異転流転 13



 ウサギ団という余計なものに引っかかったが、とりあえず一行は最後のドラゴンボールに向かって、ずんどこ進んでいた。
 その道すがら、正体不明の者に襲撃され、車が大破した。
 地面に放り投げられ、ちょっと息が詰まった。
 怪我はないみたいだけれど。
 機械に乗った誰かは、大破した車の中からドラゴンボールの入ったケースを奪い取り、その場を立ち去ってしまった。
 悟空が筋斗雲で後を追ったが、乗っている人物はおらず、ついでにドラゴンボールも見当たらなかったといって、あっさり戻ってきてしまった。
 悟空がひとつ、自分で身につけていたドラゴンボールがあるから、勝手に願いを叶えられる事はないのだけれど、どちらにせよ探さなくてはならない。
 位置はレーダーがあるから問題ないのだが、カプセルも一緒に盗まれてしまっているため、移動手段がない。
 ブルマたちは筋斗雲に乗れないから、徒歩で行くしかないわけで。
「困ったね……でも、歩くしかないんだよね」
「おっ、おやおやー? 偶然だな、こんな所でなにしてんのー?」
 物凄い朗らかな声をかけられ、振り向くと、
「あ、ヤムチャさん」
 盗賊のヤムチャが車に乗っていた。
 彼が目的地まで連れて行ってくれるというので、お言葉に甘える事に。
 この際、彼が不自然丸出しでここにいるのも忘れてしまおう。
 車は必要なのだから。

 は悟空と一緒に筋斗雲に乗り、ブルマとウーロンはヤムチャの車へ。
 小さい型なので、ウーロンとプーアルは車の後ろにひっついている状態だ。
「ブルマ……ドラゴンボール盗まれちゃったのに、嬉しそう」
 見る限り、ブルマはヤムチャに頬擦りしたりして、かなり嬉しそうだ。
 そんな場合じゃないと思うんだけども。
さあ」
「うん、なあに?」
「……うーん、なんでもねえ」
 はい?
 凄く難しい顔をして先を見る悟空に、は首をかしげた。
 一体、なんだっていうんだろう。
 なんか悪い事でもしたのかと思うけれど、普段通りの事しかしていなくて。
 困りながらも、悟空の背にある如意棒に掴まった。


 レーダーを確認しながらたどり着いたのは、大きなお城。
 パッと見、ピラミッドの中ほどから上にかけて、でっかい城が建っているといった感じ。
 入口はあっさり開いた。
「き、気をつけた方がいいぞ。敵は只者ではなさそうだ」
 ヤムチャの忠告に、ブルマが頷く。
 悟空が先頭に立って通路を歩いて行く。
「なあ、矢印があるぞ」
「……そっちには行かない方がいいんじゃないかなあ」
 矢印で誘導してるでしょう、明らかに。
 そう思うのだけれども、ブルマもヤムチャも、大丈夫だろうとどんどん先に進んでいく。
 悟空に引っ張られるようにしても結局ついていき――結局、行き止まりで。
 全員が入ったのを見計らったように、背後の壁が閉まる。
 閉じ込められた。
 分かり易い罠だったんだね、やっぱし。
「くそっ、閉じ込められた!」
「こんなの、オラがっ……やーーっ!」
 悟空が拳を突く。
 ゴツ、と音がして、彼の手の方が押し負けた。
 強度の高いものにしてあるようで、ヒビも入らない。
 レンガを指1本で砕く悟空でもだめなのだから、多分、ヤムチャでもだめだろう。
『おい、お前たち、わたしはピラフ大王だ!』
 壁からいきなりテレビが表れ、映像が映し出される。
 青い顔をして中華風の帽子を被った、小ぢんまりした人。
 ピラフ……美味しそうな名前で。
 安穏とした事を考えていると、ブルマがモニタに向かって叫んだ。
「あんたが、わたしのドラゴンボールを奪ったのね!」
『そのドラゴンボールだが、ひとつ足らん。星4つのボールを持っているはずだ、今のうちに素直に渡さんと、大変な目にあうぞ』
 べーっと舌を出すブルマに、ピラフの顔が引き攣る。
『よーし、どうしても渡さんつもりなら、エッチなことするぞ!!』
 天井ががばちょと開き、アームでわしっと掴まれたブルマが連れ去られた。
 モニタに彼女の姿が映し出された。
 結果的には、ブルマの想像しているようなエッチな事は、なぁんにもなかったのだが。
 すぐに戻されたブルマは、上から落とされて思い切りお尻を打ち、痛そうにする。
「い、痛……まったく、なんなのよ、もう!」
 お尻を擦っているブルマの上から、何かが出ている事に気づいた。
 は悟空の服を引っ張る。
「ねえ、あれなんだろう?」
「……? なんかケムリだなあ」
 言う間に、視界が遮られるほどの煙が、部屋に充満する。
 咽ながらも息を吸うと、凄く凄く眠たくなってきた。
 眠くて立っていられなくなって。
「……オラ、眠い……」
「私もねむ……」
 催眠ガスだと薄っすら思うが、今更防ぐ手立てもない。
 はその場にへたり込んで、眠ってしまった。


「……んぅ……」
 目が覚めると、身体になにか重石が乗っている気がした。
 それに、なんだか温かくて。
 顔を上げると、悟空の顔が目の前にあった。
 びっくりしたけれど、恥ずかしいより先に、護ってくれたらしい事を実感して嬉しくなった。
 背中に回されている手をどけて、起き上がる。
 悟空だけでなく、仲間はみんな寝ていた。
 明り取りの窓がないから、外がどうなっているのか分からないが、大分寝ていた気がする。
「悟空、起きて」
「……んー……」
 暫く渋っていたが、悟空は何とか起き上がる。
 彼が起きると同時に、傍で寝ていたヤムチャも起きた。
 続けて他の3人も、ほぼ同時に目を覚ます。
「……? 寝てたのかしら」
「ご、悟空っ! ドラゴンボールはあるか!?」
 ヤムチャが焦った声をあげて、確認を促す。
 悟空が腰に付けていたドラゴンボールがない事に気づき、その場にいた全員が慌て始めた。
 奪還しなくてはと、悟空とヤムチャが壁に穴を開けるために必死で殴る蹴るを繰り返すが、びくともしない。
 そうしているうち、ヤムチャがはっと気付いて悟空を見る。
「かめはめ波だ! あれを使えば穴が開けられるんじゃないか!?」
「そっか、よぉし!」
 悟空が力を溜める。
 両手に溢れんばかりの光が集まり、かけ声と共に壁に向かって撃ち出した。
 見事に穴は開いたのだが、人が通れるほどの大きさでは、全然ない。
 だがそれでも、のぞき見れば外の様子を見る事はできた。
 ヤムチャが確認し、まだ龍が出ていないと叫ぶ。
「プーアル! コウモリに化けてこの穴を抜け出せ! 奴らからボールを奪うんだっ」
「はいっ!」
「ウーロン、あんたも行くのよ!!」
 ブルマに尻を引っ叩かれ、ウーロンも渋々変化て、プーアルの後に続いた。
 声は聞こえないが、ピラフたちがボールの前で何かを言う。

 一瞬の静寂。
 直後、ピラフたちの前に光の柱が立った。
 天を突くほどの光は、ぐにゃりと曲がり、弾ける。
 そうして現れたのは、紛れもなく龍だった。

 もう願いが叶わないと嘆くブルマ、あんな奴のいいなりの世界になるのかと憤るヤムチャ。
 悟空とは交互に龍を見て、大きさに目を瞬く。
「すっげえ、でけえなあ」
「うん、大きい」

 願いはひとつ。
 ピラフは世界制服を願おうとした。
 だけれども、それより先にウーロンが声を割らんばかりに叫ぶ。
 ギャルのパンティおくれ! と。
 ……ピラフたちの願いを阻止したという意味では、凄くいい事だし、なにも言わないでおこう。
 長い歴史の中でも、苦労して集めたドラゴンボールで、女の子のパンツを願った輩なんて絶対にいないだろうし。

 願いを叶え終わった龍は消え、ドラ本ボールは天高く飛ぶと――四方八方に飛び散ってしまった。
「あっ! 飛んでいっちまった!」
「そうよ、ドラゴンボールは願いが叶えられると、またバラバラになってそこら中に飛んでっちゃうの」
「じゃあオラのじいちゃんの形見は」
「残念ながら、どっか行っちゃったわ」
 がっくりうな垂れる悟空。
「ご、悟空……えっと、私も探すの手伝うし! ね!」
 励ますように言うのだが、ブルマは
「生きてここから出られたらね」
 実にシビアなひと言をもらした。


 光線銃で脅され、あっさり掴まったウーロンとプーアル。
 怒り心頭のピラフ軍(でも見たのは3人だけだけど)は、先ほどの場所から鋼鉄製の部屋に悟空たちを移動させた。
 天井には強化ガラスが張られており、当然ながら悟空がジャンプしても突き抜けられない。
 ここから逃げ出さないと、ドラゴンボールを集める前にやられてしまうと歯を噛むヤムチャだが、ブルマは暫く集められないとため息混じりに言った。
 ドラゴンボールは願いを叶えると、1年はただの石になってしまうと。

 ピラフたちは全員を処刑するつもりのようで、この部屋は、昼間は太陽光線を集めてオーブンのようになるから、干からびて死ぬと高らかに笑う。
 暴れ出すブルマをおさえ、とりあえず出来る限りの事をしてみようと、あれこれやってみる。
 ヤムチャは壁を叩きまくり、悟空はかめはめ波を撃つ。
 けれども、全くびくともしない。
 結局、月が高く昇っても逃げ出せないままでいた。

「お腹すいたね」
「腹減った……」
 と悟空のお腹が、ぎゅるると鳴る。
 恥ずかしいが、鳴るものは仕方がない。
 深々とため息をつき――天井のほうに座っているプーアルを見上げた。
「なにしてるの?」
「お月さん見てたんだ。今日は満月だからきれいだよ。死ぬ前に、きれいなもの見ておくんだ……」
 物凄い不吉な事を言うなあ。
 ふいに隣に座っていた悟空が、満月の夜に出るという怪物の話をしだした。
 悟空のおじいさん――孫悟飯は、その怪物に踏まれて、ペチャンコになって死んだらしい。
「武道の達人である孫悟飯が!? そ、その怪物、物凄い奴だな!」
「うん、木だって家だって、バラバラにしちまうんだぜ!」
 どんな奴だったのかとウーロンが聞くと、悟空は寝ていたから分からないと返事をする。
 彼は頭の後ろに手をやって、懐かしむように言う。
 ……重大発言を。
「じいちゃん、よく言ってたなあ。満月の夜は、月を見ちゃダメだぞって」
 ……。
「別に、オラが月見たって、関係ねえと思うけどなあ」
 ………。
 はお腹に力を入れ、息を止めた。
 他のメンバーは、皆悟空から距離を取るように、部屋の端へ移動している。
 震えるヤムチャ。
 ブルマはべったりと背中を壁につけ、
「しっ、質問していいかしら? おじさんが潰された夜、あ、あんたは、満月を見た!?」
 震える声で問う。
 悟空は、見ちゃだめだと言われていたけれど、小用をたしに外へ出て、つい見てしまったと。
 ……。
 固まっているを、ブルマが引きずって壁の方に寄せた。
「あ、あんた……絶対満月見ちゃだめよ、いい!?」
 言いながら、ブルマは満月をさし示した。
 それに釣られるように、悟空がそちらを見る。
 つまり、満月を。
「……悟空?」
 恐る恐る声を駆けるに、悟空は笑った。
「あちゃー、また見ちゃった」
「……ちゃんと悟空だよね」
「当たり前だろ、オラちゃんと孫悟空……」
 どくんと、悟空の体が大きく動いた。
 まるで、心臓の鼓動をそのまま身体に伝えているみたいに、大きく動く体。
 あっと思った時には、彼の姿は変貌し始めていて。
 どんどん大きくなる彼の体は、人ではなくて、猿になって。
 強化ガラスを割り、それどころか周囲の建物まで破壊して、天井をばっくり開いた。
「ごっ、悟空!!」
「やめなさい、ばかっ! 近づいたら殺されるわよ!!」
 近寄ろうとするを、ブルマが引っ張って止めた。
「だって、だって!」
「孫くんだって、あんたをぺしゃんこになんてしたくないわよ! だから逃げるのよ!!」
 渋るをヤムチャが抱え、壊されたところから外に逃げ出す。
 なるべく遠くへ走って逃げようと、それぞれ全力疾走していると、悟空が投げたらしい建物が突っ込んできた。
 なんとか、とヤムチャ、ウーロンにプーアルは難を逃れたのだが、ブルマが運悪く建物の下敷きになってしまった。
 運がいいのか悪いのか、ちょうどくぼみになっていた所で押しつぶされはしなかったものの、身動きが取れない。
 彼女を出そうと建物を持ち上げたりしてみるが、当然ながら動く気配は全くない。
 そうしている間に、大猿と化した悟空が物凄い勢いで突っ込んできて。
「ダメだよ悟空っ!!」
 ブルマを庇うように前に出たを、悟空の手が掴みにかかる。
 めいっぱい掴まれて、痛みに息が止まった。
 完全に理性を失っている目に、彼が自分を認識していない事を知る。
「ご、く……」
 掴まれ、痛くて。
 骨が折れるんじゃないかとか、このまま握りつぶされるんじゃないかとか、色々な事が頭をめぐる。
 絶対に届かないであろう言葉だが、それでも言いたくて。
「悟空っ、痛いよ……! ばかーーーっ!」
 叫んだ瞬間、彼の手が緩んだ。
 ずるりと落とされ、尻餅をつく。
「あいたっ! な、なに、どうし……」
「未だプーアル! 尻尾を切れ!!」
 ヤムチャの大声。
 プーアルがはさみに変化し、そして、悟空の尻尾を切った。
 弱点を切られたからか、悟空の姿がするすると小さくなる。
 ほんの数秒の間で、彼は大猿から人間へと戻った。
 後に残ったのは、大破壊された城と、素っ裸で寝ている悟空。
 は呆然と、寝ている悟空を見る。
 どうしてか、彼が大猿に変化した理由を知っている気がした。


2007・11・17