。
 ……ゆっくり目をあけると、彼女の右手に光が集まっていた。
「…貴方に、<紫魂の紋章>を与えます」
 声と共に、光が綺麗に拡散下かと思うと、の右手に天使らしき羽を持ち、鎌をもたげた紋章が現れ、直ぐに消えた。
「…消えちゃった…」
「使用時以外は消えています。貴方のそれは、ソウルイーターに愛された、彼の眷属。真のそれと非常に似通った力を有します」
 長時間の使用や、無茶な使い方をすれば、主であるソウルイーターに吸われ、命を落とす。
 から紋章が外れるか、または故人になるまでは、双方間の繋がりは途切れず、からも、通常、紋章が外れる事はない。
 使い方には十分注意を払いなさい。
 そう告げられ、は思わず自分の右手をまじまじ見てしまった。
「…、怒るかな」
 勝手に決めてしまって。
 でも……やはり、自分の気持ちにうそはつけないから。
 困ったような顔をしているを見て、レックナートは微笑んだ。
…お行きなさい。貴方は、と共に…」




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区切り悪いですな…。でも続き物ではなかったりしますんで、これ(汗)
なんで女主が紋章持ってるの?な話でした。設定話っすね;;
坊ちゃん夢ってカンジじゃない。そのうちリベンジ。
2002・8・13
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