拡変世界 8



 空きっ腹の悟空の食欲は凄まじいものがあり、彼がそれなり腹いっぱいになるのに、先ほど得た10万ゼニーはあっという間に消えてしまった。
 残ったのは、札が1、2枚と、小銭がいくらか。
 まあ、きっとなんとかなる。
「それじゃあ、警察の人を探そ!」
 の言葉に、悟空はよく分からないまま頷いているようだった。



「ブルマっていう女の子ねえ……」
 やっとのことで見つけた警官は、さすがに『ブルマ』という名前だけでは分からないようだ。
 けれど、も悟空も、それしか情報を持っていない。
 警官は暫く困っていたが、息を吐き、胸ポケットからなにやら機械を取り出した。
「コンピューターで照会してあげよう。ブルマ、ブルマと……3人いるな」
「どれどれ?」
 悟空が覗き込んでモニタを見る。
 少しして、ブルマを見つけたようだ。
「なんと! カプセルコーポレーションのお嬢さんじゃないか!」
「ねえっ、どこなの、ブルマの家!」
 悟空に裾を引っ張られ、警官はぽりぽり顎を掻き、なにに対してか頷いた。
「ちょっと遠いから連れて行ってあげよう。乗りなさい」
 彼は同じく胸ポケットからホイポイカプセルケースを取り出すと、人のいない付近を見計らってバイクを出した。
 警官の後ろにが、その更に後から悟空が乗る。
 バイクはすぐに走り出し、地上道路から高い位置にあるチューブ(の中にある道路)に入る。
 夏場なんかは暑そうな道路だ。結構、車の往来がある。
 にしても……このバイクも宙に浮いている。
 またも軽いカルチャーショック。
 警官は、何度も悟空にブルマと知り合いかと確認していた。
 不審人物を人の家に送り届けた、なんてことになったら、大変だからだろう。

 暫く走り続け、15分程だろうか、大きな建物の前に着いた。敷地も大きい。
 ブルマを呼ぼうと叫んだ悟空を警官が止め、インターフォンを押す。
「あー、もしもし。こちらにブルマさんという方がおられると思うのですが」
『ブルマ様ハ、タダイマ学校ニイッテミエテマスガ』
 機械的な声で返事があった。
 悟空は柱が喋っているとでも思っているのか、しきりに柱を気にしている。
 確かに、考えてみれば普通は学校に行っている時間だ。
 ブルマはまだ16歳の――の学校と制度が同じであれば――高校生なわけで。
 16歳でドラゴンボールを探す旅に出るなんて、自分の地球の高校生だったら出来ないかも知れない。
「さて、どうするか……待ってるかね?」
「うん! おまわりさんは、もう行ってもいいよ」
「そうはいかんよ、君たちが悪い奴らだったら大変だからね」
「別に、悪いコじゃないよ? 私たち」
「そうはいってもね。なにしろカプセルコーポレーションといえば、世界でもトップクラスの会社だからね。そこのお嬢さんと君なんかが知り合いとは、ちょっと思えんし」
 かなり失礼なことを言っている気がしなくもない。
 警官の職務からしたら、当たり前なのかも知れないけれど。
「あ、ブルマの匂いがする」
「ブルマの匂い?」
 は首を傾げる。
 すると、遠くの方から物凄いスピードでやって来るエアバイクが。
 バイクは悟空たちの横の道路に止まった。
「おっす!」
「ブルマ、久しぶり!」
 2人で同じように手を上げると、ブルマは驚いて目を瞬いた。
! 孫くん! よく家が分かったわねー!」
 彼女はバイクをカプセルに戻し、駆け寄ってきた。
 かと思うとをギューっと抱き締める。
「よかった、無事だったのね! 危ない目に遭ってない? 孫くんに虐められたり……はしてないか」
「悟空が私をいじめるなんて、そんなの考えつかないよ」
「そうだぞブルマ、オラのこといじめたりしねえよ」
 膨れ面をする悟空に、ブルマはケラケラ笑ってを放す。
 警官は状況に置いていかれ気味だったが、はっとしてブルマに声をかけた。
「き、君がカプセルコーポレーションの娘さんかね?」
「そうよ、どうも。それで2人とも、なんか用なわけ?」
「お前にもらったレーダー、壊れちゃったんだ」
「なるほど、直して欲しいって訳ね。わかったわ、来なさい」
「あ、あの失礼」
 家に入ろうとすると、警官が後から声をかけてきた。
 彼は自分のスクーターの調子が悪いので、見て欲しいと。
 ブルマは彼も家に招き入れた。


『オカエリナサイマセ』
 機械のメイドが挨拶をする。
 ブルマは彼女(?)に父親の居場所を聞くと、率先して歩いていく。
 は機械のメイドというのに驚きつつも、ブルマの後について行った。
 扉らしきものがある壁の脇の機械を操作し、壁を開いた。
 すると、目の前にいきなり広い空間が現れた。
 そこかしこに緑があり、大きな噴水もあった。
 まるで外みたい。
 悟空も同じ感想を持ったらしい。
「また外になっちまったぞ?」
「外じゃないわよ。1階が庭なだけ」
 簡単に言うが、それって凄いことでは?
 空中に浮いているロボットに、ブルマは自分の父親を探すよう指示する。
 ほとんど間を置かずに、自転車に乗った男性がやって来た。
 肩に小動物を乗せている。
「わ、かわいい……」
 が手を振ると、動物はミャーと鳴いた。
「なんじゃブルマ、わしになんか用か?」
「ほら、話したことあるでしょ。この子が孫君。こっちが
「おおっ、そうか! チビだと聞いておったが、結構大きいじゃないか。ちょっと12歳には見えんぞ」
 ……警官に向かって話しかけている。
 はブルマの父親の裾を引っ張った。
「なんじゃ?」
「悟空はこっちです」
「おっす!」
「なんだ、君かー! なるほど、チビじゃチビじゃ!」
 この人が、ホイポイカプセルを発明した人なんだ……。
「わしはブリーフ博士じゃ。君たち、やたらと強いそうじゃな!」
「へへー」
 悟空は笑う。は苦笑した。
 ブルマがごほんと咳払いをする。
「で、わたしたちは上に行ってるから、このお巡りさんのスクーター、見てあげて」
「……で、ブルマ。お前達キスぐらいはいったのか?」
 は目を瞬く。
 ブルマは目を剥く。
「いっ……いってるわけないでしょ!!」
 遅れている、というお言葉を彼女は頂いていた。
 足音荒くも歩いていくブルマに、悟空は首を傾げて問う。
「なあ、きすってなんだ?」
「子供は知らなくていいの!」
 絶叫するブルマ。
 悟空は少し不思議そうな顔をしていたが、とりあえずその話題はそこで終わった。

 ブルマの部屋で、彼女はレーダーを黙々と直し続けている。
 20分もしないうちに、作業は完了した。
 ボタンを2度ほど押すと、画面にボール反応現れた。
 ここにある反応は2つ。
 それを見たブルマが、呆れたように呟く。
「なによ、まだ2つしか集まってないわけ? 随分とのんびりしてるわね」
「結構見つけるのやっかいなんだ」
 悟空が笑いながら言う。
 彼はブルマからレーダーを受け取り、に渡す。
「明日は日曜日か……」
 ブルマは天井を見て、なにやら考え込んでいたが、ひとつ頷いて2人を見る。
「退屈してたし、面白そうだから、わたしも探すの手伝ってあげるわ!」
「え! いいよいいよ、お前がいるとジャマだもん。運動神経にぶそうだしさ」
「なによっ。女の子の中ではいい方よ!」
「そうか? の方がいいんでねえか」
は良すぎるのよ!」
 ヒートアップするブルマに、は慌てて悟空を彼を引っ張った。
「ご、悟空、せっかくブルマが協力してくれるっていってるのに」
「でもよぉ、こいつ筋斗雲乗れないんだぜ? オラがかついで行くんか?」
 ブルマがむっとした顔をし、鼻を鳴らした。
「なによ。を担いで行くんなら、あんた文句なんて言わないでしょ」
とおめえは違ぇもん」
 あっさりと言う悟空に、ブルマは溜息をついた。
 彼女が、が悟空以外の誰かを好きになったら大問題だ、なんて考えていると、も悟空も知るよしもない。
 ブルマはふん、と腕を2人に見せる。
「筋斗雲なら問題ないわ。これをごらんなさいな!」
「なぁに、これ」
 はよくよくそれを見た。
 腕時計サイズの機械に、青と赤のボタンがついている。
 それ以外は、特になにがどうというわけではない。
「これはねえ、わたしが作ったミクロバンドよ。Kのスイッチを押せば、小さくなれるの」
 片方のスイッチを押すと、見る間にブルマの全身が縮んだ。
 驚いて、と悟空は「あっ」と同じ反応をする。
「うわー、すっげぇ!」
「凄く小さい! お人形さんみたい……」
「どう! これなら持ち運びは簡単よ。筋斗雲に乗れなくたって、か孫くんの懐にでも入れば問題ないわ!」
 胸を張っているブルマ。
 その小さな全身に突然影が掛かったかと思うと――
「ふぎゃ!」
 ヒール靴に、ぷちりと潰された。
 と悟空は驚き、突然現れた靴の持ち主を見上げる。
「まあーーー! あなたが悟空ちゃんね! そしてこちらがちゃん! 初めましてーー、わたしがブルマのママでーーっす」
 少々高音の、どことなく伸びた声でブルマの母親だという人は自己紹介した。
「あっ……初めまして」
「え、ああ、オッス……」
 戸惑いながら挨拶をすると、ブルマはミクロバンドを操作したのか、母親の足下で元のサイズに戻った。
「きゃぁ! ブルマちゃん、あなたママの足の下でなにしてるの?」
「母さんが踏んづけたのよっ!!」
 そんなところで小さくなっているからだと母親に言われ、ブルマは、いきなり登場する方が悪いと叫ぶ。
 小さくなっていたブルマが悪いとも、いきなり現れた母親が悪いともいえないは、きょとんとして2人のやり取りを見つめる。
 ブルマの母は溜息をつき、知りきりなおしとばかりに、持っていたトレイをと悟空に側づけた。
 トレイの上には、アルコールの匂いがする飲料が。
「うるさい娘でごめんなさいね〜。はい、悟空ちゃん、ちゃん、お酒でも召し上がれ」
「子供に酒を飲ますなッ!!」
「んもぅ〜。反抗期なんだからぁ」
 ブルマはイライラして髪の中に手を突っ込み、わしわしと乱している。
「そういやさあ、ヤムチャやウーロンは?」
 確かに、彼らの姿を見ない。
 天下一武道会からこちら、ブルマと一緒にいると思っていたので、この場にいないことが奇妙に思えた。
 言わないブルマの代わりに、母親がぺらぺら事情を説明する。
 今はヤムチャやウーロン、プーアルは学校に行っていると。
 だが、今ブルマはヤムチャと目下ケンカ中であり、それはヤムチャが格好よく、女の子にモテるのが気に入らないため、だそうな。
「そんなの当たり前でしょ! だって、孫くんが他の女の子にきゃーきゃー言われてたら、絶対機嫌悪くなるわよ!」
「それは……うーん」
 確かにそれはそうかも知れない。
 うんうんと頷くに、悟空は首を傾げていた。
「とにかく、わたしは2人と一緒にドラゴンボール探しに行って来るわ! 今度はヤムチャなんかより、ずーっとずーっといい男を探してくるんだから! 2人とも外出て待ってて!」
 鼻息荒く部屋の外に出て行ったブルマ。
 悟空とは、とりあえず外に出て待つことにした。
「それじゃあ、失礼します」
「気をつけてねぇ〜」
 うーん、とってもホンワカしたお母さんだ……。



2011・2・1