温みの記憶



 覚えているのは

 忘れる事がないのは

 『過去じゃない』 から。

 どんなに体が離れても

 心はいつも すぐ傍にあるから。

 だから こんなにも温かくて


 寂しい。







 解放戦争――いわゆる、門の紋章戦争が終わり、暫くした頃。
 解放軍リーダー、英雄こと、・マクドールと、そのお付きであるグレミオ、と強いつながりを持つ少女は、グレッグミンスターを出て、また旅を始めた。

 いくつかの町や村で過ごし――旅を続けた。

 野宿もじさない旅。
 固い地面で眠る事もままあったが、今日は運良くトラン湖の近くにある、名もない小さな宿に床を求める事が出来た。



 その日は満月がくっきりと夜空に浮かび上がり、宿の周りを照らし出していた。
、月光浴でもしようか」
 のいきなりの提案だったが、は嬉しそうに頷いた。
 いつもは眠りが訪れる時間なのに、今日に限って寝付けずにいた彼女は、丁度良い気分転換だという事で、床を抜け出した。
 既に眠ってしまっているグレミオを起こさぬよう、慎重に部屋の外へ――それから宿の外へと出る。
 元々、小さな宿の上、今日の宿泊客は自分達の他にはいなかったから、部屋の外に出てしまえば、そう物音に気を使う事もなかった。

 宿のすぐ側にはトラン湖の湖縁があり、魚釣りができそうだったが、今は夜だし、道具もないので、仕方なく諦める。
 は、暫く湖の周りをぶらつきながら他愛のない話をし、それから、宿の付近へと戻って、地面――座れる位の岩――に腰を下ろした。

「…ねえ、。何か話、あるんじゃない?」
 が何気なく問う。
 だが、それは的を射ていた。
 前からそうだが、が 『散歩しよう』というニュアンスの事――大抵は夜――に言う時、何かしら話がある場合が多かった。
 無論、そうでない場合もあったが、今日は違った。
 は視線を一度地面に向け、それから意を決したように、の目をしっかりと見据え
「あるよ、話」
 と、軽く告げる。
 彼の表情はとても静かで、落ち着いていた。
 だから…余計にを驚かせてしまったのだ。

 その、『発言』 は。



「暫く、別れて行動しないか?」



 ……何を言っているのか、すぐには理解できなかった。
 は口唇を小さく震わせ、
 今耳にしたことは間違いか何かだと――そう、思いたくなった。
 が、の真剣な表情は、一切の甘えを断ち切ってしまう。
 『嘘でも、冗談でもないんだよ』 と、表情からすら、汲み取れた。

「どー…どうして?」
 まだ震えている口唇に何とかいう事を聞かせ、言葉をつむぐ。
 声色に不安と――ちょっとした非難を込めて。
 を見つめ……ふっと、視線を外した。
 月の光を受けている彼の横顔が、一瞬、酷く寂しそうに――見えた。
「…、僕と行動してると、君の世界は狭くなってしまう」
「そんなこと…」
「『ない』とは言わせないよ」
 ぴしゃりと言われてしまい、次の言葉が出せなくなる。
「分かってるはずだ。は僕と一緒じゃなかった時間を数えた方が早いぐらい、僕といる。 『ソウルイーター』 とその裏の紋章である、君の 『紫魂の紋章』 …。
 僕らは、一心同体みたいに、過ごしてきた」
「それは認めるけどっ…でも、だからって――」
 離れる理由になんて、ならない。

 と離れたくなかった。
 依存心などではなく、純粋に――彼が大切だから。
 だが、を見ず、首を横に振る。
「…僕が一緒にいる事で、の可能性を潰してると思うんだ。 もしかしたら、他の――別の誰かを凄く好きになったりするかもしれないだろう?」
「そんなのっ…分かんないよ…」

そんな事、あるはずない。

 ……そう、自信を持って、言えなかった。
 そんな事はないと言えば、に嘘をついてしまう事になるだろう。
 人の心は移るもの。
 うつろい、揺れ動く。
 だから、確信を持って――ない――とは、言えなかった。
 少なくとも、今は。

と僕は傍にいすぎなんだ。僕はをとても必要としてるけど、 そのせいで君の世界が…小さくなる」
 確かに――といるの世界は、とても小さい。
 彼と一緒にいると、を中心に物を考えてしまう。
 以外の人と、恋愛はまずできないと思われた。
 に意識を向けている事もあるが、彼が他の男を、彼女に――必要以上に近づけさせないのも、一つの要因だ。
 解放戦争に関わるうち……は、自分が彼女を束縛している事に気づいてしまった。
 どこへ行くにも、彼女は自分に許可をとらなければならない。
 そして、大抵は行き先に、自分もついていく。
 これでは、の中に何かが芽生えたとしても、自分がそれを踏みつけて、なくしてしまう。
 そう――思った。
 だから。

「…だから、離れてみよう。一年か、二年。もっと長くてもいい。の『世界』が広がるまで」
「…………」
、僕らはずっと一緒だよ。離れていても。連絡は、『紋章』で、できるだろう?」
「うん……」
 頷く事が、どんな意味を持っているか、よく分かっていたが…それでも。
 それでも、彼女は――頷いた。
 には、の気持ちがよく分かったから。

 ……負担になりたくない。
 重荷になりたくない。

 だからこそ――距離を取ろうという言葉だった、から。


 の右手を取り、その『紋章』の浮いた甲に、口唇を落とした。


「忘れないで、。僕の心は、いつも君の傍にある」

「私も……そう、だよ…。も、忘れないで……」





 は、離れた。
 再会するために、離れた。


 半年がたち、一人旅に慣れてしまっても、時折感じる寂しさは彼女の心を削る。

、私の世界は…それなりに広くなったけど――それでも、私にとっては…がいるのが、世界みたいだよ?」

 あの日別れたその場所で、は座って月を眺めていた。
 同じように満月の光を受け。
 ただ、違うのは――隣に、彼がいないという事だけ。


 呟きは、風邪に流れ、夜の闇に消えていった。




 覚えている。

 今でも。

 ずっと一緒だと――そう言ってくれた彼の声を、暖かさを。

 心臓の鼓動に打ち付けられ、決して離れる事などない――想いを――。









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微妙に暗い…;;最初はこんなじゃなかったんだけどなぁ。
次は明るく行きたいです。最近坊フィーバー。

2003・2・23

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