拡変世界 6




「……凄い食欲」
 スノの言葉に、は頷く。
「最初見た人は、みんな驚くよね、やっぱり」
 次から次へと料理が胃袋に消えていくその様子は、見慣れないとちょっと困惑するほどだが、悟空は気にずお代わりを連発した。



「それにしても、なんでボール1つであんな目に遭わなきゃいけないんですかねえ」
 食器を洗いながら、スノの母がため息混じりに言う。
 7つ揃えば、どんな願いでも叶えてくれるドラゴンボール。
 けれど、普通に、幸せに暮らしている人からしてみれば、そんなものは不要なのかも知れない。
 誰だって1つや2つ、願いごとはあるだろうが、無理矢理、しかも誰かのために働かされるなんていうのは、迷惑以外の何物でもないだろう。
 コーヒーを飲んでいたスノの父が、ふいに天井を見上げる。
「そういえば、結局ドラゴンボールは見つからなかったな、一体どこにあるんだろう」
「……オレが持ってた」
 8号の声に、一同、彼を見やる。
 彼は懐を探っていたかと思うと、机の上にころりと透き通った橙色の球体を置いた。
「ドラゴンボールだ……8号さんが持ってたんだ」
 驚くに、8号は頷いた。
 彼は、外に出た折、偶然にもドラゴンボールを見つけたのだそうだ。
 しかし将軍は、ボールを見つけたら村人全員を殺すつもりだったらしく、それを避けるため、8号がずっと持っていた――とのこと。
 暫しの間、沈黙が横たわる。
 突然大声を上げたのは、村長だった。
「偉い! 思いっきり気に入ったぞ!」
 村長は8号の側に立つと、彼の手をぎゅっと握った。
「わしゃ決めた! おまえたち、わしの家に来いっ。一緒に住め!」
 村長は、自分は妻と2人暮しだから、若い者がいれば色々助かっていいと物凄い勢いで力説する。
 人造人間だということで、8号は戸惑っていたものの、最終的に村長の気持ちを受け入れ、頷いた。
 8号は悟空とを見つめ、嬉しそうに笑む。
「ソンゴクウたちも、一緒に暮らそう」
「オラたちは駄目だよ。このドラゴンボールもじいちゃんの形見じゃなかったし、また見つけにいかなきゃな!」
「そうだね。気持ちは嬉しいけど、やることあるもんね」
 会話が一段落した頃合いを見計らい、スノの母が声をかけてきた。
「さあさ、お風呂が冷めてしまうわ。順番に入ってしまって頂戴」
 子供から順番に入浴し、その間にスノの母がこの日泊まることになった8号や、悟空、の布団を準備していてくれた。


 お風呂から上がり、はドライヤーで髪を乾かし、それからスノの部屋へと入る。
 スノは自分のベッド、床には3枚の布団。
 いちばん左に8号、真ん中に悟空がいる。
 は、空いている右側の布団の上に座った。
 悟空は何やらドラゴンレーダーを弄くっていたが、唐突に溜息を零してレーダーを弄らなくなった。
「どうしたの??」
「……ぶっ壊れちまってる」
「え!?」
 慌てて悟空からレーダーを受け取り、カチカチ音を立ててボタン操作をする。
 いつもならボールの位置を示す画面は何も映さず、うんともすんともいわない。
 がずっと持っていて、当人なりには注意していたつもりだが、マッスルタワーで暴れた時に壊してしまったのかも。
 思い、青くなる。
「ご、ごめんなさいっ、悟空、私が、私のせいで」
 おろおろするの頭を、彼は優しく撫でた。
 それを見ていた8号とスノが、ぎょっとする。
 今までとは全然違う、すごく優しい表情だったからだ。
 は頬を赤らめて、でも悟空の手が気持ちよくて避けられない。
「次さ、ブルマん家行こう。そしたら、あいつに直してもらえっだろ?」
「ごめんね、ごめん……もっと丁寧に扱えばよかった」
「いいさ、オラが持ってたって、きっと壊れちまってたよ。だから、謝らねえでいい」
「……怒ってないの?」
 窺うように彼を見ると、彼はいっそあっさりしすぎな位、軽く頷いた。
「怒ったりしねえよ。がワザとやったわけじゃねえだろ」
「…………うん」
 ぐりぐり頭を撫でられ、なんだか恥ずかしかった。
 ふと気付くと、スノと8号が顔を赤らめている。
「どうしたの、2人とも」
「……ねえ、悟空とって、付き合ってるの?」
「付き合ってるって、なんだ」
 きょとんとした悟空、は逆に真っ赤だ。
 は大きく手を振り、違うと否定。
「付き合ってるっちゅーんは分からねえけど、オラ、とケッコンするんだ」
「「え!?」」
 余りにもあっけらかんと言う悟空に、スノと8号は目をまん丸くする。
 は恥ずかしくって、否定も肯定も、ましてそういうことになった理由さえ言えず、頭から布団をかぶった。


 翌朝、たくさんのお弁当を持った悟空とは、歩いて西の都へ行こうとしていた。
 なにせ筋斗雲が、シルバー大佐に壊されてしまっている。
 車もバイクも運転できない2人だから、徒歩しかないわけで。
 すると、話を聞いていた村の老人が笑った。
「筋斗雲に乗っておったのか」
「うん、乗ってた……。じいちゃん、筋斗雲を知ってんのか?」
 老人は頷き、
「ワシが子供の頃には、結構たくさんあったもんじゃよ、なあ」
 村長に同意を求めた。
「おう、あったあった。じゃが、あれは完全に善い心の持ち主しか乗れんから、乗る者がどんどん減って、近頃は全く見なくなったのう」
 筋斗雲がたくさんあった……。
 は腕組みをして唸る。
 それって、結構凄い風景じゃないだろうか。
 こっちの世界は不思議ばかり。
「筋斗雲が壊されたと言ったが、呼んでみたのかね?」
「死んじゃったと思ったんで、呼んでねえ」
「それじゃあ、呼んでみなさい。筋斗雲はなくなりゃせんよ」
 悟空はを見、それから大声で筋斗雲を呼んだ。
 暫しの後、遠く、雲の隙間から黄金の線が一直線に進んでくる。
 それは悟空との側にやってくると、ピタリ、止まった。
「筋斗雲! よかった、会いたかったぞー!」
「無事でよかったー!」
 感激して、両サイドから筋斗雲に抱きつく2人。
 筋斗雲は嬉しそうに2人に擦り寄った。
 こうやっていると、雲だけど感情があるに違いないと思う。
 先に悟空が乗り、は彼の手に助けられて雲上へ。
「2人とも、気をつけて!」
 8号が涙を浮かべながら手を振る。
 スノは拳を握り、
「頑張ってね、レッドリボン軍なんかに負けちゃだめよ!」
 激励した。
「さいなら、みんな!」
「お世話になりました!」
 悟空とは顔を見合わせ、往くべき青空を見つめる。
「よぉし、西の都へゴー!」
 爆音紛いの音を立て、筋斗雲は凄いスピードで空を駆ける。
 は乱れる髪を片手で押さえつけ、もう片方で悟空の如意棒を包んだ。
 西の都のブルマ。以前、自分の中にもう1人、『』がいたとき以来会ってない彼女。
 ――元気でやっているだろうか。




2010・8・6