大あくびをして起き上がった悟空は、きょろきょろ周りを見回して、そうして皆に挨拶した。
「オッス!」

異転流転 14


 昨日騒ぎを全く覚えていないらしい彼に、はほっと息を吐いた。
 あんまり、覚えていて欲しいものではない。
 おじいさんを自分が潰したなんて、覚えていないほうがいいに決まっているし。
 素っ裸の彼にウーロンがズボンをくれてやり、とりあえずも悟空を正視できるようになった。
 立ち上がって歩こうとした悟空が、尻餅をつく。
 何もないところでコケるという感じではなく、単純にバランスを崩したという感じで。
「悟空、どうしたの?」
「なんか、うまく立てねえんだよなあ」
 ヤムチャが苦笑する。
「尻尾がなくなったから、バランスが変化したんだ。じきに慣れるだろう」
「シッポ……? ああっ! 尻尾が! オラの尻尾がない!!」
 一瞬、凄くショックを受けたような顔をした悟空に、プーアルが謝ろうとしたのだが。
「ま、いっか」
 物凄い軽いひと言で、話が終わった。
 うーん、凄いなあ。
「尻尾はいいけどさ、オラの如意棒知らねえか?」
「ああ、多分あの壊れた建物の中だろう」
「じいちゃんに貰った大事な棒だ! 探してくるっ!」
 途中、幾度も転びながら瓦礫へ向かって走る悟空。
 その背中を見つめていたの頬に、何かが触れた気がした。
 当然、振り向いてみても誰もいなけりゃ何もない。
 ……いや、何故か嬉しそうに手を組み合わせて、踊っているヤムチャとブルマはいるが。
 気のせいかと思うと、また触れる。
 一体何なのか分からず、は周囲を見回した。


「お前、さっきからひとりで何してんだ?」
「ねえウーロン、なんか……変な風が流れてない?」
「はあ? おまえ、大丈夫かよ」
 ウーロンは感じていないみたいだ。
 ブルマとヤムチャ、話を聞ける状態にない。
 眉を潜め、けれどはとりあえず気にしないようにした。
 したのだが、
(……やっぱり、誰かが触れてる気がする)
 気になるものは、なる。
 それに、最初より次、次より更に次と、段々触れる何かがしっかりしてきて。
 その何かが触れる度、の身体が震える。
 怖くて震えるのではなくて――嬉しくて、温かくて。
 どうして嬉しいと感じるのか、どうして温かいと感じるのかは分からないけれど。
 全然怖くない。
 気持ちよくて、瞳を閉じて触れてくるものに任せていると、

『……よかった、無事だったんだな』

 ふいに声が聞こえてきた。
「ウーロン、ねえ、誰か何か言った?」
「オレはなにも言ってねえけど」
「だって……『無事だったんだな』って」
 怪訝な顔をするウーロン。
 本当に聞こえていないみたい。
 ふわり、風が吹き、の目の前が歪んだ。
 そうして唐突に、前が陰った。
「……え?」
 陰ったのも道理。
 自分の目の前に、いつの間にか青年が立っていた。
 とはいえ、微妙に現実感がないのは、多分、彼がほんの少し薄らいでいるからだろう。
 近くにいたウーロンは驚きで目を剥いているし、少し離れた所にいたブルマとヤムチャも同様だ。
 だって――目の前にいる彼は、凄く悟空によく似ていたから。
 彼は膝を曲げての顔を見る。
、むけえに来たぞ』
「迎え……? それより、あの、あなたは……」
 悟空に似た青年は、凄く驚いた顔をしてから――やっぱりといった感じで眉を下げた。
『おめえ、やっぱし抑え込まれちまったんだな』
「抑え込まれる……って……?」
 彼は微笑み、の手を握る。
 困惑したけれど、触れられている箇所が温かくて、気持ちよくて、離す気にならないのはどうしてだろう。
 胸の中に溢れる何かが、自分を触発する。

 私、私は――。

「おめえっ! から離れろ!!」
 悟空の声がして、はっと振り向く。
 彼は如意棒を、彼そっくりの青年に向けていた。
 探していた如意棒が見つかって、戻ってきたようだ。
 悟空そっくりの青年は、2度ほど目を瞬き――笑う。
『ははっ、心配すんな。おめえの『』を持ってく気はねえよ。オラ、自分の嫁を取り戻しに来ただけだ』
「な、なに言ってんだ……?」
 困惑する悟空。
 そっくりな青年はを見やり、両頬に手を添えて顔を近づける。
 心臓がうるさいぐらいに跳ねて、顔が赤くなってしまいそうで。
『……、戻って来い。オラはここにいるぞ。ちゃんと思い出せ』
「……思い出す……何を……?」
『分かってっだろ? それとも本気でオラの事、忘れちまったんか?』
 優しい声が、胸に迫る。
 ――そう、私はこの人の腕に抱かれてた。
 忘れている大事な事。
 思い出さなければ。帰るために。
 彼の額が、自分の額にこつんと当たる。
 刹那、は自分が何者であるかを、一切合切思い出した。
 どうしてここにいるのか、どうして悟空に似た人が迎えに来たか。
 途端に目眩がして、気付いたらは悟空に似た人――立ち上がった自分の夫の胸辺りにまで、視線が届くようになっていた。
 身長が一気に伸びた、というより、元に戻ったのだ。
 後ろを見ると、小さい悟空と、小さい自分がいる。
 小さい『』はきょとんとして、自分の手を確認していた。
 正面には、随分と心配をかけたらしい夫の、凄く嬉しそうな顔。
「悟空、ごめん……この世界の『』と、意識が混同しちゃってたみたい……」
『いいさ、しょうがねえよ。おめえが消えちまわなくて、よかった』
 ぎゅっと抱き締める夫を、抱き締め返した。

 小さい悟空は、小さいを助け起こし、そうしてから困惑して後頭部を掻いた。
「おめえ、だよな? あっちじゃねえよなあ?」
「あっちも私だけど、でも、私は私だよ。ずっと悟空と一緒にいた、私」
 同じように困惑する小さなだが、はっきり言う。
 悟空は首を傾げ、けれど小さなは、自分の大事な人の方だと理解した。
 彼女の持っている雰囲気も何もかも、今までと寸分違わなかったから。
 自分に似ている青年に、悟空は声をかけた。
「……なあ、おめえたち、一体なんだ?」
『んー……まあ、でっかくなったら、分かるさ、多分な!』
 青年は笑み、大きなを横抱きにする。
 頑張れよと言葉を残して、何事もなかったかのように消えてしまった。
 残ったのは、小さなと小さな悟空、唖然としているウーロン、プーアル、ブルマにヤムチャの6人。
 悟空はを見て、そこにきちんと彼女がいると確認し、彼女の手を取った。
が連れていかれねえで、よかった」
 それが、彼にとっては今一番重要なこと。



 身体が引っ張られる感覚がして、目を閉じ、開いたら、透けていない悟空の顔が目の前にあって。
 周囲を見回すと、もうそこは荒野ではなく、見覚えのある――結婚前に自分が使っていた、ブルマの家の一室だった。
「……悟空」
 名を呟くと、彼は嬉しそうに微笑み、の口唇に己のそれを重ねた。
 確かな温もりと感触。
 自分が確実にここにいるのだと、理解できた。
「よかった、……。眠ったまんまだから、まだ向こうなんかと思っちまった」
 彼に引き起こしてもらうと、身体が少し軋んだ。
 腕と膝に、擦り傷がある。
 確か、夢の中で――筋斗雲から落ちて怪我をした場所だ。
「……夢、じゃあないみたいだね」
 治療の力を使い、傷を綺麗に治す。
 異能力は普通に顕現しているし、身体にも特たる異常は今のところ見当たらない。
 悟空はの頬に触れ、そこに軽く口付けた。
 くすぐったくて、小さく身をすくめる。
「悟空、ありがとう。迎えに来てくれて」
「あたりめえだろ。おめえは、オラのすっげえ大事な嫁なんだから」
 小さい頃より少しだけ大人びた笑顔を浮かべる悟空に、も微笑み返した。

「あんた、ほんっとに厄介な体質よね!」
 ブルマがコーヒー片手にため息をつく。
 はお粥を口に運び、申し訳ないと苦笑いした。
 小さな悟空のところへ飛んだあの日以来、今日までずっとは眠りに落ちていた。
 確実な原因解明は無理だが、界王曰く、どこかの次元と物凄く近づき、その際に凄く魂の質が似ている同士が、何の因果かくっついてしまった、とか何とか。
 ので、占いババに協力してもらい、魂の波動を探す道具を使い、場所を探し当て、再度次元が近しい時に引っ張り戻したと。
 魂の水先案内人的な役割を持つ占いババは、どうも器用な真似ができるらしいとは思った。
 それにしても……いろいろあるもんだ。
 粥を食べ終え、サイドテーブルに置く。
「……ところで悟空。ちょっと怒っていいかな?」
 いきなり怒っていいかと問われ、悟空は首を傾げる。
 彼にしてみれば、怒られる事なんてないはずなのだが。
「あっちの悟空と、こっちの悟空が、まるで同じ行動をしてるとは思わないけどね……」
「な、なんだ?」
「悟空、小さい頃、ブルマの下着脱がしたでしょう」
「そんな事、オラしたっけ?」
 ブルマに問うと、彼女はあっさり頷いた。
「ついでに、あたり構わずパンパンしたしっ! ブルマの胸見て、『の胸には、そんなのついてなかったよな?』ってえらい失礼な事言うしーー! 小さい頃は人並み以下の胸だったんだから、しょうがないじゃないっ!!」
「ガキん頃は男と女の区別がつかんかったし……わ、悪かったって……! それに、オラおめえの胸見て、そんな事言ってねえよ!?」
「分かってるけど!! ……ちょっと言いたかったの。ごめん。はぁ……チチさんと結婚の約束したトコとか、目の前で見ちゃったしなあ」
 ブルマが首をかしげた。
「チチさんになにしたのよ、孫くん。アプローチでもしたの?」
「オラ、覚えてねえんだけど……」
「……思いっきり足でパンパンしてた」
「げげっ! それであの結婚騒動がおきたわけ? うわぁ、最悪ね」
 笑うブルマに、困る悟空。
 どうしていいものやら分からないのか、彼はをギュッと抱き締めた。
「お、怒ってんか?」
「別に怒ってないから大丈夫だよ。ごめんね、向こうにいた時に、小さい時の事を色々見ちゃったもんだから……。……えへへ、大好き」
 きゅぅ、と抱き締め返す
 ブルマは苦笑し、コーヒーを飲み干す。
「あんた達なら、なにがあっても大丈夫だわよ……」
 妙な確信を持った声で、彼女は言った。

 泣きそうな顔でやってきた悟飯の頭を撫で、は彼を抱っこしてやる。
 息子にも随分と心配させてしまったようだ。
 まことに申し訳ない……。
「お母さんは、小さいお母さんに会ってきたんですよね?」
「うん、そうだね。……会うっていうのとは、少し違うかも知れないけど」
「向こうのお母さんは、お父さんと結婚するんでしょうか」
 ……。
 悟飯の突っ込みに、は思わず側にいる悟空の顔を見やる。
 彼の顔を見たからって、何がどうだという訳ではないのだけれども。
「う、うーん、どうかな……」
 全ての次元が同じ結果になるわけではないからと、は少し悩む。
 だが悟空は微笑み、悟飯の頭を撫でた。
がいるなら、オラはぜってえこいつを選ぶに決まってっぞ」
 にっこり笑う悟空に、は内心息を吐く。
 あの次元の自分も、もしかしたら結婚で騒動を起こすのかも、と。
 こそり、エールを送るであった。



ということで、一度ここで切ります。…まだ続きは一応あるんですが。それはまた後にできればと。
ともあれ、お付き合い下さりありがとうございました。

2007・12・18