拡変世界 5 「さっきの人造人間さん、すっごく優しい人だったね」 階段を上りながら、は悟空に言う。 彼も同意して頷いた。 ムラサキ曹長が檻に入れて捕らえていた、本来敵方であるはずの人造人間8号はとっても優しい人で、諍いの嫌いな人だった。 彼を巻き込むわけにはいかないと、8号を置いて次の階へ。 視界に入るは分かれた路。どうも迷路のようだ。 よくよく考えたというか、無駄に凝った塔のよう。敵襲に備えているのだから当たり前といえば当たり前かも知れない。 「どこ行けばいいんだ? 適当に行ってみっか」 悟空はの手を掴んで駆け出す。 「ちょ、ちょっと悟空、そんな適当にはっ」 物凄く行き当たりバッタリで進む悟空に連れられ、暫し。 「……入口に戻っちまった」 入ってきた場所に逆戻り。仕方ないと、悟空はもう一度駆け出そうとする。 は慌てて彼の手を引き、止めた。 「待って待って。悟空、ここにいてくれる? ちょっと行って来るから」 右手を入口直ぐ右の壁に付け歩き出そうとするを、今度は悟空が止めた。 「おめ、1人で行く気なんか!? 駄目だぞ、危ねえ目にあったらどうすんだ!」 「うーん……きっと平気だよ」 「だめだ! オラも行く」 どうにも頷いてくれない悟空に溜息をつき、じゃあ一緒に行こうと言うことに。 右手を壁についたまま、ただただ歩く。悟空はそれについて歩く。 「なあ、なんでそっちの手、壁に付けて歩いてんだ?」 「うん。前ね、お父さんと遊園地に行った時、教えてもらったの。迷いたくないなら、片手を壁に付けて歩きなさいって」 時間がかかるし、これが通用しない迷路もあるそうだが、それでも今この状況だったら、やれるだけのことはやっておいた方がいい気がした。 「おとうさんって、どんな奴なんだ? オラ会えるか?」 「私が元いた地球だから、会えないと思う。寒いダジャレが好きだけど、優しいお父さんだったよ」 誰も電話にでんわ、とか、寒いギャグばかり言う人だったけど。 こちらに来て会えなくなって、結構長い時間が経っている。 向こうの人たちは、どうしてるだろう? 考えながら、手をついて歩いていると―― 「あれ……また戻ってきちゃった」 「、どうなってんだ?」 手を離さず、ずっと壁伝いに歩いてきた。 普通なら、これで出口まで行けるはずなのに。 困っていると、階段からにゅっと大きな姿が現れた。 を背後に庇いながら、悟空は構えを取る。 「わ、わ、待って悟空っ。8号さんだよ」 「あれ? ハッチャン」 「ソンゴクウ、ここ、とても複雑。オレ、案内する」 「ほんとか!? わあ、ありがとう!」 「ねえ8号さん、ここって出口あるんだよね?」 「ある。オレ、前地図見た」 おかしいなあ、と悩む。 1人同行者を増やし、3人で出口へ向かって歩く。 だが、いくら探しても出口らしきものが見当たらない。8号も首を捻るばかりだ。 「……おかしい。ここに出口、あるはずだ」 「でも、壁だよ?」 白灰色の壁が、そこにはしっかりある。 頂上にいる人は、ここを通らずに行けるのだろうか。 「絶対にここなんか?」 問いかける悟空に、8号は頷いた。 「そっか。そんじゃあ……よっ!」 悟空はまるで豆腐でも壊すみたいに、壁に大穴を開ける。 ――私物破損。まあこの際仕方がない。 穴を抜けると確かに階段が顔を出し、はほっと息を吐く。 「こっちだ」 8号に先導され、と悟空は上の階への歩みを進めた。 少しばかり行くと、向かって左に扉が見えた。 「ここが、一番上。6階の指令室。村のおじいさんが捕まってる所」 「そっか、よぉし!」 悟空は扉に手をかけ、思いっきり乱暴に開いた。 扉はだいぶ重そうだったが、それでも部屋の壁に当たってバウンドする。 正面の、よくわからない機材の前に、ボスらしき男は立っていた。 「よくここまで来れたな、褒めてやろう」 横から8号が、 「ホワイト将軍、もう悪いこと止めて下さい」 懇願するが、当人は全く意に介さない。 野卑な笑いを張り付かせたまま、こっそりと指先で何かを探って―― 「え!?」 彼がボタンらしき物を押した瞬間、悟空たちの足元がパックリ開いた。 落とし穴だと気付いたのは、着地して上を向いたときだ。 ホワイト将軍は、この場所から出す代わりに、悟空の持っているドラゴンレーダーとボールを要求したが、それを呑めるはずなどない。 思いっきり拒否すると、交渉決裂とばかりに扉を閉めてしまった。 8号は悟空をを見比べ、神妙な顔をする。 「ソンゴクウたちもドラゴンボール集めて、悪いこと考えてたか?」 「違うよ、悟空は悪いことなんて……」 「オラ、ひとつのドラゴンボールがじいちゃんの形見だったから、探してるんだ」 「そうか、安心した」 ホッとした様子だったのも束の間、突然壁が動き出した。 重たるそうに天井に壁が消えていき、奥から出てきたのは、どぎついピンク色の怪物だった。 「うわぁ、気持ち悪いっ!」 体をさするの前に立ち、悟空は構えを取る。 天井部についているスピーカーから、ホワイト将軍の声が流れてきた。 『そのブヨンにかかれば、お前など食われてお終いだ!』 「へんっ! こんな怪物なんかに食われてたまるか。オラが一発でやっつけてやらあ!」 ブヨンは舌を出しっぱなしのだらしない顔をしたまま、太い尻尾で悟空とを打ち付ける。 地を蹴って避け、悟空は壁を蹴ってブヨンの顔面に拳を叩き込み、は右サイドから腕に向けて蹴りを飛ばす。 普通なら、ダメージを受けるはずの、力を込めた攻撃だったのだが。 「ありゃ?」 「はう?」 名前の如くぶよんと弾かれ、も悟空も着地する。 「……や、柔らかー」 「よぉーし、そいじゃキックをくらえーーっ!」 思いっきりブヨンに突っ込む悟空は、突っ込んだ時と同じ勢いで弾かれ、壁に顔面をぶつけた。 追い討ちをかけるみたいに、ブヨンは触覚から電撃らしきものを発し、悟空に放つ。 放電してか、肌がぴりぴりする気がした。 「うぅー……」 立ち上がれない悟空に慌てて駆け寄り、はまだまだ不慣れな異能力を使う。 治療の力だけは、そこそこ簡単に廻るようになっていたため、悟空の傷は――元々酷くはなかったからだが――あっという間に回復した。 「さ、サンキュー」 「大丈夫?」 「平気さ。あいつ、メチャ体が柔らけえなあ……そうだ! かめはめ波で倒してやるっ」 構えを取りながら、悟空のお腹がぎゅるるると鳴る。 「これやるとますます腹減るから、あんまり使いたくねえんだけど……しょうがねえ」 気合いを込め、力を溜めて一気に放出する。 だが、これもまたブヨンの腹に弾かれた。 「そっ、そんな、嘘だろ!?」 「どうしよう……なんかないかな、なんかいい方法」 その間も、ブヨンは執拗に攻撃をしてくる。 悟空は考えながら避けていたせいか、疲れのせいか、尻尾を避けた直後に伸ばされた舌に気付かなかった。 舌に絡め取られ、あんぐり開いた口の中へと運ばれる。 「うそっ、やだ!」 「ソ、ソンゴクウ!!」 焦って殴ってみても、悟空を吐き出さない。 ――うそ、うそ。なんとかしなくちゃ、どうにかしなくちゃ! がむしゃらに蹴っても無駄で、苛立たしくて。 「悟空を、返せーーーーッ!」 叫び、猛る。 8号は目を瞬き、を見やった。 彼女の体から淡い緑色の光が走り、ブヨンの体に向かって一閃。 途端、ブヨンは腹を物凄い力で殴られたかのように仰け反り、続いて前かがみになる。 呼吸が乱れ、一気に疲れた気がして、は床に膝をついた。 視線を上げてブヨンを見ると、緩んだ口を悟空がこじ開けて出てきた。 「悟空、よかった……」 「またまたサンキュー。やばかった……。にしてもさあ……どうすっか、アイツ」 「ぷよぷよしてるのを、硬くできればいいんだけど」 「……硬く?」 の言葉に何かを思いついたのか、悟空は急にニンマリ笑い、壁に向かって歩き出す。 「ソンゴクウ、どうした」 「へっへーん、オラ勝っちゃうもんね!」 言うと、彼はおもむろに壁を殴りつけた。 外壁が壊れ、外の景色が見えると同時に、寒風が入り込んできた。 一気に室内が寒くなる。既に足元は冷えて、かなり寒くなってきていた。 「っ、こっちさ来い!」 「う、うん?」 「ハッチャン、寒いの平気か!?」 いきなり問われ、8号は目を2度ほど瞬いてから頷いた。 「オレは寒い、へいきだけど……」 「じゃあオラと、懐に入れさせてねっ!」 「え、え?」 驚く8号の懐に、まずはが放り込まれる。 その後に悟空が入って来た。 大柄な8号とはいえ、子供2人が入るのはなかなか無理のある行為。 無理をおして入っているため、悟空との距離はゼロだ。 こんな場合だが、結構恥ずかしいものがあると思う。 「悟空、何がどうしたの?」 「寒いとさ、カチコチになっちまうだろ? だから、あいつも凍らせてやろうと思って」 「なーる……」 懐に入っているだけで、割合外気温から遮断されているらしい。 もっとも悟空と引っ付いているため、体温が重なって温かいのかも知れないが。 そうして待ち続けて暫く、悟空がひょこりと顔を出す。 も同じように顔を出すと、ブヨンはしっかり冷凍保存状態になっていた。 出した顔が外気に当たり、寒いを通り越して痛い。 氷点下になっているのでは? 「硬くなったな!」 悟空はにんまり笑むと、固まって身動きの取れないブヨンの上服部に一撃を入れた。 彼はとんぼ返りで懐へ。 ちょっとの間外へ出ていただけなのに、悟空の体は冷え切っていた。 はもぞもそと動き、悟空をぎゅっと抱き締める。 「へへ、温けえな」 「悟空は今冷え冷えしてるからね」 ピシピシ氷が割れる音がし、2人は顔を出す。 8号も一緒になって、音のする方――つまりブヨンを見た。 最初は少しだったが、すぐさま大きなヒビが入り、一気に崩れ落ちる。 「やった! さて、次はっと」 悟空は懐から出ると、思い切り飛び上がり、頭突きで天井を抜き抜けた。 「ー、上がって来いよ!」 「はーい」 悟空の作った穴へ向かってジャンプ。 そのまま上階へ着地した。 悟空はというと、出来た穴から如意棒を伸ばして、8号に掴まるよう指示する。 掴まったのを確認し、棒を引き戻した。 ゆっくり縮む如意棒を見ていると、いきなり背後で発砲音がし、悟空が呻いた。 はっとして振り向くと、銃から硝煙が出ている。 「ご、悟空……大丈夫?」 「い、いってぇ……でも平気さ、すっげぇ痛かったけど。後で倍返ししちゃうもんね」 銃弾を打ち込まれた痛みの倍……死ぬんじゃなかろうか。 如意棒がいつものサイズに戻り、8号の体が穴から半分だけ出る。 と悟空で彼を引っ張り上げた。 「ふぅ、ありがとう」 8号が上りきったのを確認し、悟空はくるりと振り向いてホワイト将軍を睨みつける。 「さあ、村長さんを出せ! ぶっ飛ばしちゃうぞっ」 「ケッ、生意気な……」 ホワイト将軍は上着を脱ぎ、ボクシングのように構えた。 対して悟空は、なんの気負いもなく、トコトコと歩いてゆく。 将軍の右ストレートをあっさり避け、コツンと彼の右脛(みぎすね)を蹴る悟空。 見た感じでは、本当に軽く蹴っ飛ばしただけのようだが、将軍は涙を流して脛(すね)を抱える。 「てっ、てめーー!」 「ははっ」 「……あ!」 将軍は悟空の後ろを示し、悟空は思わず振り向く。 瞬間、彼の腹に将軍の拳が入った。 小さな悟空の体が、多少浮くほどの力。 はらはらする8号を他所に、は肩の力を抜いたままだし、悟空に関してはニタっと笑っている。 「ハエが止まったかと思っちゃった。パンチってのはさぁ……こうやんなきゃ!」 凄く痛そうな音が将軍の腹から聞こえ、彼は天井に体ごとぶつかる。 そのまま斜め45度に落下。 一気にヨロヨロになった姿を見ると、やはり実力は遠く悟空に及ばぬようだ。 「まだやる気? どーすんの?」 ふいに、将軍の視線が、彼近くの床に向けられた。 それから直ぐに悟空へと戻る。 「……分かった。オレ様の負けだ、村長を渡してやろう」 「うん、おりこうさん!」 まるで子供と大人が逆転してしまったみたいな言い方に、はほんの少し笑みが零れた。 「こっちだ」 「命拾いしたね」 将軍は頑健な扉の前に立つと、横にある装置を動かす。 扉は微かに息を抜くような音を立て、上部に引き込まれた。 「出ろ、助けだ」 「へ?」 村長は、幾分間の抜けた声を発し、悟空たちの方を見た。 小さな椅子に座って本を読んでいた村長は、二度、三度瞬きし、やっとのことで立ち上がる。 状況が分かっているのかいないのか、慌てた様子もなく壁に掛かっていたコートに腕を通す。 「あんたが村長さん?」 「あ、ああそうじゃが……助けってのはお前さんなのかい?」 「うん、オラと、あそこにいるとハッチャンで助けに来た」 信じられないといった表情でいる村長は、窺うように悟空の右隣にいるホワイト軍曹を見やった。 動きがないのを確認し、感嘆の息を吐く。 悟空は誇らしげに笑った。 「あの悪い奴の仲間も、ぜーんぶやっつけちゃったから、もう平気さ!」 「そりゃあ凄い! すまなんだのう」 その時。 はホワイト将軍が、何やら背後で動きを見せていることに気付いた。 ちらりと見えたのは、鋼色の塊。声を出す暇などなかった。 気付けばホワイト将軍は村長を後ろから掴み、その頭に銃口を向けていた。 「ふははは、油断したな! このパワードガンの威力は半端じゃないぞ。おかしな真似をすれば、頭が卵みたいに吹っ飛ぶ」 悲鳴を上げ、冷や汗を垂らす村長。 8号は止めるようにと説得を試みるが、説得されてくれるような人物なら苦労はない。 「ふふふ、小僧、後を向け。村長を殺されたくなかったらな」 「ちくしょう……。後向けばいいんだろ」 人質を取られていては、身動きが取れない。 は眉をぎゅっとひそめ、悟空が後ろを向くのを見守った。 ホワイト将軍のは、野卑な笑いを浮かべ――悟空に銃弾を撃ち込んだ。 将軍の腕はリコイルで大きく跳ねる。 同時に、悟空は前のめりに倒れ、床にひれ伏して動かなくなった。 「…………悟空……?」 は、動かない悟空に近寄る。 上向かせても、動かないままで。 「……嘘だよね、生きてるよね?」 溢れ出そうになる涙を、無理矢理おし止める。 死んでなんてない。息はちゃんとしてる。だから、すべきことを。 が治療の力を悟空に流し込んでいると、背後でもう一撃、射撃音がした。 はっとして振り向き、8号が自分と悟空を守ってくれたことに気付く。 先ほどの銃撃音は、悟空――もしくは――を狙ったものだったのだ。 8号は自らの左足で攻撃を受け、怒りに満ちた目で将軍を睨みつける。 音を立てて一歩一歩将軍に近づき、彼は思い切り振りかぶって、強烈な一撃を見舞った。 子供と大人のケンカよろしく、力の差は歴然で、将軍は壁を突き破って塔の外部へと吹っ飛ばされる。 は息を吐き、集中して悟空に力を流し込んだ。 「……ん、」 「よかった、頭ぐらぐらしない?」 後頭部にひどい衝撃を受けた悟空は、一時的に気絶していたようだが、損傷自体はなかった。 傷を塞ぐというよりも、体を楽にさせるつもりで力を流していたは、力を流す意思を止めた。 「8号さん、悟空を抱えて連れてってくれる? 疲れちゃってるみたいだから……。あ、でも8号さんも怪我してる……?」 「オレは人造人間だから、あれぐらい平気。それよりソンゴクウ、し、死んでないか? ちゃんと大丈夫か?」 必死の形相でいる8号に、は微笑む。 「大丈夫、怪我はないよ。疲れと空腹がけっこうきてるけど」 それを聞いた村長は笑った。 「では、早く帰ってたらふく食事しようかの!」 8号は悟空を抱え、と村長はその横を歩き、塔を出た。 雪に足を奪われながら、塔のぜんぶを見、は二度、瞬いた。 (……レッドリボン軍って、なんでドラゴンボールを探してるんだろ) 2010・7・9 |