拡変世界 9



「ふぁぁ……」
 大あくびをする悟空の後で、はムクリ、起き上がった。
 目をぐしぐし擦っていると、直ぐ近くでブルマが咎めの声を上げる。
「こら、そんなに目を擦ったら赤くなるわよ」
 悟空の懐からひょっこり顔を出し、ブルマはの側に移動する。
「そろそろレーダーで確認してみて」
「はーい」
 言われた通り、レーダーで現在位置とボール位置を確認する。
 まだもう少し時間がかかりそうだ。
 太陽は目覚め、たちを照り付けていた。






「あっ、悟空! 止まって止まって! ここだよ、この下あたり!」
 悟空の裾を引っ張り、筋斗雲を止めさせる。
 自分で下と言っておいてなんだが、この付近はほとんど海だ。
「海底に沈んでるんだわ……」
 ブルマが海を見ながら言う。
 とりあえず、近くに見える島に上陸することに。
 筋斗雲で島に近づく際、眼下に船が見えた。
 ブルマは船がいるから無人島ではなさそうだと言うが、民家などは見えない。
 島の海辺付近に着陸し、ブルマはミクロバンドを操作して普通サイズに戻る。
「あー、窮屈だった! さてと、ドラゴンボールを探さなくちゃ」
「オラ、海に潜って探してくるからな」
「悟空……海に潜って探すって言っても」
 深いよと言おうとしたより先に、ブルマが高笑いをあげた。
 びっくりして振り向くと、彼女はポケットからカプセルケースを取り出して見せる。
「こんなこともあろうかと、潜水艇を用意してあるのよね」
 妙に自信満々にカプセルケースを開き、中を見る。
 とたん、ブルマの目が驚愕に見開かれた。
 震える手でカプセルを取り出す。
「なっ……なんでこれ1つしか入ってないの?」
 彼女は震えて呆然とカプセルを見つめる。
「と、父さんのだわ……間違えて持って来ちゃった……」
 悟空とは顔を見合わせた。
「その1個にはなにが入ってんだ?」
「……余り見たくないわ。嫌な予感がするの」
「でも、役に立つカプセルかも知れないよね?」
 に言われ、ブルマはそれでも少しばかり悩んでいたが、意を決してカプセルのスイッチを押す。
「信じるわ、父さん!」
 ぼむ、とカプセルが展開する。
 バサバサと鳥が飛ぶみたいな音を立て、空中から本――否、雑誌が落ちてくる。
 それらの本の1冊を手に取り、は思わず放り投げた。
 えっちい本だ!
 は顔を真っ赤にして、本を放り投げる。
「へんなの……。こいつら風呂じゃねえのにハダカになってら」
「ご、悟空のえっち!」
「子供は見なくていいのっ!」
 悟空は持っていた本をブルマに奪い取られ、彼女は父親への呪いの言葉を発しながらそれらをビリビリに破いている。
「なあ、なんであれ見るとえっちなんだ? オラ、亀仙人のじっちゃんと一緒け?」
「それは……ちがうと思う」
 亀仙人は四六時中、女の人のビデオを見ていた。
 そんな彼と悟空を一緒になんて、には到底できない。
「とにかく、見ちゃだめなの!」
「ふぅーん。もダメなんか?」
「……私は別に、女の人の裸見ても嬉しくないもん」
「ぜぇ……ぜぇ……。参ったわね……」
 ブルマはやっと本を引きちぎることに満足したのか、荒い息を整えて海原を見やっている。
「やっぱりオラが潜って探してくる」
「わ!」
 悟空が唐突に裸になりだしたため、は慌ててそっぽを向いた。
 彼はすっかり服を脱ぎ捨ててしまってから、の手を引いた。
、行くぞ!」
「わ、私も!?」
「決まってっだろ」
 それが当然みたいに、彼はそっぽを向いたままのを抱えて筋斗雲に乗る。
 ブルマをその場に置いて、2人はレーダーの反応があった場所に向かう。
「そんじゃ、オラ行ってくる。……なあ、さっきからなんでソッチ向いてんだ?」
「悟空が裸だからに決まってるでしょ……」
 よくわからない風な悟空は、まあいっかと1人で納得し、筋斗雲から海へと飛び込む。
 は海原に沈んでいく悟空を見やり、もしかしたら……なんて思っていたが。
「ぷはぁっ、だめだ! とても息が続かねえよ!」
 赤い顔をして浮き上がってきた悟空。
 は筋斗雲を彼の側に寄せ、なるべく彼を見ないようにしながら手を貸して雲上に引っ張り上げると、服を押し付けた。
「海はものすごく深いんだよ? いくら悟空だって、ずっと潜ってなんてられないよ」
 一瞬、悟空なら――なんて思ったりもしたけれど、やはり無理な話だったか。
 彼の体はまだ濡れていて、仕方なくは持っていた鞄の中から、ハンドタオルを出す。
 悟空は意味が分からないらしく、手渡したタオルを不思議そうに見ている。
「身体ふいて服着てよぅ」
「うん? オラ別にかわくまでこのまんまで……」
「だめ」
 きっぱり言う。
 裸のままでいられたら、目のやりどころに困ってしまう。
 確かに彼の裸はしょっちゅう見てはいるものの、至近距離にいる状態での裸は、精神的によろしくない。
 悟空は不思議がりながらも、身体をざっと拭いて服を着た。
「ブルマんとこに戻ろうよ」
「そうだな」
 筋斗雲でブルマがいた場所に戻るが、そこに彼女の姿はなかった。
 どこかへ移動してしまったらしい。
「悟空、どうしよう?」
「うーん。すぐ見っかるかな」
 2人でキョロキョロ周囲を見回していると、どこからともかく悲鳴が聞こえてきた。
「ブルマ?」
「いたいた、あっちの方だ。なにやってんだ、アイツ」
 ブルマがいるであろう方向に向かうと、彼女を追いかけているらしい、2機の飛行機が。
 全力疾走している彼女に近接し、は声を張った。
「どうしたのー!?」
っ、孫くんっ、チカンよ、チカン!!」
「へ? あの後の人たち、チカンなの?」
「そうよっ、早くやっつけて!」
 はむん、と手に力を入れる。
 チカンは世の女性の大敵です!
 そうこうしているうちに、背後の飛行物体は悟空と目がけて発砲し出した。
 2人とも飛びあがってそれを避ける。
 執拗に筋斗雲上の2人を狙う男たち。
「お前、またレッドリボンってやつらだろー!」
 悟空はに如意棒を手渡し、自分は飛行機の1つ、その正面から思い切り蹴りを喰らわせた。
 彼の蹴りに機体はあっさり負け、地面に向かって落ちてゆく。
「てめぇら!」
 の側にいたもう1機が、彼女に狙いを定めた。
 息を吸い、
「伸びて如意棒っ!」
 悟空に渡されていた如意棒を伸ばすと、放たれる弾丸を回避して悟空を雲上にキャッチしながら、思い切り機体の側面に叩きつけた。
 渾身の力を込めて振り下ろした如意棒は、機体に思い切りめり込む。
 というより、半ば切断している状態だ。
 如意棒を元のサイズに戻している間に、攻撃を受けて飛行不能になった機体は急下降。
 どっかんと地面にぶつかった。
 中にいた人は緊急避難したのか、パラシュートで海に落っこちて行っている。
、ずいぶん筋斗雲に乗るのうまくなったなあ!」
「悟空にはまだまだだよ……1人で乗るのは不安だし」
 そんなことを言いながら、木の影に隠れていたブルマの側に降りた。
「孫くんはともかく、まで更に強くなっている気がするわ……」
「えへへ」
 頬を掻く
 悟空は、いいことを思いついたと嬉しそうに笑う。
「なあなあ、ここから亀仙人のじいちゃんのとこまで、そんな遠くないぞ」
「あ、そっか。仙人さまなら、海に潜れるカプセル持ってるかも」
 うんうんと頷く
 だが、ブルマは渋い表情を浮かべた。
「……亀仙人ねぇ」
 仙人さまが嫌いなのかな?
 いいひとなのに?


 またもミクロバンドで小さくなったブルマを悟空は懐に入れ、カメハウスに向かって飛ぶ。
 太陽が照り付けてきて、肌がちりちりする。
 南地方独特の熱線だ。
 はカバンの中から水を取り出し、こくこく飲む。
 悟空に手渡すと、彼もそれを飲んだ。
 ブルマには、キャップ部分に入れて飲ませる。
「暑いねわねぇ。まだかしら」
「もうすぐ着くよ。屋根が見えてるし」
「じいちゃんいるかな?」
 凄い勢いで近づいてきたカメハウスは、以前修行していた時と、当たり前だが変化はない。
 砂浜に寄り、それぞれ飛び降りた。
「あっ、ウミガメさん! 帰ってたんですね!」
 砂浜には、以前に悟空が助けたウミガメが戻ってきていた。
「悟空さんに、さんじゃありませんか! お懐かしゅうございます」
「ウリゴメ、久しぶりだな!」
 はガックリきながらも、悟空の裾を引っ張って『ウミガメ』だと訂正する。
「じいちゃんいるか?」
「はい、おられますよ。亀仙人さま! 悟空お坊ちゃんと、お嬢ちゃんですよーー!」
 大声で幾度か叫ぶと、中から物音がして仙人が出てきた。
「おお、お前達か。孫悟飯の形見のドラゴンボールとやらは、もう見つかったのか?」
「残念ながら、まだ見つかってないんです」
「それで……わしになにか用なのか?」
「なあブルマ、説明してくれよ」
 悟空に乞われ、ブルマは仕方がなさそうに懐から出ると、ミクロバンドを操作して通常サイズに戻った。
 仙人と亀は物凄く驚いていたが、それも当然だろう。
 ……にしても、小さくなったり大きくなったりは、こっちの世界でも不思議らしい。
「ななっ、なんじゃ!? 今のはどうやったんじゃ!?」
「これよ、このバンド。小さくなったり元に戻ったりできるの」
 興味深そうにそれを見ている仙人に、自分の天才振りを自慢しているブルマ。
 悟空はブルマに説明するように言う。
「あ、そ、そうね。あの……亀仙人さん、潜水艇を持っていらっしゃらないかしら? ちょっとだけ貸して欲しいんだけど」
「潜水艇じゃと? 持っておるが、どうするんじゃ」
「あのね、ドラゴンボールが水の底にあるんです」
「オラでも深すぎて潜れねえんだ」
 事情を聞いた仙人は、ひとつ頷く。
「ええぞい、貸してやっても。……ただし、じゃ」
 心なしか、ブルマがビクッとした気がした。
「その小さくなる機械、おくれ」
「え、これ!?」
 ブルマはあからさまにホッとした様子で、胸を撫で下ろす。
 なにに緊張していたのか分からないが、彼女は2度、3度と「よかった」を繰り返す。
「パンツおくれとか、ぱふぱふさせろとか、ツンツンさせろとか、すりすりへろへろさせろとか言われるかと思っちゃった!」
 ずらずら並べられた単語に、と悟空は首を傾げる。
「なあ。ぱふぱふってなんだ? つんつんって?」
「……なんだろ?」
 すりすりへろへろ、なんて、完全に想像の範疇外だ。
 なにかの技か、物品だろうか。パンツは分かるけど。
 さっぱり分からず疑問符を浮かべている子供2人を他所に、ブルマと仙人の会話は続いていた。
 潜水艇は、現在クリリンとランチが買い物のために使用中とのことで、彼らを待つことになった。


2011・10・9