拡変世界 10



 買い物へ行っているクリリンとランチを待つこと暫く。
 は、出されたジュースを飲みすぎて、トイレに走った。
 仙人は、が家に入って行くのを見て、何やら唸る。
(……お子ちゃまじゃしのう。タイプじゃないしのう)
 彼女が将来、すばらしく可愛らしい女性になるとは、今の時点では全く気付かない亀仙人である。



 が家から出てきてすぐ、ブルマが入れ違いにトイレを借りに行った。
 すると、何故だか仙人も退屈だと言って家へと入っていく。
 ちょっとした違和感を感じただったが、別にそれ以上気にすることもなく、砂浜に腰かけている悟空の横に座った。
「ずいぶん遅ぇなあ……」
「ほんとだね」
 ただボーっと待っているのも、なかなか辛いものがある。
 異界の地球にいる頃は、決して活動的ではなかったのだけれど。
「変な感じ」
「なにがだ?」
 ポツリと呟いた声が聞こえていた悟空は、を見て訊く。
「えっとね、前は運動するの、どっちかっていうと嫌いだったの。だから、自分から体動かしたいなーなんて、不思議な気がして」
「そうなんか? ……そういや、前にさ、おめえから抜けて出てきたオンナさ、なんだったんだろうな」
 ずっと自分と一緒にいた『自分』。
 の中の
 彼女のことは、ほとんど皮膚感覚での記憶でしかない。
 当時流れ込んできていたらしい、不可思議な温かさのみ身体に宿ったまま、もう1人は自分の世界に帰ってしまった。
 なんだったのかと訊かれても、分からない。
「オトコの方が、オラたちがでっかくなったら、あいつらのこと分かるかもって言ってたよな」
「うん、言ってたね」
 本当に分かるかどうかは分からないが。
 一緒にいた彼女は悟空がたまらなく好きだった、ということしか分かっていない。
 でも、それを彼に言うことはしなかった。
 なんだか恥ずかしい気がして。
「あ、なんか来たぞ」
「え?」
「まだ来てないの?」
 ブルマが丁度よく家から出てくる。
 悟空は空を指した。
 おそらく潜水艇モデルにもなる飛行機が、こちらに近づいてくる。
「亀仙人さま? なんで中でテレビを見ていたはずなのに、外でずぶ濡れになっておられるんですか?」
「うるさいっ! そんなことはわしの勝手じゃろう!」
 背後で会話をしているウミガメと仙人を見た。
 確かに、仙人はいつの間にやら外に出て濡れ鼠。
 雨も降っていないのになあ。

 上部が開き、艇の中からクリリンとランチが顔を出す。
「あれ、悟空とちゃんじゃないか」
「えへへ」
「オッス! 元気だったか?」
「ああ! えっと、そっちはパンツさんでしたっけ?」
 残念。似ているようで違う。
 ブルマは自分の名前を必死の形相で訂正した。
 戻ってくるのが遅かったという仙人に、クリリンはげんなりした顔で溜息をつく。
 ランチが町で変身して、大騒ぎになったらしい。
 そりゃあ遅くなりもする。
「ところで悟空、どうしたんだ?」
「それがさあ」
 ざっとクリリンに説明すると、彼は納得したように頷いた。
 ついでとばかりに、その付近で噂がある、海賊の宝の話を聞かされる。
 昔、あの周辺の海を荒らしていた海賊の溜め込んだ宝が、海のどこかに隠されているらしい、と。
 の地球にも、似たような話は転がっていた。
 なんとか埋蔵金しかり、なんとか大陸しかり。
 たいてい、見つからないものだと思うのだけれど。
「面白そうだな、オレも付いて行こうかな」
「ほんとか? 危なくても知らねえぞ」
 結局、クリリンもついてくることで合意し、潜水艇を出発させた。


 ボールの位置を確認したところによると、どうやら海底洞窟内部にあるようだった。
 その場所に向かう途中、レッドリボン軍の潜水艦に発見され、魚雷砲撃を受けながらも、なんとか洞窟に入ることができた。
 レッドリボンのことを言っていなかったため、クリリンとブルマは相当驚いて(怒って?)いた。

「ご、ごめんね……だってそんなに怖い人たちだって、知らなかったんだもん」
 はしゅんとなりながら、暗い洞窟内部を、悟空の後ろについて歩いていく。
 砲撃からは逃れたものの、小型艇で追ってきていたレッドリボンの面々は、当然たちの後ろを来ているはずだ。
 背後を気にしながら歩くブルマは、足取りが微妙に荒い。
「レッドリボンよ!? 怖いに決まってるでしょ!!」
「世界最悪の軍隊なんだぞ!」
 クリリンが息巻いていうものの、にはそんなこと実感できなかった。
 シルバー大佐とかいう人も、ホワイト将軍とかいう人も、凄くなかった気がしてならないからだ。
 そう言うと、ブルマもクリリンも唖然としてを見た。
「……あんた、孫くんと一緒にいて、人外っぷりが激化してない?」
「そうかなあ……? だって、悟空と比べたらずーっとずーっと弱いけど」
「比べる対象が間違ってるわよ!」
 はぁーと深々溜息をつかれてしまった。
 そんなこと言われても……悟空と一緒に物凄い修行をしていたクリリンだって、レッドリボンなんて簡単に倒せちゃうと思うのに。
 足早に逃げていた一行の中で、ふいに悟空が足を止めた。
「なあ!」
「え?」
 声をかけられ、後を気にしていたブルマが悟空を見やる。
「ばぁ!」
「ひっ……ぎゃーーーーーーあああぁーーーー!」
「ひゃああっ!!」
 叫ぶブルマに驚いて、も脊髄反射的に悲鳴を上げた。
 悟空は物凄い勢いで驚いたブルマに対し、けらけら笑っている。
「こんな時に、なに遊んでんのよっ!」
 彼は、手にしゃれこうべを持っていた。
 どこで見つけたのかと訊けば、すぐそこだと示された。
 壁付近に、所謂キャプテンハットらしき帽子と、同色のきちんとした作りの服(といってもボロボロではある)があった。
 当然みたいに、服を着ていたであろう人の身体は白骨化して、亡くなってから、随分と年月が経っているように思う。
「そ、そうかっ! 大昔の海賊の宝が、この辺りに隠してあるって言っただろ? きっとそれがこの洞窟だ!」
 興奮気味に語るクリリン。
「そ、そうね……ここなら滅多に見つかりっこないわ」
 宝、という単語にかなり反応しているクリリンとブルマ。
 は悟空と顔を見合わせ、とにかく先に進もうと進言した。
 後からは――怖そうでないとはいえ――レッドリボンが来ているわけで、あまり安穏としてはいられない。
 完全に興奮し、後から来ている敵のことを忘却しがちなクリリン。
「クリリンくん、レッドリボンのこと忘れてるんじゃない?」
「オラは宝よりご馳走のがいいな。は?」
「え、私? うーんと、そだね……大きなチョコレートパフェかな!」
 だいぶ食べていないから、食べたいなあ。
 言うと、ブルマが後頭部を掻く。
「西の都でなら、食べに連れて行ってあげたのに」
 うっ……残念。

 緊張感のないまま歩を進めて行くと、ぼこぼこしたいかにも洞窟、という道から、綺麗に舗装された場所へと出た。
 白い壁と床。
 きちんとした正方形の通路。けれど、奇妙な道だ。
 ブルマは顎に手をやり、首を傾げる。
「ねえ、ちょっと変な道じゃない? 床にも壁にも、妙なものが並んでるわよ」
「関係ない関係ない」
 クリリンは全く無視して、怪しげな道を進んで行こうとする。
 彼の足が、床の黒いなにかを踏んだ瞬間、かちりと音がした。
 とたん、頭の上を槍が通過。
 身長がもう少し高ければ、頭に大穴が開いていたに違いない。
「侵入者から宝を守る罠よ! 床にあるボタンを踏むと、横の穴から槍が飛んでくるんだわ」
 床にびっしりあるスイッチを押さずに、向こう側へ通り抜けるなんて、普通に考えたら無理な話に思えた。
 けれど悟空は、下にあるスイッチを踏まなければいいんだろと軽く言い、多少の助走をつけて地を蹴り、あっさりと向こう側へ着地。
 20メートルはあるのにと驚くブルマを他所に、今度はクリリンが飛んだ。
 余りに高く飛びすぎて、途中で天井と接触し、何本か槍を頭上に走らせたりしたものの、怪我はなかった。
「よし、そんじゃ次はだな!」
「わ、私……だいじょうぶかなあ?」
「よしなさいよ! 怪我でもしたらどうするのよっ」
「うーん。悟空ー! 私大丈夫かなあー!?」
 訊いてみると、
「平気さー! オラと一緒に修行してっだろー!?」
 あっさり言われた。
 よし、と頷き、距離を取る。
 まだ止めろと言っているブルマに、だいじょぶだと告げ、走って飛ぶ。
 天井に当たらない程度の高さで飛び、無事に悟空にキャッチされた。
「えへへ、やった」
「言ったろ? できるってさ」
 悟空は微笑み、はホッと息をついた。
 残るはブルマだが、彼女はさすがに飛ぶことができず、悟空に如意棒で橋渡ししてもらった。
「全くもうっ、、無茶しないのよ!」
「ごめんなさい」
「心臓が悲鳴を上げたわ……。にしても、本当に飛べるなんて信じられない。そんなになっちゃって、どうするのよ」
「でも、悟空と一緒にいるなら、強くないと……」
「別にオラはそんなの気にしねえけど」
 それはそうかも知れないけど。
 一緒にいて弱かったら、迷惑かけちゃうもん。
 分かっているのかいないのか、悟空はにっこり笑っての手を握るのみ。



2011・1・1