僕らの結晶




 こういう時、何かに祈らずにいられないというのは――自分では、どうしようもない事だから、なんだろう。


「……あー…無力」



 が産気づいてから、もう大分時間が経つ。
 急いで彼女をリュウカン先生の診療所に運び、クレオが手伝いで部屋へ入り、パーンとグレミオは、家で色々準備をしている。
 グレミオは、もうすぐここへ戻ってくるだろうけど。

 僕はイスに腰掛けて、ドアの向こうで戦っているであろうと、生まれてくる子供の事を、ずっと考えていた。


「ああ、坊ちゃん! どうですか? もう―」
 どたどたと走ってきたグレミオに、「まだだよ」 と、短く返事を返す。
「そうですか」 
 残念そうな声色を発しながら、走ってきたのか、にじみ出る汗をぬぐって、僕の隣に腰掛けた。

「…父さんも、僕が生まれる時…こんな気分だったのかな」
 足の間で手を組み、瞳を閉じて、そう呟く。
 グレミオに対しての質問のつもりではなかったのだが、彼はにこやかに、
「ええ、きっと」
 と答えた。



 時間だけが過ぎていく。
 は、大丈夫だろうか?
 できる事なら、代わってやりたいとさえ、思う。
 勿論、思うだけで、本当に代われはしないけど。
 生む時の痛みは、相当なものらしい。
 体力面での問題はなさそうだった。
 リュウカン先生に太鼓判を押されるぐらいだから、問題ない…と思う。

 …子供を身ごもっているは、周りから見ると…少し不思議な存在だった。
 年齢はどう見ても、十六、十七。
 まあ、僕だってせいぜい十七から十八ぐらいなんだけど。
 そののお腹が、ぽこっとでてきたのをしっかと確認できるまでになると、事情を知る人はともかく、そうでない人は目を丸くしていた。
 ……気分は、充分分かるんだけど。
 日に日に動き辛そうになっていく彼女は、少し可哀想でもあった。

「女の子と男の子、どっちがいい?」
 そう聞かれた事もある。
 どっちでもいいよと答えたけど、本当に――どっちでもいいと、今でも思う。
 と子供が、元気で、無事でいてくれれば。

 僕もも多分、生まれてくる子供にとって 『いい両親』 に、なれないと思う。
 『英雄』 なんて称されるような男の子供、というだけでも辛い事があるだろうに、その上 『不老』 だなんて。
 いつか、子供が僕らの姿を超える時がくる。
 自分の親が、自分より若いままでいるなんて…おかしい事、この上ない。
 でも……一緒にいられる間は、できるだけ、たくさんの事を教えたいと思うし、たくさんの愛情を、そそいで行きたいと思う。
 も、きっと同じ思いでいるだろう。
 だから、子供ができたと知った時、色々考えて悩んだのだろうし。


 待ちくたびれたのか、緊張疲れか、隣に座っているグレミオが船を漕ぎ出した。

 ――と、その時。

 ゆっくり、ドアが開いた。
 部屋の中から聞こえてくる、赤子の鳴き声が耳を打つ。
「生まれましたぞ!」
「!!」
 パッと立ち上がり、グレミオを置いて、僕はと子供へ向かって走っていた。
 リュウカン先生がにこやかに、ベッドを示す。
 そこには、疲れた様子のクレオがいた。
「クレオ…」
「坊ちゃん…ほら、女の子ですよ」
 彼女はそう言い、横たわっているの隣を示した。
 ぐったりとし、全力を使い切ったという様子の彼女の横に、既に産湯をくぐったのか、綺麗になってタオルにくるまっている赤ん坊がいた。
「……」
…ご苦労様。頑張ったね」
 僕の声に、心底安心したような微笑みを返す。
 赤ん坊を見ると、大きなキラキラした紫の目が、僕を見た。
「…初めまして。…あ、名前――」
が、決めて?」
「―――うーん」
 僕は赤ん坊との顔を交互に見て――それから、笑った。

「――。君は、・マクドールだよ」
 案外すんなり決まった事に、僕の方が驚きつつ、の手にそっと触れた。

 は大きな目をぱちぱちと瞬かせ、僕の手をきぅっと掴み――にっこりと、幸せそうに、笑った。
「ふふっ、初めまして、だって」
 が、クスクス笑った。



 家は大騒ぎだった。
 騒ぎを大きくしたくなかったのに、パーンがあちこちに走り回ったおかげで、僕との子供が生まれた事が、近所中に筒抜けになっていた。
 あちこちから駆けつけた知人で家の広間は溢れ、グレミオは存分にその料理の腕を振るうことになった。
 何を思ったか、レパント大統領とアイリーン婦人まで、護衛もなしに来るし。
 ……ともかく。

 家に、可愛い住人が、一人増えました。




-----------------------------------------------------------
安易ですが、子供が生まれる話です。それ以外の何者でもなく。
2003・8・22
ブラウザback