拡変世界 14



 レーダーが直るまでの間、悟空と、アラレはパラソル下の椅子に座り、時間を潰していた。
 暫くして、則巻みどりがトレイになにやら載せてやって来た。
「はい、どうぞ2人とも。わたくしが作ったクッキーですのよ、是非食べて」
「わ、ありがとうございます!」
「うまそうだなあ!」
 頂きます、とと悟空は動物の顔が書かれているクッキーを頬張る。
 その横にいるアラレは手を出さない。
 食べないのかと聞こうとしたは、彼女が手にしているものを見て目を瞬いた。
 彼女は哺乳瓶に口をつけ、中にある琥珀色より濃い液体を飲んでいる。
 アラレの横に浮いているガッちゃんは、どうみてもジャンク部品をがしがし食べているし。
 悟空とは顔を見合わせ、言うべき言葉を見つけられず、ただ黙々とクッキーを食べた。


「ところで、悟空さんはドラゴンボールという物を探していらっしゃるの?」
 みどりがすっかり空になった、それぞれのオヤツの皿を片付けならが問う。
「ああ。こんぐらいの球でさ」
 悟空は手でボールの大きさを示した。
「7つあってさ、全部集めるとどんな願いでも叶えてくれるんだ」
「どんな願いでも!? そんじゃあねえ、あたしだったらねえ、おっぱい大きくしてもらってねえ、それからガッちゃんにでっけえ鉄の塊をあげてねえ」
 つらつらと言うアラレに、はふるふる首を振る。
「あのね、ドラゴンボールで叶えられる願いは、1個だけなんだよ」
「なして?」
「な、なしてって言われても……そういうルールなんだもん」
 それ以外に言いようがない。
 誰が作ったかも分からない代物だし。
「直ったぞ!!」
 いきなり脇あいから飛んで来た声に、が横を見れば、千兵衛が嬉しそうにこちらへ向かってきたところで。
「もう直ったんか?」
 悟空は渡されたそれを手に取り、スイッチを入れる。
 すると軽い電子音がして、画面に表示が現れた。
 レーダーを作った当人でもないのに、結構早く修理を終えたことに、は少なからず驚いていた。
「やった、直ったぞ!」
 3つの表示以外は移動していないはずだから、だいたい位置が掴める。
「これで仙人さまのとこに帰れるね」
「ああ! ……あれ?」
 首を傾げる悟空。
「なあ、この3つが、あのレッドリボンの奴がいるとこだよな?」
 聞かれ、もレーダーを見る。
「……で、この真ん中が現在位置ってことは、3つの反応は今ここ……って、あれ?」
 レッドリボンのオカマの将軍さんは、ここにいるということに。
 レーダーが間違えるはずがない。ということは。
「動くと痛い目を見るわよ!」
「あっ!」
 たちの後ろにいたアラレが、いつの間にか現れていたブルー将軍にナイフを突きつけられていた。
 気配に気付けなかった自分に苛立ちを感じ、はアラレとブルーを引き剥がそうと力を込めたが、それに気付いた彼がナイフをぎらつかせる。
「大人しくしてなさい! この子が死んでもいいの」
「っ……」
 そう言われて動けるはずがない。
 ブルーの目に見えないほどの速度で動くことは、にはできない。
 悟空だってたぶん無理で。
「オラのドラゴンボール返せ!」
 ブルーは鼻を鳴らし、瞳を光らせた。
 あっと思ったときには遅く、悟空とはブルーの超能力で金縛りの状態になってしまっていた。指先を動かそうとしても、ピクリとも動かない。
 そうこうしている間に、悟空が左手に持っていたレーダーを強奪された。
「こっ、このやろう! レーダー返せ!!」
 レーダーを奪って用なしとなったか、アラレはあっさりと解放された。
 千兵衛は困ったように眉をひそめる。
「あの〜、それはこの子のやつでしょ……?」
「うるさいわね、あなたたち命が惜しければ、余計なことはしない方がいいわよ」
 ブルーは右手の親指を立て、飛行機を示す。
 飛行機を貰うなどと勝手に言い、悟空を見てニヤリと笑った。
「そうだったわ、わたしったら、肝心なことを忘れる所だったわ」
 元々はブルマの持ち物であるバックパックを、ブルーは飛行機の中に投げ入れた。
 あの中にドラゴンボールも入っているはずだ。
 野卑な笑みを浮かべ、ブルーは悟空に近づく。
「あなたとそこの娘に、死んでもらわなきゃね」
 言うと同時に、ブルーの右が悟空の顔面に入る。
 悟空は吹っ飛び、背中から地面に叩きつけられた。
 声を上げようとしたのに、の口からは小さな音しか出なかった。
 きっと自分は、こんな超能力なんて外せるはず。
 1度出来て、2度出来ないはずがないのに、こんなにも必死になっているのに、それでも解けない。
 汗を浮かせても、なにをしても、身体は動かない。
 ブルーはくすくす笑い、側近くにあったヤシの木の中ほどを、手刀でぱっくり切る。
 斜めの切り口は鋭そう。それを持ったまま、ブルーは悟空に近寄る。
「なっ、なにするんだっ!」
「あなたを串刺しにしてあげるのよ。あの女の子の方に強く力をかけたから、前回のように邪魔もされないようだしね。あなたを殺したら、あの子も後を追わせてあげるわ」
 なんとかしなくちゃと思うのに、身体は意思を無視して動いてくれない。
 悔しくて涙が浮きそうになりながらも、必死の抵抗を試みる。
 ブルーの持つ凶器、その切っ先が悟空の真上に掲げられた。
 ――誰か、どうか、彼を助けて。
 願うに呼応したみたいに、千兵衛の
「アラレッ! あの人と激しく、プロレスごっこしてあげなさい!!」
声が場に響いた。
 次いで、場違いなまでに明るいアラレの笑い声。
「きゃっほー! きょほほほーー!」
 いっそやりすぎなぐらい笑いながら、アラレは地を蹴る。
 彼女はアラレキーックと技名を言い、猛烈な蹴りをブルーの背中に喰らわせた。
 悟空よりも小さな身体なのに、どうやら物凄く強いらしい。
 ブルーはまるで重さのない何かのように、上空に向かって斜めに吹っ飛ぶ。
 アラレは待てと言って柵を飛び越え、飛んで行ったブルーを追いかけて行く。
 物凄いスピードだ……筋斗雲に追いつくわけだ。
 ふいに身体の動きに自由が効くようになり、横を見るとみどりの子供、ターボが笑っていた。
「あなたが動けるようにしてくれたの?」
「そうでちゅよ。悟空さんも治すでちゅ」
 ふよふよと空中に浮いたまま移動し、ぴ、と指を動かしただけで、悟空は動きを取り戻した。
「悟空、よかった。怪我は? 痛いとことかは?」
「別に平気さ」
 一撃殴られてはいたものの、ダメージ自体は大したことがないらしい。
 それでもは気にして、悟空に軽く治療を施した。
「あいつ、どこさ行ったんだろうな?」
「アラレちゃんが……あ、戻ってきた」
 アラレは行った時と同じぐらいの速度で戻ってきた。
 ブルーがどこに行ったのかと悟空が訊くと、彼女はあっさり、
「やっつけて、遠くにとばしちった!」
という答えを返してきた。
「遠くって……」
「ははは、もう見えやせんよ」
 亀仙人の元で修行し続けていたクリリンが勝てなかった相手を、簡単にやっつけてしまった少女に、は目を瞬く。
 悟空も同感の様子で。
「……お、おまえ凄ぇなあ」
「へへへ〜。ガッちゃんたちもつおいし、それからねえ、お友達のオボッチマンくんもつおいんだよ!」
 と悟空は顔を見合わせる。
 たぶんお互い、同じことを思っているはずだ。
 強い人はまだまだ多い。もっと修行をして、強くならなくちゃ――と。

「ドラゴンボール、確か飛行機の中だよね」
 は飛行機の左翼に飛び乗り、操縦席を見た。
 ピンク色のバックパックが、座席にある。
 それを手に取って中を確認。
 きちんと3つのボールがあった。
 しかし、どこを探してもドラゴンレーダーがない。
「悟空、レーダーがないよ」
「……そういやあいつ、確かポケットに入れてたな」
「あっ、そっか! それじゃあ……」
 悟空は腕組みをし、うーんと唸る。
「あいつ、たぶんまた死んでねえんだろうな……やべぇ物を取られちまった」
 ブツブツ言う悟空。も同じように腕組みをした。
 ブルマにもう一度レーダーを作ってもらおうというなら、仙人のところへ戻らねばならない。けれど現在地が分からないのでは、帰りようがなかった。
 ふと気付き、みどりに訊く。
「あの……地図とかありますか?」
「地図? あるにはあるけれど、この近所しかないわよ」
「近所って、どのぐらいでしょうか」
「大都会島かしら」
 ……どこだそれは。
「困ったね……」
「ボクが新しいレーダーを作ってあげまちょうか?」
 ターボの言葉に、悟空が驚く。
「おまえ、レーダーほんとに作れんのか!?」
「おとーしゃん、飛行機の部品、少しもらっていいでしゅか」
「い、いいけど。ターボくん、あんなの作れるの?」
 ターボはさっき見て覚えたと軽く言い、指先を飛行機に向けた。
 一度見ただけで覚えられるなんて、ちょっと信じられなかったけれど、の目の前で飛行機の内部部品が組み合わさり、ブルマが作ったのと全く変わらないレーダーが出来上がった。
 出来上がったそれを悟空が手に取り、スイッチを押す。ぱっと表示が現れた。
「あーっ、全く同じだ! すげえ、ありがとうっ!!」
「どういたちまちて」
「ターボくんありがと!」
 は喜んでターボに握手。その間に悟空は筋斗雲を呼ぶ。
、行くぞ」
「うん。皆さん、ありがとうございました」
 ぺこりとお辞儀をし、悟空の後に座す。
「色々ありがとな!」
「また遊びに来てちょ!」
 雲上からアラレと握手し、は微笑んだ。


2015・12・6