拡変世界 11



 仕掛け通路を抜けて進むと、広い場所に出た。
 停船所らしく、大小の小型艦が浮かんでいた。
 ブルマが、潜水艦があるのだから、他に出口があるはずだと話していると、悟空がピタリと歩みを止めた。
「なんかいるぞ」
「レッドリボン軍か!?」
「いや、人間の気配じゃねえ」
 幽霊でもいるのかとビクつくブルマ。
 は、幽霊と聞いて顔色を青くし、ふるふると頭を振る。
 以前にホラー映画を見てしまって以来、幽霊だのゾンビだの、そういうものは苦手傾向にある。
 お化け屋敷にだって入れない。
 だから、現れた骸骨型のなにかが現れた瞬間、は思いっきり泣きそうになった。
 先入観とは恐ろしいもので、機械的ボディなど視界に入っておらず、だから骸骨が攻撃を仕掛けてきたとき、一瞬反応できなかった。
っ!」
「ひゃ……」
 悟空に抱えられ、骸骨が揮った剣を回避する。
「ご、ごめん悟空」
「気をつけろよ?」
 こくりと頷き、恐怖心に負けないよう腹に力を入れて、骸骨を見た。
 機械的な身体に、ブルマが叫ぶ。
「……ロボット……ロボットよ!」
「よかった、亡霊じゃないんだね!」
「よかないわよ! 危ないっ!」
 ホッとしたの足元に、銃弾が打ち込まれる。
 ジャンプしてそれを回避し、その間に悟空が背後に回って骸骨の後頭部に蹴りを喰らわせた。
 剣を揮おうとし、クリリンに刀身を折られる。
 は骸骨の懐に一気に踏み込んで殴り飛ばす。
 力を込めた攻撃は、骸骨を幾分か後退させるものの、すぐさま復帰してしまう。
 が退き、代わりに悟空が連撃を喰らわせる。
 装甲が硬い上、表情がないために、効いているのかいないのか、さっぱりである。
 暫く悪戦苦闘しながら戦っていたが、唐突に悟空が声を張った。
、クリリン、こいつはオラがやっつけるから、先にブルマとドラゴンボール探しに行ってくれ!」
「でもっ……」
 たった1人で置いていくなんてできないと、は首を振る。
 けれど彼はニッと笑う。
「でえじょぶだって、ちゃんとおめえんとこさ戻る!」
 真っ直ぐな目で言われると、どうにも弱い。
 は息をつき、頷いた。
 悟空は力を込め、左方向から骸骨を蹴り飛ばした。
「いまだ、行けっ!」
「うん!」
「頑張れよ!」
 はブルマの後から、クリリンは先頭を走る。
 悟空は、戻るって言ったら絶対に戻る。
 だから今は、前に進んでドラゴンボールを探そう。


 だいぶ進んだ頃、突然どこかで爆博したような音がした。
 上からなにやら粉が落ちてきて、の肩に降りかかる。
 それを払いのけ、どうやら天井が崩れてきているのだと知った。
「急がないと、洞窟全体が崩れるかも知れないわ」
 ブルマが急かすように言う。
 暫く進むと、分岐路が現れた。
「レーダーで見た感じでは、こっちだったわ」
 右方を示すブルマ。クリリンは頷き、悟空が追いかけてきた折に迷わないようにと、その辺に転がっていた石を掴んで地面を削り、矢印を記した。
「悟空、ちゃんと来るよね」
「大丈夫よ! ほらっ、早く!」
 天井に走った亀裂は、どんどん広がってきている。
 早く脱出しないと、いずれ全体が崩れて埋もれてしまう。
 後を気にしながら走り続けていると、行き止まりに当たった。
「手前になにかあるね」
「井戸だわ! 潜って行かないと、先に進めないのよ!」
「泳ぐのか……仙人さまの修行で泳ぎやっててよかった」
 以前はあまり泳ぎが得意ではなかったが、修行の折りに色々身につけた。
 まさかこんな風にそれに感謝するとは、思ってもみなかったが。
 クリリンが先頭、次にブルマ、最後にが井戸の中へと飛び込む。
 大きな空間で、だいぶ泳ぎ易くはあった。
 微妙にまとわりついてくる感のあるズボンが鬱陶しいが、泳ぎに支障はない。
 薄暗くはあるが、見えないわけでないところからすると、どこかに光源――人工的なもの――があるようだ。
 息が苦しくなってきた頃、はっきりした明かりが上から注いできた。
 急いで浮上し、胸いっぱいに息を吸う。
 塩気の多い香りが一気に入ってきて、少々むせた。
! 見てよ、宝よ宝っ!」
「へ?」
 既に先に上がっていたブルマとクリリンは、いかにも、な宝箱の前ではちきれんばかりの笑みを浮かべている。
 水から上がり、宝箱の中を見てみた。
 確かに、目も眩まんばかりに輝く宝石やら、金貨やらと、大量に詰められていた。
「やった!」
「こ、これ、物凄い金額になるわよ!」
 興奮するブルマとクリリンだが、そんなものを探しに、レッドリボン軍に追い立てられてきたわけではあるまい。
「そんなのじゃなくて、ドラゴンボールを……」
「残念だけど、ドラゴンボールも宝も、レッドリボン軍が頂くわ」
 喜んでいたブルマとクリリンの動きが止まった。
 は出てきた男から距離を取る。
 緊張感をたっぷり含んだ空気、それを壊したのはブルマのはしゃぎ気味な声だった。
「んまぁっ! わたしのタイプ!」
 お尻を振りながら、金髪の男に擦り寄るブルマ。
 しかし男の方は、あからさまに嫌悪感を示して彼女から距離を取った。
「おっ、女は近寄らないで頂戴っ、気持ち悪いわね!」
「げげ……オカマか……」
「オカマのレッドリボン軍だ」
「わぁ、初めて見た」
 ブルマとクリリンは引き気味に、は妙に感心して頷く。
「このブルー将軍に対して、言ってはならない言葉を言ってしまったわね……後悔させてあげるわ!」
 構える男。対するクリリン。
 はブルマを彼らから離れた所へ移動させる。
 脇合いでは、既に2人が闘っていた。
 クリリンに多少の油断があったせいもあるだろうが、彼はブルーの攻撃を正面から受けて、背中側から思い切り岩壁に突っ込んだ。
「ぐ、うぅっ……」
「クリリン!」
「ほーっほっほ、威勢がよかった割には、実力はそんな程度なのかしら」
「くそぉ……!」
 クリリンはブルーに向かって威勢良く駆け込むと、途中に残像を残し、ブルーの目を眩ませた。
 残像の方に気を取られたブルーは、クリリンの蹴りを思い切り顔面に受け、地にひれ伏した。
「おおっ、クリリンないす!」
「恐れ入ったか!」
 ブルーは顔に手をやり、手の平についた赤いもの――つまり血――を見て、形相が変わった。
 ブツブツとなにやら呟いているが、の耳には聞こえない。
 かと思えば、いきなり自分の身体を抱き締めるみたいにしながら立ち上がり、
「最低っ! わたしったら最低!!」
 こちらに背を向けて震えている。
 暫くそうしていたと思ったら、クリリンに向かって怒りの眼差しを向け、ぎらりと目を光らせた。
 比喩でもなんでもなく、本当に目が光った。
 とたん、クリリンの身体が硬直した。
「か、か、からだが……うごかな……」
「ほほほ、いかがかしらわたしの超能力は!」
 言いながらブルーはクリリンを蹴り上げ、殴り飛ばす。
 は飛ばされて壁に激突したクリリンを回復すべきか一瞬迷い、結局ブルーに向き直る。
 彼が闘えないなら、自分が闘うしかない。
 既に洞窟はだいぶ崩れてきている。
 なにごとも早くしなければ、生き埋めになってしまう。
 ぐっと奥歯を噛み、止めを刺そうと歩いてくるブルーの前に立ちはだかった。
「……ほほほ、あなたがわたしのお相手をするとでも?」
「うん、やるよ」
「止めておきなさい。反抗しないなら、苦しまずにあの世へ行かせてあげるわ」
「いやだ、そんなの」
 きっぱり言い、は地を蹴り、ブルーの腹に渾身の一撃を込める。
 彼はを少女だと完全に舐め切っていたため、その攻撃に全く注意を払っていなかった。
 しかし実際はかなり重い撃を喰らい、空気をノドに詰まらせたみたいに咳き込んだ。
「ぐっ、ごほげほっ! 仕方がないわね……あなたもわたしの超能力の餌食になるといいわ!」
 ブルーがを見つめ、例の光る目を使おうとした瞬間。
 たちが出てきた、井戸から続いている水路から、悟空が飛びあがって出てきた。
 彼は空中でくるりと回転して着地した。
「孫くん、そいつレッドリボン軍よ! わたしたち、殺されるとこだったのよっ!」
「レッドリボンか……。、こっち来いよ」
「う、うん」
 ブルーを気にしながらも、悟空の後方に下がる。
 悟空はクリリンをやられたことに怒りを覚え、ドラゴンボールを奪わせまいと、構えを取るブルーに相対した。
 最初こそ自分優位だと思っていたブルーは、悟空の一撃を受けた時点で自信をがらがらと崩された。
 ブルーの攻撃は全く当たらない。
 蹴りを放っても避けられ、飛びあがって壁を蹴り戻り、後頭部に痛烈な衝撃を頂いたりと、実力差は歴然としていた。
「ゆ……許せないわ……! こんな目に遭わされるなんて、絶対に許せない……」
「悟空、そいつの目を見ちゃだめ!」
「え?」
 ダメと言われ、逆に目を思い切り見てしまったのか、悟空の身体が硬直する。
 動けない彼を、まるでボールみたいに蹴るブルー。
 悟空は天井にぶち当たり、そのままの勢いで落下した。
「ご、悟空っ!」
 は彼に駆け寄ろうとし、ブルーがカプセルから銃を取り出したため、ブルマに引っ張って止められた。
 銃口は、悟空の顔面、それも超至近距離にある。
 いくらなんでも、あの位置は不味い。
 ドラゴンボールの位置を教えろと脅しをかけてくるブルー。
 ブルマは仕方なく、側にある水溜りを示し、恐らくは底の方にあると告げた。
「そう……ならあなた達にもう用はないわ。レッドリボン軍の邪魔をした者たちには、死んでもらうことになってるの」
 ブルーの指が、トリガーにかかる。
 あんな距離から撃たれたら。
 悟空が、死んじゃう。
 思った瞬間、の身体の芯がカッと熱くなった。
 まるでそうすることが当たり前のように、はブルーを指し示す。
「な、なによ……」
 驚き、動きを止めているブルー。
 は大人顔負け――実際、亀仙人がこの場を見ていたらそう言っただろう――の鋭い視線をブルーに合わせた。
 全身に力を込める。
 そして、悟空をジャマする力を跳ね除けろという意思を。
 の全身にほんの微か、翠の光が浮かび上がった。
 それらはブルーに突き進み、当たって弾ける。
 それ以外はなんの異常もなかった。彼自身には。
「……? あっ、動ける! オラ動けるぞ!」
「今よ、今よ孫くん!」
 ブルマが興奮して叫び、悟空は再度超能力を使おうとしていたブルーにジャン拳を食らわせ、目を眩ませた。
 続けざまに拳を食らわせ、吹っ飛ばす。
 はそれを視界の端で認識しながら、息を弾ませている自分に気付いていた。
 なぜだか知らないが、とにかく息切れを整えるべく呼吸を繰り返す。
 ブルーは上下逆さまで壁に立て掛けられているみたいにして、気絶していた。
、おめえが助けてくれたんだな!」
「えっ……私、なにもしてないよ」
 なにかをした、という実感は全くなかった。
 だが悟空は首を振る。
「傷を治すのと似てる力でさ、助けてくれたんだ、きっと!」
「そう、かな。悟空の助けになったなら、とっても嬉しいけど」
「ちょっとあんた達、和やかになってる場合じゃないわよ! 崩れてきてるんだから、さっさと脱出しないと!」
 頷く
 確かに、早くここから脱出しないと、埋め立てられちゃうもんね。


2015・1・31