拡変世界 15 風を切って駆ける筋斗雲の上、はいつものように悟空の如意棒を片手で掴んでいた。 「ねえ悟空、やっぱりいっぺんブルマのとこに戻った方がよかったんじゃないかなあ?」 「でも、もう結構きちまったしさ。また会いに行けばいいんでねえか?」 「まあ……そだね、うん」 はレーダー表示を見て、もう少し西の方向、と指示を出した。 ペンギン村を出てから、ずっと西側へ向かって進んでいる。 暑い地域を抜け、だいぶ涼しくはなってきていた。 下には砂漠ではなく、森が広がっている。 「次のドラゴンボールが、じいちゃんの四星球だといいなあ」 「そうだね。そろそろ見つかりそうなものだけど」 7個中、最後の7個目で見つかるのは、ちょっと運が悪いようにも思える。 こうやって、悟空と一緒にあちこち旅をして、たくさんの物を見るのも楽しいけれど。 ……こんな風に考えてるなんて分かったら、修行のつもりの悟空に悪いだろうか? 「? どした??」 「あ……えっと。悟空は修行したいって思ってるのに、私が観光気分みたいなんじゃ、悪いかなって思ってたの」 「カンコウ?」 「うん。色々なもの見て、楽しいなあって思うこと……かなあ」 大雑把に言い過ぎかも知れない。 でも多分、間違ってはいないと思う。 悟空はきょとんとし、それからニカッと笑った。 「そんなの、オラだって一緒さ! 見たことねえもん、いっぺえあるし。が一緒にいるから面白ぇしな」 「そっか。うん、ありがと!」 えへへと笑い、再度レーダーを見た。 筋斗雲をトップスピードで走らせているためか、ドラゴンボールはかなり近い位置に近づいていた。 「この辺だよ」 「じゃあそろそろ降りて……あり?」 悟空の声に、はレーダーから顔を上げて正面を見た。 なんだか大きな塔らしきものの付近を、小型の飛行機が旋回している。 飛行機の操縦者は、どうやら子供を掴んでいるようだ。 子供は、下にいる誰かに助けを求めて叫んでいた。 「……ねえ、あの飛行機の模様さあ、レッドリボンのじゃない?」 「うん?」 悟空は筋斗雲を飛行気に近づけ、マークを確認する。 飛行機の操縦者は、突然現れた2人に驚き、注意を向けた。 「ほら、やっぱりレッドリボンだよ」 「また悪いことしてんのかっ!」 悟空が飛行機の前面部位にトン、と乗る。 彼は移動してきたことに驚いている、獣系の男の顔面を殴り飛ばした。 男が持っていた子供は、当然落下し始める。 叫ぶ子供を、の操縦する筋斗雲が受け止めた。 次いで悟空をキャッチ。 「サンキュー、」 「えへへー、だいぶ筋斗雲動かすの、上手くなったでしょ!」 「ああ!」 和む2人の間で、子供は不安げだ。 は彼に微笑みかける。 「下にいるのは、お父さん?」 「はい、父上です」 「じゃあ悟空、降りようよ。きっとお父さん、心配してるし」 「よし」 悟空の操縦に戻った筋斗雲は、一気に急降下し、子供の父親の元に止まった。 子供は父親に駆け寄って抱きつく。 と悟空も筋斗雲から降りる。 「息子を助けてくれて感謝する。わたしはボラ。息子はウパという」 「オラは孫悟空。こっちはだ」 「こんにちは」 ぺこりとお辞儀をすると、ボラはひとつ頷いた。 大きな人だなあ。 身長も大きいが、手もとっても大きい。 「……あれ? ボラさんの持ってるのって……」 透き通った橙色の、不思議な輝きを持つ球。 悟空の裾を引っ張り、球を示す。 「ああっ! おじさんが持ってるの、ドラゴンボールだ!!」 「それ診せて下さい、お願いします!」 と悟空が一生懸命頼み込むと、ボラは不思議そうな顔をして、ボールを悟空に手渡した。 彼の横合いから、も一緒になってボールの中にある星の数を確認する。 星4つ。探していた四星球だ。 「やった! じいちゃんの四星球が見つかったぞ!」 「よかったね!」 悟空とは手を握り合って喜ぶ。 状況が分からないボラとウパは、互いに顔を見合わせていた。 「なるほど。それではドラゴンボールを7つ集めると、願い事が叶うというのか。だから先ほどの奴らが、むきになって奪おうとしていたのだな」 ボラは頷き、その肩に乗っているウパは、悟空に願い事があるのかと訊く。 「いや、別に願い事なんてねえよ。じいちゃんの形見の四星球が見つかれば、それでいいんだ」 「私も願い事はないよ。やりたいことはやってるし、欲しいものは持ってるもの」 「欲のない者たちだ」 凄く優しい目をするボラを見ていると、は自分の父親を思い出してしまう。 元の地球から離れてだいぶ経つ。 急にいなくなって、心配してるかな……。 ふと陰ったの表情に、悟空は彼女の手を掴む。 「?」 「……あ、ごめん。だいじょぶだよ、なんでもない」 ふるふる首を振ると、なにかまだ言いたそうだった悟空は、けれどなにも言わず、微かに握る手に力を込めた。 気分を変えられたらと、は周囲の風景を見回し――先ほども不思議に思った塔を注視した。 首をめいっぱい上に向けても、塔の天辺が見えない。 簡単に雲を突き抜けている所を見ると、たぶん、いや絶対に山より高い。 悟空もの視線の先に気付いてか、同じように塔を見た。 「なあ、あのひょーっと伸びてるの、なんだ?」 塔を見たまま、悟空がボラに訊く。 ボラも同じように塔を見た。 「聖なる塔だ。カリン塔と呼ばれている。この塔を自らの力で登りつめると、頂に住む仙人様が、聖水を下さると言う」 「聖水っていうと、悪いものをどけるとか、そういう?」 の問いに、ボラは首を振る。 「いいや。飲めば、己の力を何倍にも出来るといわれている」 ボラの一族は、先祖代々、この塔を守っている番人なのだそうだ。 歴史のある一族の人なのだなあと、は感心した。 「なあ、おじさんも登ったんか?」 「若い頃、一度挑戦したが駄目だった。頂は遠く、わたしにはとても無理であった」 「成功した人はいるんですか?」 これにはウパが答える。 「大昔に1人だけいたんだって」 「へーえ……。オラ、登ってみようかなあ」 当然みたいに悟空はと一緒に、と考えていたりする。 「聖水の話は、迷信かも知れんぞ」 それでも、この不思議な塔を登りきれるのなら、天辺にどんな仙人様がいるのか知りたいと、は思う。 「父上、あれはなに? なにか飛んでくるよ」 ウパが向かって右側の空を示す。 確かに、なにか飛んできていた。 一番目のいい悟空が、誰か人が乗っていると言った直後、その『誰か』は急接近してきた。 誰かが乗っていたらしい柱が地面に突撃し、ぶつかる前に飛びあがったその人は、何事もなかったかのように、静止した柱の上に乗る。 「なっ……なに、あの人」 ピンク色の中華服に身を包み、オールバックに三つ編みお下げという井手達の男。 けれど一種異様な雰囲気がある。 たぶん、好きになれないタイプだ。 つまり悪者。 「……わたしは世界一の殺し屋、桃白白」 やっぱり悪者だった。 「殺し屋だと? 殺し屋がこの聖地カリンになんの用だ」 「この場所などに用はない。用があるのは、そこの小僧と娘だ」 「なに? オラたちになんの用だ? おっちゃんなんか知らねえぞ」 桃白白は口端を上げて笑む。 彼は、レッドリボンに依頼されたと言った。 ドラゴンボールを集めるジャマをする者を消せという、そういう依頼。 確かにあの軍からすれば、悟空やは頭痛の種。 いっそ殺し屋に、ということらしい。 2人を助けてくれというウパの意向を飲み込んでか、ボラが前に進み出る。 「この子達は、わたしの息子を救った恩人だ。黙って立ち去らぬのなら、わたしが相手になる」 「いいよおじさん。あいつはオラの相手だ」 けれどボラは、聖地を守るのは自分の役目だと言い、側にあった槍を持ち出し、構えた。 ウパは悟空の背後、木の後ろに隠れて顔だけ出している。 「邪魔者はすべて消す。遠慮なく行くぞ」 桃白白は全く気負いがなく、けれど悟空ですら驚くほどのスピードで、ボラの横に移動した。 驚く暇こそあれ、ボラは槍を掴まれ、しかもそれを自分の力では動かせなくなる。 槍を、桃白白が指で摘んで固定していたからだった。 「う、うそでしょ……。指で摘んでるだけなのに!?」 ボラは必死で槍を動かそうとしているが、いっかな動かない。 桃白白は、おもちゃに飽きたみたいに息をつき、ひょい、と手を動かす。 すると、ボラの身体ごと浮き上がった。 信じられない面持ちで、はその光景を凝視する。 「さて……」 槍を逆側から押し上げ、桃白白はボラを空中に放り投げる。 空高く上がるボラに向かって、槍を勢いよく投げた。 「やばい! 筋斗雲っ!!」 「っ……!」 聞こえるはずもないのに、槍がボラを貫く音が聞こえた気がした。 見たくないのに、目が離せない。 彼は、なんの動きもないまま、地面に叩き付けられた。 ウパが泣き叫びながらボラに縋る。 悟空が怒りに打ち震え、それど同調するみたいにの思考も怒りに染まった。 「このやろうーーっ!」 「なんてことするのよ!!」 地を蹴り、わっ、と桃白白に殴りかかる。 下位を狙った悟空は蹴り飛ばされ、上位を狙ったは殴り飛ばされた。 2人とも攻撃していたのに、かすりもしていない。 受け身をも取れずに、は地面に転がったが、鈍痛を我慢してすぐさま起き上がる。 悟空の方は、カリン塔に顔面から当たって転がり、と同じようにすぐに起き上がった。 「ほう、2人とも死ななかったか」 「ちくしょうっ、これでも喰らえ!」 悟空がかめはめ波の構えを取り、一気に力を放出する。 青白い輝きが桃白白を攻撃し――けれど、彼の服はボロボロになったが、当人はほぼ無傷で。 「おのれ……わたしの服を!」 「きっ、効いてねえ!!」 桃白白の指が、悟空に真っ直ぐ向けられる。 「どどん波!」 かめはめ波よりもずっと細い光が、悟空にぶち当たった。 あっと思う間もなく、彼は空中に浮き、そのまま地面に落ちた。 如意棒がごろりと転がる。 仰向けのまま動かない悟空。 は震え、悟空に駆け寄った。 「悟空……? 悟空!」 ぴくりとも動かない。 治療してみても、動いてくれない。 「次はお前だ」 「……あんたなんて……あんたなんてっ!」 身体の内部に燈る、凶暴なまでに熱いなにか。 それを吐き出すみたいに、は一撃与えようと拳を振るう。 殴りかかっただけなのに、桃白白は強烈ななにかに殴られたみたいに後退した。 自分がなにかをしたのだと理解するより先に、視界がブラックアウトする。 ――死んじゃうのかな、私。 何をされたのかも分からないまま、は地に伏せた自分を認識し、以後、なにも分からなくなった。 2016・5・8 |